第16話 虐殺通告

人族の国 リードベッド宗主国 海に面した藩 エチダ藩

 

 緊急人民会議が招集されていた。

 第10代藩主ホズミ・トウコを筆頭に、家老や目付役50人が議場に集まった。


 オールド・オランド王国による人族領域の侵略が始まったのだ。


 議場は緊張に包まれ空気の重さを倍にしたようだ。

 オーガ族との戦力差は歴然、まともにやり合って勝てるわけもない。

 藩主トウコの前に置かれた盤には領内の地図と自軍の配置が駒として置かれていた。

 前日にオーガ兵の先遣100人隊を迎え撃った200人の藩士は一人として戻らなかった。

 全員討ち死にしたようだ、ようだとは遺体がないからだ。


 「血痕や千切れた手足が少しだけ残されておりました」

 「持ち去ったのか!?」

 「そうとしか考えられません」

 「オーガたちは人の肝を好んで食います、長寿を得られるとかで」

 「本気とは思えん」

 「なんと悍ましい」

 

 トウコは女君主として10年を務める、50才になる女傑だ。

 先代君主より指名を受けて藩の舵取りに邁進した経済通だ、豊かな海に面し漁業が主産業だが造船も盛んだった。

 漁船だけではなくリードベッド首都防衛隊からの発注を受けた軍船も造船していた。


 押し黙っていたトウコが口を開いた。

 「重戦矢部隊の効果はなかったのか?」

 「斥候の調査によればオーガ兵の死体は数体、いずれも複数の重戦矢が鎧を貫通しておりました」

 「数体とは?」

 「……2体です」

 報告したのは戦術研究同心のイイノだ。

 議場からため息と自虐的な失笑が漏れる。

 「こちらの損失が200、敵に対しては2ではつり合いが取れん」

 「重戦矢の効果はあったのです、どんな刀で切りかかろうとも殺すことが出来なかった鎧を装備したオーガ兵を倒したのです」

 イイノは議場の隅々まで届く声で強調した。

 「2体を屠るのに何本の矢を必要としたのだ」

 「装備していたったのは1000本、恐らく撃ち尽くし懐に入られ壊滅したと……」

 「1000本撃って2体、偶然としか言えん」

 家老シバタが口を挟む。

 「盾……だな」

 トウコが眉を寄せた。

 「私もそう思います、奴らが使う亀甲戦法、重戦矢を以てしても打ち破ること叶わず殲滅されたものと思います」

 「もっとピンポイント、集中して射かけることが出来れば打ち破る可能性も上がると思うのですが」

 「いくら相手が巨人でも300mも離れていては豆粒同然、しかも重戦矢は空中に打ち上げ重力で落ちる矢を加速させる、もともと精密射撃が不得意だ」

 「方向と距離が分かれば……」

 「望遠鏡を使ってもかなわぬ」

 「さりとて距離が詰まれば2撃目、3撃目の猶予はなくなる」

 「手詰まりだな」


 戦術研究同心イイノも黙るしかなかった。


 「対抗戦術は後にする、優先すべきは民の避難だ、サエ島群島への移民状況はどうか」

 変わって立ち上がったのが移送を任された同心タテノだ。

 「移送のための船は足りておりますが、受け入れ先の整備が間に合いません、サエ島の城は避難民で溢れかえっています」

 

 「内地他藩への非難を再度、内閣府へ要請せねばならんな」

 

 開戦通告がオールド・オランド王国よりエチダ藩に届けられたのは僅か1か月前のことだった。

 非戦条件として記されていたのは下記のとおりであった。


① 屈強なる戦士との正当な果し合い5番勝負

② 負ければ25才までの健康な女子1000名の献上

③ 屈服無ければ全面攻撃、永久的な食物、物資の献上


オーガは混血による長寿命を諦めたわけではなく、強く大きく、さして長寿命なオーガ族

の創出を模索している、ただし医学や化学といった概念が薄いオーガはただただ偶然の産物をもとめて数の制圧しか頭にない。


 また領土の拡大もついでといった意味合いが強い、征服したあとの統治などまるで無関心だ。

 まず優先されるのは武、強き相手と戦い勝利すること、オーガにとってそれ以上価値のあるものはない。

 弱者を無双し蹂躙する行為に悦虐を求める加虐性思考、原始的な欲望だ。

 他者の痛みや苦痛を感じることなく、食物連鎖の範囲外、自己満足で人を殺める。


 生きる奴隷となって生涯をオールド・オランド王国に従属せよ、それが要旨だ。


 「こんなもの従うことが出来ようはずもない」

 藩主トウコは半場諦めたように盤上に上意下達と書かれた親書を放った。

 先祖代々引き継がれ、積み重ねてきた人々の努力が無に帰そうとしていた。

 半数の人口が街を逃れて流失した、商店には戸板が建てられ、工場の火は落とされ、田畑は雑草畑となっている。

 繁栄を極めたエチダ藩が攻め込まれる前に崩壊していく。

 

 「我々がこの地を去れば、さらにオーガたちは足を延ばし、やがては喰いつくされる」

 「オーガに対抗できる武具の開発が急務であり永遠の課題であり務めだ」


 闘争がない世界は、虚無の世界しかないだろう。

 生物あれは弱肉強食があり食物連鎖があり、意志あれば欲望が生まれ、行動あれば怨嗟が生まれる。

 救いがあるとすれば神ではなく共感、愛、情。

 不確かなれど原始がもたない高度な感情。

 欲望ではなく、愛と情の武力、誰かのために戦うこと。


 原始に負けてはならない、愛ある武力で勝たなくてはならない。

 藩主トウコは玉砕戦となろうと最後まで留まる決意を盤上に描かれた街を見ながら将来、拝されることのない日陰の英霊となる決意をその胸に固めた。


 望みはリードベッド宗主国防衛隊から派遣されてくるだろう猛者たち。

 単騎の戦いでオーガ兵を上回る力を持つという。

 儚い望みだとトウコはまるで期待していなかった。

 大方、社会に背を向けた素浪人や腕試しの武芸者程度。

 人間の枠を超えたオーガに太刀打ちできるはずはない、単騎戦で勝ったとて、そのまま引いてくれるはずもなし。

 藩としても単騎戦に戦士を出さないわけにはいかない、既に200名が戦死し、その家族が泣いていることだろう、しかも御印さえ戻らない。

 藩主としては部下たちに死んで来いと言わねばならない、なんと残酷な役目か。

 いずれにしろ滅びの道しか残されていないならば無駄死でしかない。


 藩主トウコは議論止まない議場の中空を睨みながら暗澹たる未来を描くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る