第8話 第三旅団

 しばらくするとセシルだけが戻ってきた、前方の盗賊団は撃退したようだ。


 「メイ、これは、あなたが?」

 嵐に蹂躙されたオーガの死体を見てセシルが目を見開く。

 「違うわ、もういない」

 「なにがあったの」

 「わからない、黒蟻みたいな甲冑を着た奴だった」

 「黒蟻の甲冑?聞いたことがあるわ、オーガ狩りのミルレオ(蟻獅子)」

 「ミルレオ(蟻獅子)?蟻の頭のライオン」

 「オーガだけを単独で狩っていく神出鬼没の戦士、竜巻のようなハルバート使い」

 「確かに桁違いのハルバートだったわ、あんなの見たことない」

 「運がよかった」

 「私だけじゃ対処できなかったわ」


 「スバルと泉はどう?」

 「死んではいないけど、重症だと思う」

 「処置しないと動かせないかも」

 「まったく役に立たないったら、もう契約できないわ」

 「仕方ない、見殺しにはできないし」

 私は丹田のパドマを解放し2人に手を当てサクリファス・ダウナー(傷代わり、痛覚緩和)を処置する。

傷を治すことは出来ないが血流に干渉して止血や、開こうする傷口を抑える効果がある。

 太い血管の破断や骨折を繋ぐ効果までは期待できない。

 「相変わらず、すごいわね」

 「ぜんぜんよ、あんまり当てにはしないで」

 施術院を開いている専門家の中には、私を遥かに凌駕する技能を持つものもいる。

 宗一郎がそうだ。


 応急処置だけして、囮に残していた荷馬車に放り込む。

 

 夜明けまで、まだずいぶんあるが怪我人もいる、ゆっくりと目的地まで歩を進めるしかない。

 商隊は月明りを助けに谷を後にした。


 オールド・オランド王国 冥界城

 ( 第三旅団長 ストラス執務室 )


 王国の中央に位置し、標高1000mの山そのものが城となっている、周囲の城下街とは一線を引くようにグルリと高い石壁で囲まれている。

 山城を登る道と水路は迷路のように大小張り巡らされ、そのままで要塞といえる。


 その城のなかの中腹にある巨大な岩をくり抜いた小城が、ヒュドラ王子が属する第三旅団の本部となっていた。

 旅程を大幅に過ぎても帰還しない王子を、従者たちは探索者を出して探し回っていた。


 「愚かな男だとは思っていたが、このようなことになろうとは」

 「ストラス様、めったなことは口になさらない方が……」

 「なにを今更、王子なき後もう第三旅団は解散しかあるまい」


 今朝、黒布に包まれ帰還した王子は死後3日、手足の先は千切れ頭は変形した無残な姿だった。


 「しかし、兄君のミソパエス様がいらっしゃいます」

 「あの病は癌だ、長くは持たないだろう、今はもう立つことも叶わぬ」

 「昨年は母上様である第三王妃レウケール様まで亡くなられたというのに」

 「エルフの奴隷公妾脱走事件の際にあの混血の侍従長、何という名だったか……」

 「ワンドロップのヘリオスでございますね」

 「そう、奴だ、あの男に殴られた顔の骨折が戻らずに悩まれていたが、イシス奴隷公妾の呪いだとか、あらぬ疑いをかけられて暗殺されようとは……」

 「どこの部隊の者か、メイデス王も取り立てて捜査を急がせないということは……これこそ言葉にはできないがな」

 「我らはどうなるのでしょうか」

 「王子がおられぬ今、第三旅団の存在価値そのものがないに等しい」

 「やはり第一か第二旅団に編入されるのでしょうか」

 「それならまだ良い、辺境の戦地に送られることも十分ある、我らのキャリアも終わりだ」

 「はずれクジついでに訃報を王にせねばならん、詳細を聞こう」


 ストラスは自分の運の無さに嘆きながら冥界城最後の仕事になるかもしれない不本意な報告をするためハデス王が座する本丸へ向かった。


 本丸にあるメイデス王謁見の間は質実剛健、実力主義を掲げるメイデス王らしく粗削りの大岩を組み合わせた空間に厚いレンガを引き、調度品などはなく一段上がった執務用机と鉄の玉座が置かれていた。

 

 「ヒュドラ崩御の件は分かった、王系墓所の末庭に埋葬することは許そう」

 「はっ、ありがとうございます」


 レイオスの予想していたとおりハデス王は息子の死を聞いても涙一つ、いや眉一つ動かすことはなかった。


 「しかし、墓石は最小のものとせよ」

 「最小でございますか」

 「そうだ、聞けば死因は矢傷と聞く、オーガの男、しかも王族が矢で死ぬなど汚名の誹りも甚だしい」

 「本来なれば裏山に打ち捨てられても文句は言えん」

 「王様のお怒りごもっともでございますが、ただの矢ではなく爆薬が仕込まれていたようで、かなりの達人によるものと予想されます」

 「王家伝来の武芸百般を極めし戦士であれば矢を躱す方法などいくらもある、要は勉強不足、自己責任以外の何物でもない」

 ハデス王の声は落ち着き、そして岩のように重い、反論の可能性はない。

 「レイオスよ、あのバカ息子の面倒、ご苦労であった、これまでの奉仕に対して私から礼をいう」

 ハデス王は立ち上がるとレイオスに向かって本当に頭を下げた。

 慌てたのはレイオスだ。

 「おやめください、王様、私が不出来なばかりに、本来ならこの場で死することが我が務めと思ってまいりました」

 「いや、それは違うぞ、レイオスよ」

 「お前は我が命によりヒュドラの第三旅団指南役に任ぜたのだ、使えるべきはヒュドラではなく王たるこの私、メイデスだ」

 「もちろんでございます」

 「レイオスよ、お前の優秀さは知っておる、第三旅団は解体となろうがお前たちの扱いは心配するな、悪いようにはしないぞ」

 「ありがたきお言葉、感謝いたします、王様」

 レイオスは感激のあまり床に額を擦りつけて涙を流す。

 「ヒュドラは王家を名乗るにはあまりに凡人、一族を率いる幹部たれば皆が皆、超人でなければならない、一兵卒ならよいが王候補になり得ぬ才であったのだ」

 「弱き者は淘汰される定めだ、お前が気にすることはない、この先、お前の非凡な才は私のために使うがよい」

 「ありがたき幸せでございます、王様」


 数日後に王家墓所の片隅、猫の額ほどの地にヒュドラの墓は建てられた。

 葬儀も簡略的に行われ、王妃も暗殺されており、さらに兄弟も病欠、事務的に済まされて冥界城の記憶から早々に消えていった。

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