第26話 怪物と神弓

 ミロクはパドマの還流を意識し続けていた、メイの感応を強く受けることで埋もれていた回転が加速されていく。

 わずか2日の間にパドマの存在を確認できるまでになっていたがエンパシーの発信までは遠い目標だ。

 メイがイージスを起動させるとき、メイから強烈な波が発せられているのが分かる、白と桃色の波動、鋭く熱い波を感じる。

 波は直ぐに帰ってくる、ミロクの中にも入ってくる、少し分かる。

 人間とオーガたちの感情が入り乱れる、メイはこれを全て読み取っているのだろうか。

 神の処理能力と記憶力。

 ミロクはとんでもない人間と出会ったと思った、イージスだけでも脅威だが彼女が使う変わった弓もすさまじい。

 150m以上の距離から正確に敵兵を狙撃する、しかも鏃には爆薬が仕込んであるという。

 あの傲慢で巨大なオーガ兵が雑魚のように倒れる。


 痛快だったが、弓を操るその姿に蟻獅子ミルレオ様と同じ影が見える。


 哀しくて、優しくい闇、その奥にある鬼火の揺らめき。


 同じ、ミルレオ様と同じ闇、きっとこの人ならミルレオ様の助けになる。



 メイは東崖の陣に潜むオーガ兵たちをイージスで捉えていた。

 そして、もう一人、深い青孔雀色……蟻獅子ミルレオだ。

 やはり、現れた。

 蟻獅子の中は見えない、何処までも深い闇だ、底知れない哀しみの海だ。

 やはり覗くのはやめよう、闇に飲まれたまま帰れなくなりそうだ。


 それより今はオーガ兵を減らす、アエリアを追い詰めることだ。

 コンパウンドボウに矢を番えて射程いっぱいの極大射程で狙撃する。


 オーガ兵にローレライの囁きをエンパシーに乗せて届けてあげる。


 ⦅動かないでね、地獄まで手を引いてあげるわ⦆


 オーガ兵にとって経験のない理不尽な死、蹂躙しか知らない者たちの上に降る神の雷。

 魂までも射抜かれてオーガ兵たちは古戦場の地に伏した。


 「怪物は私の方かも知れないわね」


 極大射程で連射を重ねたメイの指は疲労が激しい、コンパウンドボウの引力は軽いとはいえ、いっぱいまで弦を引き、制御して放つ行為の連続は両腕と特に右手前腕の握力を酷使することになる。

 疲労は正確さを奪う、パドマをフル回転させてATPの再合成を促す。


 これで外堀は埋めた、人間側の損害なしにアエリアに挑める。


 「ミロク、もう少し近づいてみよう」

  ⦅ミルレオ様 無事 ?⦆

「私以上に大暴れしていたようだけど、怪我をしている様子は無いようだわ」

  ⦅良かった⦆

 「ここからが本番よ、行きましょう」


 槍使いのオーガ、名前を何と言ったか、まあ、どうでもいい。

 デカい図体のオーガ兵が林の中にひしめきあっている、待ち伏せか。

 

 ⦅オーガを狩る⦆

 ⦅生きろ、そして戦え⦆


 イシスを直接貶めた一人を直接屠る機会、逃がしはしない。


 腰を降ろしてオーガ兵に向かって静かに後ろから近づく、猥談に夢中の兵隊たちは気づきもしない。

 どうせ出番などないと思っている、装備を解いて武器も手から放している。

 躊躇なくハルバートの旋風が始まり、オーガ兵たちの首が中を舞う。


 「あっ!?」

 

 異常にやっと気づいたオーガ兵の目に映ったのは黒い怨念の霧の旋風、その芯にいるのは目に鬼火の炎を灯した蟻獅子。


 「ひゃああ」

 「なっ、なにものだー」

 問答無用で切り伏せる、立ち上がらせない。

 

 旋風の半径を伸ばす、斧の切っ先がコンマ数秒の中で2度3度とオーガを削る。

 ババババシュッ

 竜巻スケールF5クラス、風速100m以上の暴風に巻き込まれたオーガ兵の部品が周囲にまき散らされる。

 360度回転するハルバートの旋風に逃げ場は無い。


 F5が通過した跡には血と肉塊だけが残った。


 ヒュウォンッ ヒュウォン ヒュウォン


 ⦅動かないでね、地獄まで手を引いてあげるわ⦆


 突然、頭の中に声が響いた。

 地獄へ誘うローレライの唄声。

 空耳か、それとも人ならざる者の声か。


 「!?」

 

 上空を黒い光が凄まじい速さで飛び去る。


 「狙撃しているのか?」

 振り返るが射手は遥か遠いのだろう、気配はない。

 「上の道にも待ち伏せがいるのか」

「目視外からでは命中はしない」


 陣の戦いは終わったようだ、無様な死に様だ。

 首が真一文字に切られている、綺麗な傷口、無駄のない斬撃。

 最小の力で致命傷を与えている。

 「俺のハルバートとは真逆だな」

 相当の実力者だ、人間にも達人はいるものだ。


 さらに上がっていくとオーガが倒れている。

 弓だった。

 「さっきの矢か!?」

 驚いたことに死体に矢は一本ずつだ、一撃一死。

 見えもしない的にどうやって当てている?


 狩猟の神アルテミスの弓のようだ、現世の者の技とは思えない。


 おまけに鏃に爆薬が仕込まれている、大穴が開いている。


 「怪物だな、とんでもないのが紛れ込んでいるようだ」


 目視外からの神弓の一撃、避けられない神の矢。

 敵対したらどう対処する?

 オーガ兵だけを狙っている、とてつもない精度で。

 ここにいた人間にもハーフオーガの俺も狙われていない、見えている。


 「敵には回したくないな」


 蟻獅子ミルレオは矢が放たれたであろう方向を見上げてみた。


 そこには丘と森が何事もなかったように秋を映しているだけだった。

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