第25話 居合

崖の陣

 残る陣は東と本丸の二か所のみとなった。

 片面を切り立つ壁を背にし、正面にはエチダ藩の街並みを見下ろす崖になっている。


 崖を背に自らを逃げ場のない位置に立つ、長髪長身の白い軍服の男が細い長刀を手に、静かに佇んでオーガの戦士を待ち構えていた。

 細面に色白の頬に銀髪がたなびく。


 瞑想しているのか伏せた目が何かを捉えている気配はない。

 手に持つ長刀は細長く反りがある日本刀然としたものに見える。


 男は名をリンジン、齢150才にて古流居合術の開祖である。

 軍内の剣術指南役の1人ではあったが、集団戦では異端の武術であり、周囲からはあまり重要視されていなかった。

 静かな男であるが、勤務態度は役人としては褒められたものではなかった、こと居合のこととなると仕事は二の次三の次となる自由人だった。

 軍に籍を置く理由は理想的な剣の製造、それも斬鉄剣の製造を目的としているからに他ならない。

 日本刀においては鉄筋、鉄板を切断することは可能だ、名刀と呼ばれるものの中には試し切りにおいて鉄兜も両断したものもあるという。

 しかし、戦場において相手は黙って動かずに切られてくれることなどあり得ないし、かつ何度も切り結ばねばならない。

 ゆえに、格闘術を合わせたタチアン少尉のような極近接戦闘術が派生した。

 

 リンジンは剣の可能性に固執していた。

 

 巨人オーガが振るう大剣を捌き、分厚い鎧を切断する刀をエルフ族が操る可能性を。

 

「すべては儚き者の命のために」


鞘から長刀を抜くと、片刃の曲刀、やはり日本刀のように見えるが、刃幅が一定ではなく

僅かに波打っている。


 坂下からオーガの戦士が現れる。

 フルプレートの鎧を纏い巨大な盾を持っている。

 「儂はオールド・オランド王国、メイデス王近衛兵、ダバンである、貴様も名乗ることを許そう」

 「年上に対する礼儀がなっていないようだが、仕方あるまい、私はエルフ族国軍リンジン、

今年で150才になる、貴公の四倍は生きているぞ」

 「ほほう、エルフ族の剣士とは珍しい、貧弱な民族にも剣士がいるとは初耳だ」

 「よいぞ、相手になろう、後で酒の肴にちょうどよい」


 ダバンはオーガとしては平均的な体躯2.5mの身長と220キロの体重、全身を覆う鎧と盾は刃が通る場所が一見無いように見える。

 右手には少し短めのダガーを持っている。


 白い軍服と銀髪はユラユラと揺れながら、秋の枯れた草木に重なる。


 「参る」


 ぴたりとユレが止まり、柔軟なゴムが弾かれるのを待つように圧力を高める。


 「小癪な、粉砕してくれる」

 盾を前に、ダガーを振りかざして突進してくる。

 弾き飛ばし、倒れたところをダガーで一撃する、体躯で勝る者の基本的な戦い方だ。

 リンジンの身体が少しだけ沈む、そこで固定された頭の高さでパッパッパッと瞬間移動するように移動していく。

 タスマン少尉の縮地に似ているが、どこまでも滑っていく浮遊した幽霊の動きに対してリンジンの動きはメリハリがある。

 猛牛の突進をあっさり躱す、刀は下がったままだ。

「逃げるばかりでは勝てはせぬぞ」

「力任せだけでも同じだよ」

「ふん、腕力こそ全てを解決する唯一の道だ」

「基礎からやり直してきなさい、あの世でな」

 

 リンジンの狙いはなにか、振り上げたダガーに向かってゴムの一閃が弾かれた。


 ピュンッ


 空中に円を描いた切っ先が向かったのはダバンが振り上げていたダガーを持つ右手親指。


 「がっ!?」

 ボトッ ガララァンッ

 親指とダガーが地に落ちる。


 「そんな大振りをするから致命傷を狙われる」


 リンジンの狙いは初めから指先、足先、首筋といった部分に集中されていた。

 親指が欠損しては、もう剣を握ることは出来ない。

 リンジンの刀は一撃で同体を両断したり、首を飛ばすことなど考えてはいない。

 無力化することを第一優先にしている、握れなくする、歩けなくする、見えなくする、小さな一太刀でいいのだ、オーガであっても無くていいものは指一つとしてない、ひとつ失っただけで致命傷足り得る。

 根性や精神力ではどうにもならない。


 「まだ、まだ、ぬるいわ」

 盾を捨て、左手にダガーを拾い上げる。

 「馬鹿め、盾を捨てるとは、この場合剣よりも盾で反撃にでた方がまだ可能性がある、勉強が足りないぞ」

 「貧弱エルフが我に説教など笑わせる、かくなる上は」

 ダバンは首に下げていた笛取り出す。

 

 ピイィィィー


 木製の笛が破裂するほどの肺活量で空気を送り込む、大音量で響き渡る笛の音。


 「!?」


 ガシャッ、ガシャッ

 道の上下からオーガ兵が一体ずつ歩いてくる……が、おかしい。


 「早くこいっ、兵たちよ、こいつを殺せ」

 

 「卑怯な真似を、やはりオーガは」

 「くははははっ、間抜けは貴様だ、ここには20名の兵を配しているのだ、俺は副将だからな」


 ガシャッ、ガシャッ

 20名?、2名しか出てこない。

 「ダバン……様……」


 ガシャッ、バタッ。

 

 「はっ!?」

 オーガ兵は倒れたきり動かなくなった。

 下からきた一体は頭を潰されており、上からきた一体は頭から矢が生えている。


 「ほっ、他の兵たちはどうした」


 「殺され……全滅……」


 「全滅……だと、20名のオーガ兵が……全滅、誰に!?」

 「これは、なんの余興かな」

 「うそだ、こんなことが」

 「関係ありません、これはあなたと私の勝負なのですから」


 リンジンの刃から殺気が迸る。


 「まっ、まて、やめだ、この勝負は無しだ」

 「見苦しい」


 切っ先がダバンの首元を一閃する、ほんの先端、先端の5センチが届けばよい。


 「がはっ」

 太い首に真一文字に新たな大口が開く、切られた頸動脈が血をまき散らした。


 「なんと弱い、これほどオーガとは弱かったのか」


 上下の道の先にはそれぞれ10体ずつのオーガ兵が躯となっていた、上の兵は矢で頭を射られている、一矢一殺、打ち損じた矢はない。

 下の兵は頭や胴体がひしゃげて原型を留めていない。


 潜んでいたオーガ兵は何者かに瞬殺されたのだ、その一人一人が人間10名を同時に殺せるといわれるオーガ兵が声を上げることも出来ずに。

 矢とハルバートが武器か、1人ずつだ、1人で10名のオーガ兵を瞬殺したに違いない。

 達人リンジンを以てしても戦慄を覚えるほどの技と力。


 「齢150年、上には上がいるものだ、勉強が足りないのは俺の方だな」


 エルフ古流居合術リンジン、極近接戦闘術タスマン少尉、オーガ女剣士ミヤビ・リン・アオイ、エチダ藩同心イイノ・カゲトラ・カイオウたちは、それぞれの陣から本丸アエリア王子のもとへ向かった。

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