第13話 折鶴

 アドニスには自分の家に泊まってほしいと懇願されたが、ユニオンの条例違反になるからと言って断った。

 私が暮らしていた家、きっと思い出すものもあるだろう、焦燥感と後ろ髪を引かれる思いだが、これ以上いたらきっと隠し切れなくなる。

 危険だ。

 肉親が元気にしているのが分かっただけで十分とするべきだ、イシスに近すぎる場所は避けた方がいい。


 春の街の宿屋はどこも上品で洗練されていた、その分値段も高い。

 セシルから臨時の手当てを貰ったし懐は温かい、今日位はいいだろう。

 

 メイン通りに面した白い壁の建物、全10室ほどの高級旅館は個室にも風呂がついている、始めてだ、帰ったら宗一郎に自慢しよう。

 夕食までには時間がある、少し街を歩いてみようと思う。

 なにか記憶の端に残っているものがあるかもしれない。


 必要ないとも思ったが戦槌はホルスターに留めて置く。 

私にとって、この街は地獄の入り口なのだから。


 荷物を置いて日が傾きかけた街を歩く、故郷だったはずの街並み、イシスも幾度となく目にしたのだろう景色が新鮮に映る。

 穀物や豆を扱った店が多い、衣料品は服としての製品より布が多かった、材料だけ購入して自分で作るのだろう。

 連れ去られる前、イシスには恋人はいなかったのだろうか。

 きっといたはずだ、エルフ族とはいえ50才近い年齢は子供がいてもいい年だ。


 なにか思い出の欠片でもいい、ここで生きていた証が欲しかった。


 しばらく進むと通りの向かいに落ち着いた感じの喫茶店があった。

 エルフはお茶が好きだ。

 見覚えがある気がする、ドアを押すと鐘がなる、チリリン、ああやっぱり。

 「いらっしゃい」

 イシスより少し年上の上品な女性が声をかけてくれる。

 「ポーターで街に来ている者なのですが、お茶をいただくことはできますか」

 「もちろん、かまわないよ、好きな席へどうぞ」

 店の中は20席ほどだろう、以外と広い。

 意識せずに壁側の奥のシングル席に足が向いた、籐椅子を引いて腰を降ろすと、店の風景が懐かしく感じる。

 知っている、来たことがある。

 イシスの痕跡を見つけた。

 メニューを捲ると見慣れた文字がある、そうだ、古樹花茶。

 標高の高い場所に自生するお茶の花を乾燥させたもの、甘く洋ナシのような香り。

 平型のグリーンのカップが好きだったと思う。

 早速頼んでみる。

 「今年のは出来がいいのよ、人間のお嬢さんにしては良く知っているわね」

 店主は上機嫌で注文を受けてくれた。


 上品な店らしくナプキンが置いてある、手にすると閃くものがあった。

 指が勝手に紙を折っていく、無意識のうちに目の前に折り鶴が出来上がっていた。

 「あなた、それは……」

 「え?」

 店主が花茶をテーブルに置きながら折り鶴を手に取った。

 「昔ね、馴染みだったお客さんが、この席で花茶を飲んで折り鶴を造っていたのを思い出してね」

 「人族だったのですか」

 「いや、エルフ族のお嬢さんだったけれど、亡くなってしまってね」

 「どうしてだろう、あなたがそっくりに見えたの」

 きっと私だ、折り鶴が教えてくれた。

 

 少しだけ自分を取り戻した気がした。

 また、来てみよう、そして花茶を頂こう。


 店を出ると街は青紫が沈んで、風が冷たく頬を刺した、不意に随分前に堪えていた涙が零れ落ち、思い出の街を水彩の滲みに変えた。


 宿屋の夕飯はエルフらしい素材を生かした実に……物足りない。

 人間の舌に慣れてしまった私にはどうにも旨味が足りない。

 仕方ないのでテーブルにあった調味料をかたっぱしから試したら大豆から作ったというソイ・ソース(醤油)が思いのほか美味しかったので、全ての料理に掛けて食べた。

 彩鮮やかだった皿が真っ黒になってしまったが味はずいぶんマシになった。


 塩気がきつかったせいか喉が渇いたので半発酵の青茶(烏龍茶)を頼む、リンゴのような香り、これは文句なしに美味い。


 食堂には宿泊客のほとんどが食事に出てきていた、交易で訪れているのだろう、人間がほとんどだ。

 ポーターも多い、人間族には物足りない食事を補うように酒が入る。

 酒が入れば口が軽くなり、情報交易が無料で行われるのだ、酔った人間は開放的になり頭の中を覗いても感づかれない。


 感応の感度を上げる、雑談から有用な情報を選別する。


 ( 儲かる……金が……やばい )

( 嫁さん……浮気……許さねえ )

( めんどくせえ……売っぱらちまえ )

( 昔はもっと……今の若いのは )


だめだ、ろくな話がない。

 

 ( 蟻獅子が……オーガ狩り )


いた、これだ。


  『蟻獅子なあ、あれは2代目だな、俺は10年前にも見たことがあるのだが、今のは別

人だだと思う』

『言い切れるのか』

  『実はな、知っているのだよ、蟻獅子の中の奴を』

  『ほう、それは興味深いな、ユニオンだけじゃなく軍もスカウトを狙っているそうじゃ

  ないか』

  『そうだろうな、でもそれは無理だ』

  『なぜだ?』

  『あれはオーガだ、同族殺しなのさ』

  『なぜ、知っている』

  『奴の使っているハルバートな、造った職人を知っているのだ』

  『もう死んじまったが、話を聞いたことがある、オーガの剣士に頼まれて一振り作った

そうだ』

『俺は見たんだ、その職人の銘が蟻獅子のハルバートにあった』

『じゃあ、オーガが先代のオーガを殺して奪ったのか』

『それは分からん、でも先代も強かったらしいが、ここまで現実離れはしていなかった

と思う』


 オーガ狩り 蟻獅子のミルレオ 蟻と獅子の混血 肉も草も食べられない伝説の怪物


 確かに人間離れした膂力だった、甲冑と盾の重装備オーガを一撃で粉砕するなんて大砲なみの威力。


 刀で金属を両断することなど出来はしない、鋭い槍か矢、もしくは転倒させて首を狙うのが一般的で、刀で鎧ごと両断するなどというのは絵空事だ。

 どんなに営利な刃物でも、ある程度の強度を持つ物質を破るためには、回転や振動といった動きが必要だ、生物の動きでは限界が低い。

 大型の戦槌も有用だったが、撃ち返すまでの時間差が大きく初撃しか役に立たない、メイが使う小型の物ならば接近戦で徒手術と同様の使い方が出来る。


 ミルレオの剣技は、これらの理を排していた、絶対的な筋力が人間とは違うのだ。

 切断ではなく圧し潰してしまう。

 先端に着いたスピアも長く相対したら脅威となるだろう。


 感応を閉じて、昨夜の蟻獅子が巻き起こした旋風を思い出した。

 憎悪と怒りが黒く渦巻き、その中を雷鳴がごとくハルバートが奔る、狂声の雄叫びを上げる姿は怪物そのものだった。


 「敵には回したくはないわね」


 すっかり冷めた青茶が、喉の奥を更に冷やすようだ。

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