第18話 光の川
ミロクはエルフ族の中でも小柄なアールヴと呼ばれる種族で、純潔率が高く原種と言われる希少な種族である。
長命なエルフの中でも,さらに長命で400年以上の刻を巡ることが出来るという。
ゆえに市場価値は高く、小柄でより大人しいこともあり捕獲対象になり易かった。
奴隷として流通させた場合、長命、病気による損失も少ない、すなわち中古であっても再販できる、土地と同じように資産として考える人間たちがいるのだ。
生物としてはレッドデータ絶滅危惧種、このままいけば近いうちに森からその姿は消えてしまうだろう。
ミロクは森で作る薬の知識に長けていた、人間でいえば15才位にしかみえないが40才になる、ヘリオスより年上だ。
生傷の絶えない蟻獅子ミルレオのために消毒水やら軟膏やらを廃屋でせっせとこしらえていた。
なかでもハチの巣から採取したプロポリスと川から採ってきた淡水貝の一種はミルレオの身体の復旧に大きく寄与していた。
プロポリスのアミノ酸はBCAAやHMBといった筋合成や持久力に、淡水貝はオルニチンやアルギニン、クレアチンが豊富に含まれている、これによりミルレオは最大筋力を10%以上向上させていた。
昨日、ヘリオスとミロクは街に買い出しにでかけた、身長が違いすぎて一緒には歩けないので、こんな時はいつも肩車をして歩く。
ミロクは3m近い高さから街を眺められる肩車が好きだった、まるで飛んでいるようだ。
褐色より黒に近いヘリオスと銀色の組み合わせは、あまりに目立ったが、蟻獅子の鎧のまま歩くわけにもいかない。
保存できる塩漬け肉や調味料は必要だ、たんぱく質は川で調達できるが漁師ばかりやっているわけにはいかない。
盗賊のオーガを狩ると連中はけっこう金を持っていた、食うに困らない金は直ぐに調達できてしまう、あまり派手に使うと目立つので余計には持たないこととしている。
途中の屋台で野菜と共に煮込んだ肉を、饅頭の中に閉じ込めて蒸かしたものを10個買い、街を流れる運河沿いのベンチに腰掛けて食べた。
ヘリオスが腰掛けた様は子供用の椅子に掛けているようだ、逆にミロクは地面に足が届かない、凸凹で熱い饅頭を頬張る。
饅頭はミロクが口いっぱいに広げても端しか入らないが、ヘリオスはクッキーを食べるように次々に丸呑みしてしまう。
暖かな光を川面が反射して2人の頬と身体を温めた。
食料品の買い出しのあとミロクが欲しがっていたものを探して薬草屋を覗いた。
ミロクを肩車から降ろすとハイテンションで店の中を走り回っている。
宝物をみるような目で売られているものを手に取って物色している。
資金は預けてあるので一人で清算してくるだろう。
店の主人と思われる若い男と、同世代だろう短槍を持った女が話し込んでいた、近くによって聞き耳を立ててみる。
どこのユニオンに属さないヘリオスは合法な手段で情報を得るには噂話が一番だ、非合法には野盗を腕力で脅すのも有効だが、だいたいその前に死んでいることがほとんどだ。
「いよいよ正面切ってしかけてきたな」
「まともに戦争になったら勝てると思うか」
「さあね、私はやり合いたくはないね」
「それは、みんなそうだろう」
「そうでもないわ、今回の5番勝負だっけ、好き好んで自分から手を挙げた連中結構いるのよ」
5番勝負ってなんだ?
「腕試しってわけか」
「奴らの酔狂に付き合うなんて安い命だわ」
「でもどうだ、お前なら勝てるのじゃないか」
「相手と武器、環境いろんな要素によるわ、ダメだと思ったらやり合わない、だから死んでいないの」
「なるほどね」
「ちょっといいか」
「なんだい、見ない顔だね」
「ああ、今の5番勝負っていうのはなんの話だ?」
「なんだい、知らないのかい」
「オーガ族のアエリア王子がエチダ藩に子供じみたケンカを売ってきたのさ」
ヘリオスはミロクの会計を急がせると廃屋へと急いだ。
ミロクを荷物と一緒に背に担いで馬並みの速度で走る。
エチダ藩まで4日、十分間に合う。
オーガはずいぶん狩ってきた、しかしイシスを直接汚した連中には出会えていない。
相手は王族、簡単には出てこない。
絶好の機会だ。
“ オーガを屠れ “
“ イシスの仇を討て “
噂によるとレウケール第三王妃、その息子のミソパエスとヒュドラの親子は全員死んだらしい。
もう直接断罪してやることは出来ない。
俺を生かした理由、そして蟻獅子として再生させた理由。
「生きろ、そして戦え」
あの日、イシスに叫んだ最後の言葉。
そうだ、あれは自分に投げた言葉だったのだ、迷いを断ち切るために。
廃屋に帰ったヘリオスは蟻獅子ミルレオと変身を急いだ。
「あうう」
血相を変えているヘリオスにミロクは不安そうな顔で部屋の隅で小さい身体をさらに小さくした。
ミルレオとなった男に運河で光に照らされていた温かさはない、怨念が黒いオーラとなって鎧から渦巻く狂戦士、オーガを狩る蟻獅子。
「あうう」 ⦅どこへいくの?⦆
話せないとはこれほどに、もどかしいものか。
少しだけ残っていたヘリオスが怨念の気に震えるミロクに顔に手を触れる。
「オーガを狩る、奴らがエチダまで来ているそうだ」
「10日後戻らなければ、仲間の元へ帰るのだ、俺は死んだと思ってくれ」
「いいぃ」
ヘリオスの手から哀しい愛が伝わる、彼には愛しい人がいる。
そして死にたがっている、死んだら会えると。
凍てついた草木のない暗い明日へ進む道、そっちへ行ったらだめ、きっと会えない。
「……」
ミクロは首を振って訴えたが伝わるはずもない。
「もし、戻れたら……いや」
何を言いかけたのだろう。
その日、蟻獅子ミルレオはハルバートを携えて振り返ることなく北風のように走り去っていった。
その背中を見送ったミロクは例えようのない不安に足元を掬われそうな思いで立ち尽くしていた。
⦅ このまま帰らなかったら……もう会えない ⦆
次の朝、今年一番の冷え込みで霜の降りた道に、小さな足跡が蟻獅子の乗った蹄の跡を追って北へ伸びていた。
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