第7話 黒蟻
夜も浅い時間に商隊を挟撃する形で道の前後から欲望と暴力の意思がやってきた。
メイのレーダーを反応させた数は前後10名ずつ。
赤が強く感じるのはオーガだろう、それより薄いのが人間、エルフは白く感じる。
ほとんどが人間、20名のうちオーガは2人だけだ、用心棒的に雇われでもしたのか。
エルーも鼻を鳴らして耳を立てている。
堂々と松明をつけて道を進んでくる。
「馬鹿じゃないの!?」
ピィーィッ 警報の口笛を鳴らす。
宵も口の時間、セシルと山ちゃんが反応したのを焚き火の灯が照らした。
ピイピイピーピ、ピイピーイピ モールスで方向と数を知らせる。
スバルと泉はまだ気が付かない、もう一緒に組むべきじゃないかもしれない。
私以外なら一般人である可能性を考えるお人よしもいるかもしれないが、共感能から明確な欲望と殺意が伝わってくる。
エネミー認定。
前後両側ともにコンパウンドボウの射程に入る、矢で射かける程度では引かないだろう、格闘戦になる前に人数を減らしておく。
躊躇はいらない。
ピピィー 戦闘開始の合図。
ようやくスバルと泉が出てくるが装備を解いてしまっている、焚き火の明かりなしで装着は出来ないだろう。
防具無しで生き残れるものか。
「イージス機動」
パドマを開放する、範囲の人間たちの情報が一気に流れ込んでくる。
後方から来る10人の先頭に向けてコンパウンドボウを引く。
バヒュン
夜の闇に溶けた必殺の矢が疾る、鏃は炸薬なしだが、突き刺さってから返しが開くブロードヘッドと呼ばれるものだ
抜こうとしても抜くことは出来ない、無理やり抜けば肉がもぎれる。
えげつないよ、宗一郎。
ドズン、着弾、対象の意識がなくなる、ヘッドショット、即死。
進撃してきた感情が乱れる。
振り向くと同様に前方の10人の先頭に向けて矢を放つ。
ドズン、着弾、対象の意識がなくなる、ヘッドショット、即死
前後ともに先頭を屠った、いつでも殺せると容赦ない警告。
セシルと山ちゃんが戦闘態勢を整えて待ち構えている、荷馬車は進行方向谷側に首を向けて発車準備を整えている、セシルは前方退避を選択したようだ。
「OKセシル、道をこじ開ける」
混乱している前方の9人に向けて矢を集中させる。
3秒速射、5連発。
バヒュッ、バヒュッ、バヒュッ、バヒュッ、バヒュッ
全弾命中、意識喪失、甲冑装備はいないようだ。
残った4人は後退を始めた。
セシルを先頭に荷馬車がゆっくりと動き出す、手元程度しか照らせない灯では速歩は無理だ。
的を後方9人に切り替えて同様に5連射、1人イレギュラーな動きで外した。
後退していくように見えた集団から2人が前に進んでくる、深紅の感情、オーガだ。
スバルと泉がオーガに向かっていく、分かっているのか?
「ばかっ、やめろ、勝てる相手じゃない!」
2人からは、活躍して見返してやろうという気持ちが伝わってくる、愚かだ。
前方のセシルたちも会敵したようだ、恐怖と勇猛が入り混じっている、相手は4人。
セシルたちの援護が先だ。
離れたところにいる1人を狙って放つ。
ボディショット、即死には至らず、が動きは封じた。
「うわあっ」
スバルと泉だ。
オーガの嘲笑と残虐な快楽が感応してくる、吐き気がする。
2人がオーガと近すぎる、援護出来ない。
「まったく!」
放っておくわけにもいかない、コンパウンドボウを置いて走り出す。
私も甘ちゃんだ、放っておけばよいものを、宗一郎に叱られそうだ。
崖の途中まで来た時、新たな感応が1人、高速で近づいてくる、馬だろう。
「何か来る!?」
変わった色、深い孔雀青、オーガや人間、エルフとも違う色。
新たな敵か、味方か。
オーガは鎧を着ていた、盾まで持っている。
私の小型戦槌じゃ太刀打ちできない、炸薬槌は取り付けていない。
スバルと泉は辛うじて無事だが出血している、重症だ。
ガガッカ
戦馬に乗った男、190㎝以上ある黒づくめの甲冑、蟻のような鎧に大型のハルバートを持っている。
ハルバート、槍と斧を一緒にした最強の武器。
身長の割に細く、蛇腹の鎧が全身を覆う、頭を覆う兜は牙を鍛えた蟻、前屈みに馬から降りるとハルバートを手に無造作にオーガに近づいていく。
オーガ2人が殺気を帯びる。
私は蟻に見入った、感応を向けてみたが、なにかに阻まれて見ることが出来ない。
初めてだ。
何も感じ取れない深い闇、見れないのではなく何もないのかもしれない。
「いったい何者なの」
オーガと蟻の間に火花が散る。
「なんだぁ、お前は、殺されたいのか」
「すっこんでな」
「……」
「しゃべれないのかぁ」
「キィエエエェェェーッ」
突然の絶叫、黒い蟻を中心に竜巻が渦を巻く。
バアツキィィ
間合いにいた2m、120kgのオーガが吹き飛ぶ、打たれた腹部が甲冑ごとぺちゃんこにひしゃげる。
地面を転がりながら体中の穴から血を噴水のように噴き出す。
回転が止まった時には絶命していた。
なんて膂力。
「こっ、このっ」
残ったオーガが大剣を振り上げて切りかかった。
ガヒュッ
オーガの剣が打ち下ろされるより早く、蟻のハルバートが地から空に向かって発射され、軌道上にあったオーガの頭は左右に分割された。
「ヴオオオォォォッ」
夜空を焦がすほどの雄叫び。
哀しく恐ろしい怒りの波動、私の脳が焼き切られるほどの強い共感能。
スバルと泉は白目をむいて失神している、ポーターとしては再起不能だろう。
「人間じゃない!?」
黒蟻は人間には興味がないのかオーガ2人を屠ったあと、馬に戻るとさっさと来た道を戻っていく。
黒蟻が去ったあと、怖がりな月がやっと顔を覗かせてきた、見えたのは転がる盗賊団の死体だけだった。
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