第2話 秋雨
3台のコンテナに捕らわれていた30人のエルフ族の子供を解放した。
しかし、彼らの反応は薄い。
彼らの宗教が原因だ、一方的な暴力さえ受け入れてしまう、死んでも生きても”ああ、そうか”としか思わない。
元エルフ族だったメイも知っている宗教だ。
エルフの子供は地の底の神に向かって手を合わせて祈り始める。
「神よ、救世主を遣わしてくださったことに感謝いたします」
全員が手を合わせる。
「やめなさい、祈るんじゃない、あなたたちを助けたのは私、人間の私、神じゃない」
「お姉さんは神様の使徒様じゃないの?」
幼いエルフがメイを見上げる。
「違う、神様なんていない、信用できるのはこの世に存在するものだけ、架空の偶像に命を捧げるなんて意味がないわ」
「天国はないの?」
「天国に行く資格があるのは必至に生きた者だけよ、黙って命を差し出しても、その先に何もありはしない」
「年長者!よく聞いて、オーガはまた来る、みんなを連れて都に逃げて」
エルフの子供たちは荷馬車2台に分乗させる、残り1台にヒュドラ達兵士の甲冑や剣などの装備を積む。
ヒュドラの懐を探ると金を持っていた、年長者に預ける、うまくできれば新しい暮らしの足しにはなるだろう。
装備を乗せた荷馬車を連れてタタラ山にある武器屋に向かう。
ここからは5日もかかるが、ヒュドラたちに使った弓は曲がってしまい再使用出来ない、一度溶かして鋳造し直おさなければならない、装備の補充が必要だ。
メイが使用する武器は独創的な一品物だ、作成者は偏屈な人間で医師だったメイの父親の友人だった。
メイがイシスであることを知る唯一の人間であり、本音で話せる⦅友人⦆だ。
武器屋の工房はタタラ山の森深くに、ぽつんと一軒だけで店を構えていた。
メイにとっては1か月ぶりの来店になる、引いてきた荷馬車を裏に回す。
屋根のある馬小屋にエルーを入れて草と水を入れておく。
首筋を撫でてあげる。
「お疲れ様、エルー」
ヒュドラの甲冑を手にして店の扉を開ける。
「帰ったわ、宗一郎」
巨大な工作台の上に試作品やら工具やらを盛大に広げて、背中を丸めて作業に没頭していた禿の丸眼鏡の男が、メイの声に振り向くと、ニヤッと笑う。
「無事なようだな、メイ」
散らかった作業台にヒュドラの鎧をドカンと置く。
「思わぬお土産付きよ」
「んんー、これは、これは、オーガの鎧じゃあないか、それも結構位の高い物だな」
「さすがね、武器を作って50年の変態親父」
「マニアといってほしいね、年のことを言うならイシスの方とは同い年じゃあないか」
「レディに年の事を言うとモテないわよ」
「ふん、なにお今更ってやつだな、よっと」
鎧の細部まで顔を近づけて覗き込む。
「くっさ、どうしてオーガはこうも体臭が強いのかねえ」
「こりゃあ驚いた、軽銀合金(ジェラルミン)だ、こんなの王族ぐらい……」
「見つけたのか!?」
「偶然、第5王子のヒュドラ坊やを見つけちゃったの」
「殺ったのか」
「もちろん、復讐第一号完遂よ、有益な情報も多数頂いたし」
「そうか……」
少し葛藤を含んで考え込むように髭の伸びた顎髭を摩る。
「メイには悪いとは思っているわ」
「いや、そうじゃあないんだ……」
「もっと喜んでくれると思ってた」
「何人いたんだ?」
「10人、9人はコンパウンドボウで、ヒュドラには戦槌を使ったわ」
「盾役はいなかったのだな」
「ええ、いなかったわ」
「運が良かったな、盾があったら返り討ちになっていたかもしれん」
「今の弾頭では盾を破壊しきれない、多勢で攻められたらお手上げになる」
「……」
そのとおりだ、私も気付いてはいた。
まだ私のイージスは完璧じゃない。
「アイデアが無いわけじゃないが、手っ取り早いのは仲間を作ることなのだが」
「だめ、それは出来ない、私怨の復讐に誰かを巻き込めない」
「ヘリオス主従長さんの方はどうだ?なにか情報はあったか」
「捕まってはいないことは確かね」
「ヒュドラの心を読んだのだな」
「まあいい、鎧は何着あるのだ?」
「全員分持って帰ってきたわ、10人分よ」
「軽くて強度のある矢が作れる、その分火薬を増やせるな」
ヘリオス主従長、オーガ族と人間のハーフ。
エルフ族とオーガ族の間にはハーフは生まれないようだ、だが人間との間にはエルフもオーガも混血が稀に生まれる。
身長190㎝はオーガ族としては小柄だ、腕力最優先の社会では虐げられていた。
私がイシスであったころ、あの冥界の城の中で唯一の味方だった男、自分の命を懸けて逃がしてくれた。
私がこうして生きていることは知らない。
きっと落胆しているだろう、知らせてあげたい、ここで生きていると。
無駄じゃなかったと。
「ヘリオスならどうするかな」
「ワンドロップ(混血)のヘリオスか、俺も会ってみたいな」
「お前はイシスでもありメイでもある、あまり無茶はしないでくれ」
「わかってる」
「そうだな、エンパスのお前にはどう思っているか伝わっちまう」
「もっと頼ってくれていいのだぜ、この老いぼれでも多少は役に立つぞ」
「あら、あなたが老いぼれなら、私もおばあちゃんね」
「これは失礼」
「それに、宗一郎がいなかったら私は今ここにいない、恩人よ」
「当然のことをしたまでさ」
「仇討ち第一号だ、献杯しよう、とっておきがあるんだ」
「あら、だめよ、私17才だもの」
メイの帰還を待っていたかのように外は大粒の雨が降り出した。
雨に叩かれた枯れ葉が落ちる。
神などいないといったメイに、何かが味方するように荷馬車の轍や痕跡を洗い流していく。
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