第3話 宗一郎

 メイは月の半分ほどを宗一郎の武器工房兼自宅に普段は居候している、あと半分は街でポーターをして金銭を得ていた。

 主に軽荷物の運送が多く、連泊しながら街を移動する。


 (往復で一か月以上かかるような遠距離は受注しない、軍には関わらない、当たり前だが犯罪にも加担しない)


宗一郎が提示したイシスがメイとして働くことを許可する条件だ、本当は身の危険を伴うことはしてほしくないと思っていることをメイであるイシスは知っている。


 「風呂にいってきな、その間に飯を用意しておこう、そしてメンテだ」


 工房の自宅部分には温泉が引かれていて、かけ流しの24時間入り放題だ。

 ビバーク(野営)を強いられるような日が続くとこの風呂が堪らなく恋しくなる。


 装備を脱ぎ、湯船につかると一週間の疲れと、戦闘で染みついた血の匂いが消えていく。

 宗一郎が作った石鹸を手に取る、ラベンダーの香りが心地よい。

 彼は多趣味だ、武器マニアであることも確かだが、他にもマニアと名乗れる分野が多数ある、創る、生み出すことがなによりも好きなのだ。


 メイの身体は若いが、超絶美形であったためにオーガ族メイデス王に見初められ攫われたエルフ族イシスに匹敵するわけではない。

 イシスは儚く脆い、抗うことを知らない妖艶な美しさを持った女性だった、それゆえに男の視線を集め、その下品な欲望の感情がエンパスであった彼女の精神を蝕んだ。


 メイの身体となった今、再び男の下品な注目を集めることは避けたいが、桜色に染まる肌、アーモンド形の二重、遠征しても艶を失わない髪、可憐で愛くるしい強さがある。

 12年もの間寝たきりであったとは思えない、脳死状態でもパドマが動き続けていたおかげだろう。

 普段はその魅力を感づかれぬように地味な女を演じることを心掛けている。

 イシスのころとは違いパドマによりエンパスの能力も制御できるようにはなったが、それでも不快と感じることは多い。


 風呂から上がると、脱衣所には畳まれた部屋着が用意されていた。


 「まるで母親ね」

 

 宗一郎の心からは、いつも晩秋の収穫の終わった畑から漂う白煙の香りを感じる。

 もの哀しく寂しさを湛えた空気感。

 その外見とは遠く、穏やかで温かい、まるで母親のような男。


 食卓につくと、普段ハンマーを握るメイの太ももほどもある腕が創出したとは思えない美麗な料理が用意されている。


 「相変わらず上手ね」

 「人間の身体の原料だ、全てに命と意味がある、雑に創ってはいかんのだ」

 

 野菜を中心にした献立。

 ズッキーニのピクルス、葉野菜の和え物、根菜の煮物、大麦とライ麦のパン、

 キノコの汁物、鮭の粕漬焼き、塩気の効いたアンチョビパスタ。

 メインはスパイスの効いたトマトソース煮込みハンバーグだ。


 人間の身体を纏って驚いたことが食事だ、舌が感じる美味さがエルフ族とは違い幅広い。

 エルフは基本的に森の物しか口にしないし、食には淡泊そのものだった。

 メイの舌は宗一郎の創る食事の旨みをイシスの脳に最大限伝える、経験のない衝撃的な感覚だった。

 丁寧に創られた料理は丁寧に食さなければならない、雑に食べては命に対して失礼だ。


 メイの父親アスクレイも食事の所作には煩かったが、宗一郎は上品でなければならないともいう、自身も、がっつくようなことはしない、一つ一つ丁寧に味わう。

 食事をしながら食材のウンチクを聞くのも楽しかった。

 同じ年月を生きているのに遥か年上のように感じることがある、寿命の短い分、生が濃密なのかもしれない、いやエルフが生に対しても淡泊なのだろう。


 2人で囲む食卓も久しぶりだ、知らぬ人がみれば親子にしか見えないだろう。


 「宗一郎は恋人とかつくらないの、絶対もてると思う」

 「世間一般には枯れたシジイの需要はないさ」

 「そんなことないと思うな、私ならほっとかないよ」

 「50過ぎのオヤジが17才に手を出したら犯罪だぞ」

 「重荷に思わないでもらいたいのだが、アスクレイが残したお前のサポートに残りの人生を俺は使いたいのだ」

 「どうしてそこまで思えるの、あなたの人生なのよ」

 「先に逝った友人たち、何より妻に恥ずかしい生き方を晒したくないっていうのが本音だ、つまり俺の我儘だ」


 嘘だ、エンパスを使うまでもなく、単に宗一郎の優しさだ、放ってはおけないのだ。

 例えメイではなくイシスだけであっても変わらないだろう。

 宗一郎とはそういう人だ、ヘリオス同様に。

 それを自分の我儘だという温かさに、涙を堪えた。

 彼は涙を流すメイを望んでいないから。


 「ありがとう、感謝するわ」


 宗一郎が小さく頷く、満足げに。


 食事の後、経絡を刺激するヘッドスパを宗一郎が施術する。

 脳移植後のメンテナンスのひとつだ、接合された頭蓋骨の中の別人が、身体から拒否されないように正常な状態を保つ重要な医療行為。

 元は移植手術を施術したアスクレイの発案で始めたものだがパドマが活性化され、術後の回復に大いに貢献した。

 ごつい指が優しく経絡を押す、経絡刺激がなくともイシスのエンパス器官に直接、宗一郎の愛情が流れてくる。

 イシスという友人と、メイという義娘を思う気持ち、清浄で穢れなき愛情。

 あまりの心地よさに瞼がすぐに重くなってくる。

 

「寝ちまいな、終わったらベッドに運んでやるよ、お姫様」

「もったいないわ、こんなに心地いいのに寝ちゃうなんて」


人体にある7つのパドマ、そのうち頭頂のパドマだけが動かない。

脳のほとんどといっていいだろう部分は人種ではなくエルフであるから、そもそも出来ないのかもしれないが、7つのパドマの中でも最高位の部分だ、使えればメイの能力はさらに向上するだろう。

 

 旅と戦闘の疲れ、復讐の僅かな懺悔、これからの期待と不安、なにより恋ではない愛情の海に沈みゆくように深い眠りに落ちる。


 鼻をくすぐるいい匂いに誘われて、目が覚めた時は翌日の昼前になっていた。

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