第17話 霊火

屈強なる戦士との正当な果し合い5番勝負、オーガの要求は遊戯に等しい。


古戦場跡にある山城での5番勝負、各階に配置されたオーガの武将を倒せば引き上げ、負け越せば1000人の女を献上するか、全面攻撃を受けて殲滅されるか選べというものだ。

しかもオーガの武将は各階1名のみ、人間は何人でも良いという、使用する武具も制限しないと記されていた。


「舐めおって、オーガめ」

家老シバタが奥歯を鳴らしながら上限血圧200を越えながら悔しがる。

「古戦場跡の山城の麓付近からある台地を果し合いの場所に指定います、何人でも良いとは言っても入れる人数には限りがありましょう」

 「うむ、実際には3~5人が精いっぱいだ」

 「宗主様は何人送ると言っているのでしょうか」

 「7名、4組よ」

 藩主トウコは冷静だ。

 「なんと、4組も」

 「喜ぶのは早いわ、実力は未知数だ」

 「ヒョードル将軍とタスマン少尉は相当な実力と聞いております」

 「そう聞いている、しかしこのような百死無生の戦いに自ら手を上げて挑まれるとは、なんたる豪傑」

 「粗相なきよう歓待しなければならんぞ」

 「無論でございます、藩主様」

 「我が藩からはイイノ同心とカゲトラ、ケンオウ同心が手を上げてくれましたが……」

 「カゲトラとケンオウは分かりますがイイノは技術畑の同心、役にたつとは思えません」

 「先遣隊との戦闘で散った200人、重戦矢の責任を感じておるのだろう」

 「オーガ相手に勝てぬは当然だが……命がかかっていては平成にとはいかぬだろう」


 果し合いの期日まであと5日、離島へ向けたエチダ藩の避難は続いている。

 港には女子供がごった返し、残される男たちとの別れを惜しむ声が止むことはなかった。


 

 メイは6日ぶりに春の街から宗一郎の武器工房に帰還した。

 宗一郎に出来事を打ち明ける前に泣いてしまった、春の街で押し殺していた感情が決壊した。

 大声を上げて誰に遠慮することもなく泣けるのは幸せなことだと思った。

 宗一郎はやはり何も聞かずに抱いていてくれた。

 感情のダムが水位を失うまでどれほどの時間を要したのだろう。

 収まったときには、溜まっていた悲しみは流れ去り、清涼な流れが姿を見せていた。


 春の街での出来事を全て話すことができた、良い報告が出来たことが嬉しい。


 「そうか、イシスの姉妹を見つけたのか」

 「ええ、優しく聡明な人だったわ」

 「打ち明けなくてよかったのか?」

 「大事な家族だった人であればこそ言えない、それがきっかけになってアドニスやエルフ族が私と同じ目にあったら、私はとても耐えられないわ」

 「でもね、悪い事ばかりじゃないわ、イシスが通っていた喫茶店を見つけたの、見覚えがあったわ」

 「春の街か、そこでお前は生まれ育ったのだな」

 「きっとそうね、少しだけど故郷を取り返したわ」

 「よかったな、そうやって一つずつ取り返していけばいい」

 「おれも行ってみたいな、その店にワインはあったか?」

 「ええっ、お酒の話なのー」

 「当然じゃあないか、エルフの酒は美味いぞ」

 「ふふっ、それもいいかもね」


 一呼吸おいて声を少し重く変える。


 「宗一郎、相談があるの」

 「分かっている、エチダ藩のことだろう」

 「ええ、ユニオンで聞いたのだけれどオーガの侵攻、本格的にやってきたようね」

 「そうだな、だが奴らにとっては遊び半分だろう、代表5番勝負など戦とは呼ばない」

 「アエリア第二王子が来るらしいの」

 「聞いている、狩るつもりなのか」

 「ええ、チャンスだわ、わざわざオーガ族領域から、こちらに出てきてくれるなんて願ってもない」

 「まさか、果し合いに名乗りを上げるつもりじゃないよな」

 「そんなに馬鹿じゃないわ、狩るなら狙撃、ヒュドラの時のように真正面から打ち取れないのは残念だけど、御付きの兵が減ったときに遠距離からの攻撃で仕留める機会があるかもしれない」

 「そうだ、お前の強みは姿が見えない位置から攻撃できることに尽きる、一か八かの近接戦闘は最後の手段になる」

 「蟻獅子ミルレオ、あんな戦い方は逆立ちしても出来っこないもの」

 「怪物じみた戦闘力、仲間に出来ないものか」

 「どこのユニオン、いえ軍も欲しがっているようだけどコンタクト出来ないみたい」

 「オーガ狩りの狂戦士か、ひょっとすると現れるかもしれんな」

 「暴れてくれたら面白いことになるわ、私にもチャンスが回ってくるかもしれない」

 「エチダ藩古戦場跡、オーガを避けながらいくと4日というところか」

 「ぎりぎりね、明日朝に発つわ」

 「ハードワークが続くな、頭痛や違和感はないか」

 「大丈夫、今のところは快調よ」

 「俺も行くと言いたいのだが」

 「それはダメ、宗一郎は家族だと思っているわ、だからこそ私の巻き添えには出来ない、

 あなたの心配は伝わっているけど、もう誰かを失うのは嫌!いなくなるなら私が先よ」


 宗一郎の死顔を想像したら思わず言葉が強くなってしまった。

 誰かに置いて行かれるのは嫌だ、もう自分さえ見送ったのだから。

 父アスクレイも宗一郎も、メイにはこんな苛烈な生き方ではなく平凡な幸せを望んでいただろう、でも叶えてあげることは出来そうもない。


 少しの沈黙、2人は同時に哀しそうに笑った。


 「ごめん、私の我儘だけど……お願い」

 「仕方ない、俺様の出番はまだのようだな」

 

 「実はな、軍から俺に協力要請がきた、兵器開発のだ」

 「えっ、そうなの」


 以外だ、プライドの高い軍が一工房に協力要請してくるなんて。


 「それだけオーガ族、オールド・オランドの脅威を感じているんだろう、国も本気にならざるを得ないのだ」

 「お前と一緒にいけたら、バックレてしまおうと思っていたのだが、少し知恵をかしてやるか」

 「それはいいわね、高級な材料や道具とか使い放題じゃない」

 「軍には関わらないのが俺の信念だったのだが」

 

 腕組みを変えて肩を落とす姿は残念そうだ。


 「俺はポーターの前に軍にいたことがあるのだ、苦手なやつがいてな」

 「そうなの、初めて聞いたわ」


 まだ5年、たった5年しか一緒にいないのだから、知らないことはたくさんある。

 知らずに後悔したくない。

でも、その時間は後どのくらいあるのだろう。


 一度は失くした命、そして救われた命。

 自分が変成(形が変わる)したことにより、心も変性(気持ちが変わる)していく。

 きっとイシスとメイが混じり合って、第三の意識が生まれているのかもしれない。

 冷静で適切な判断、勇敢で恐れない心、以前の自分はきっと持っていなかったもの。


 もっと、もっと強く。

 

 『生きろ、生きて戦え』


 あの人の言葉が、声のない言葉が意識の真ん中にある。


 聖水をかけても消えない鬼火が魂を焦がしている、痛みと苦しみが呪詛となり鬼火を燃やし続ける限り私は人にもエルフにもなれない。


 復讐を成したとき、呪詛は断ち切られ鬼火は清浄な霊火となれると思う。


「戦わなければ生きられない」


 愛する人たちの魂に並び立つために。

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