第12話 春の街 秋の墓標

メイとアドニスは3日目の昼近く(春の街)に通じる湖を越えた。

 予定より少し遅れている、休憩や食事の時間のお喋りが止まらなくなっているのが原因だ、どうでもいいような話が楽しかった。

 宗一郎とはこうはならない、どんな内容であれ結論がある、結論を得られれば話は終わりだ。

 結論を得ることばかりが話すことの目的ではない、ただ話すだけでよいのだ、内容は問わない、むしろ意味の無い事の方が気軽で楽しい。

 移動の間中、夕方には喉が痛くなるほどに、鹿に騎乗した鞍の上で話し続けた。

 12才以降、こんなにお喋りした経験はない、考えてみると周りは男ばかりだったと気づいた。

 

 蟻獅子ミルレオの出没が効いているのか道中危険な匂いはなく過ぎていった。

 田舎道でも人とすれ違うようになってきている。

 街の門を過ぎる前の三叉路に差し掛かった時にアドニスがメイを引き留めた。

 「寄りたいところがあるのですが、かまいませんか」

 「どうぞ、今日は私も(春の街)に宿泊いたしますので時間はあります」

 「ありがとう、それではお言葉に甘えて」

 

 三叉路を折れてすぐに目的地は見えた、霊園だ。

 エルフ族の寿命は長い、疾病に対しても免疫が多く戦争や事故等でなければ天寿を全うできる、さらに高齢になっても人間やオーガのようには老いない。

 死ぬ寸前まで外見は若いままだ、一見しただけでは年齢を計ることは出来ない。


 霊園の入り口でエルーたちを繋ぎ、白い石が敷き詰められた小道をいく、墓石はランダムに配置されている、団地のように規則的には並んでいない。

 森の民らしく空間には木々が枝を伸ばして花を咲かせている。

 秋の今は金木犀がさわやかな芳香で墓所を満たしている。


 「私が人間の街に通う理由がここにあります、ですが今回で最後にします、その報告をしたいのです」


 メインの通りから少し奥にアドニスが目指す墓所はあった。

 まだ新しく墓石は白いままだ、周囲を飾るのは木香薔薇だろう、春にクリーム色の小輪の花をたくさん咲かせる。


 「6年前に失踪した、いえ攫われた私の姉の墓所ですが、遺体はありません」

 

 「!!」


 鋭い槍で胸を突かれたような衝撃。

 心臓が張り裂けるほどの鼓動が胸を打った。

 墓石に刻まれた名は ( 春の娘 イシス・ペルセル )

自分の墓所だ。

 

 記憶の嵐が、ハデス王に攫われた時の獣臭が金木犀の香りを打ち消して渦巻き、地獄の1年間の記憶が頭の中で弾ける。


 抑制していた感情がマグマの奔流のように噴火しそうになる、全身の毛穴が開き、額を幾筋もの汗が伝う。


 嗚咽が漏れそうになるのを手で必死に抑える。

 

 だめだ、アドニスに感づかれてはいけない。

 イシスの感情がエンパスに乗りアドニスに伝わる前に、メイが断ち切った。


 「?どうかしましたか」

 「いえ、なんでもありません」

 そこには、普段どおりのメイ・スプリングフィールドがいた。


 伝わらないように防壁で囲った感情の海は荒れ狂い、大粒の雨がザーザーと音を立てている。

 大声を上げて泣きたい。

 妹だというアドニスを、肉親を抱きしめて泣きたい。

 自分は生きていると知らせたい。


 出来ない、別人になった秘密が外に知られれば必ず奴らは追ってくる。

 同じ事をしようとする、きっと多くのエルフが実験台として殺される。

私の親族なら最も危険にさらされるに違いない。

もう父アレクセイの技術はなく成功する見込みもないまま虐殺が行われることになる。


私が虐殺のトリガーになってしまう。

言えない、知らせることは出来ない。

「姉はエルフ族の中でも秀でて美しい人でした、そして強いエンパスの力をもっていました、ユニオンのヒューゴ所長が言っていた通り感応が強すぎて集団の中にはいることがとても苦手な繊細な人でした」


「……」


「一人で過ごすことが多かった姉が湖畔の道を散策している時に交易交渉に来ていたオーガ族国王メイデスの目に留まってしまい、その場から連れ去られてしまったのです」

「父と母は連れ戻そうとオーガの冥界城にすぐに向かいましたが1か月後に遺品と灰だけが届けられました、冥界城の前で座り込んで抗議していた父母は、王子のひとりに切り殺されたそうです」


私はなんと罪深いのか、私のために父母は命を落としたというのか。

どう償えば……償う相手はもういない、記憶の中にさえいない。

頻繁にやってくる涙のダムが崩壊しないように上を見るふりをして上流に押し戻す。

唇が奥から震えようとしている、奥歯を噛んで耐える。


「灰を届けてくれたのは混血のオーガでした、イシス、姉の名です、イシスは生きているから希望を捨てるなといって帰っていきました」

 

 ヘリオスのことだ。


 「でも、1年後に現れたその人は、救えなかった、姉は死んでしまったと言い残して去りました」

 「その、ヘリ……その混血のオーガの方はどんな様子でしたか」

 「ひどくやつれておりました、こちらで見ているのが辛くなるほどに」


 ここに来ていた、来てくれていた。

 懐かしさがこみ上げる、でも……その姿や顔、愛しかった声は還らない。

 物理的に無くなってしまった大切なものは家族も愛しい人も、私の中のどこにもいない。

 宗一郎に会いたい、今無償にその胸で泣きたい。


 「その話を聞いても私は、姉の死を受け入れることが出来ずにいました、どこかに生きているのではないかとつど都度、人間の街やエルフの村々を訪ね歩いていたのです」

 「でも、今回限りとします、私も受け入れなければなりません」

 「私も結婚をして懐妊しています、あと1年ほどで子供を授かれるでしょう、今を生きていかなければなりません」

 

 寂しくも頼もしい、それでいい。


「私もそうした方がよいと思います、万が一旅先でお姉さまと同じような目にあったら、お姉さまが天国で、どれだけ悲しむか」

「メイさんに言われると本当に姉に許された気持ちになります」

「ふふ、17才ですよ」

「そうですが、ときおり年上に感じることがあります、すごく大人びた感じがします」

「こんな仕事をしているので擦れてしまったのかも」

「きっとメイさんは、姉のイシスのように聡明な女性になるでしょう」


 2人でイシスの墓に向かって手を合わせて祈る。

 身体はここにないけれど、あの日までの記憶を故郷の地に帰そう。

 

 春の街で記憶の墓標に……安らかにと。

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