Queens field Ⅰ 春の街 秋の墓標 

祥々奈々

第1話 復讐の始まり

春の宵闇、村は永遠に寝静まっていた。

冬に種蒔きした大麦が出穂期を迎えて、月に照らされた白い穂が輝いている。

あと60日ほどで刈り入れ時となり豊かな実りを村にもたらす……

もう収穫を担う者はいない。


 今夜、松明も必要としない満月の明かりの下に無残な村人たちの遺体が放置されていた。

 村人たちは槍で刺され、西洋刀の中でもツーハンドデッドソードと呼ばれる大剣で叩き切られていた、その傷は大きく相当な腕力で殺害されたことが窺える。

 

 遺体は細身で耳がやや長く、色白銀髪のエルフ族と呼ばれる農耕民族だった。

争いを好まず質素で美しく誠実な人たち。

 近年は、その争いを好まない性質が災いし、隣国のオールド・オランド王国の戯れの侵略を受けて地方のむら村は蹂躙されていた。

 都市部以外の辺境は無法状態と化して、虐殺、略奪が繰り返され、複数のエルフ種からなるバーナル共和国を恐怖に陥れていた。

 殺害された遺体は良く見ると男女共に成人と老人ばかりだ、子供の姿がない。

 村は20戸、100人程が暮らす集落で18才以下の子供は30人程いたはずだが、その姿はどこにもなかった。


血肉の匂いが彼岸から来る春風に漂う、血でぬかるむ道路を、フードを頭から被った人間族だろう影が周囲を慎重に窺っていた。


 「足跡……35㎝、体重200㎏位かしら、甲冑着ているわね」

 「人数は……8、9、10人」

 「馬と荷馬車が3台」

 「距離は……」

 フードの下の顔の額あたりが、ぼんやりと光っているような気がする。

 スーパーエンパシーの知覚共有能力、他人の知覚を感知して位置を特定できる。

 「北へ2km、間に合う!」

 「エルー!」

 若い女の声だ、周囲にかまわず大きな声で誰かを呼ぶ。

 ダダッタ、ダダッタ

 暗がりから走り出てきたのは大型の鹿だ、人間族ではなくエルフ族が使役していることが多い。

 「はっ」

 鐙に掴まると一気に150㎝の鞍まで腰を上げる。

 「行こう、まだ間に合う」

 北へ向かって駆ける。


 オールド・オランド王国、北の国、2mを超える巨人族の国、武力を善として暴力の支配を国是と掲げる。


 「ヒュドラ王子、今回は大量でございましたな」

 「うむ、若いエルフ共からは良質な肝が取れる、王にも喜んでいただけるだろう」

 「エルフの生き胆は寿命を10年は伸ばすといいますからな、30人の肝、寿命300年分、次期国王への着実な一歩になりましょう」

 王子と呼ばれた男は身長2.3m、体重200㎏のオーガ、豪華な甲冑を纏い、背には大剣を挿している。

 乗る馬も尋常ではない大きさで背まで高さは優に1.8mもあるがヒュドラが跨る背は、その重さに耐えられるのか心配になる。

 王子の従者らしく周りの兵士たちの装備も安物ではない。


 荷馬車3台を前後に挟み、甲冑騎士10人が村で捕らえたエルフ族の子供30人をコンテナに押し込み搬送していた。


 「われらオーガ族の4倍以上の寿命を持つエルフ共、いくら長命だからとて、功を目指すこともなく、ただただ平穏だけを求めて生きるなど笑止、命の無駄遣い以外のなにものでもない」

 「そのとおりでございます、ヒュドラ王子、有効活用しないといけませんな」

 「わざわざ数日かけてこんな辺境まで出向いたのだ、少しは獲物もなければやってはいられん」

 「そうですなぁ、エルフ相手では赤子の手を捻るも同然、全く点数にはなりませぬ」

 「兵たちも鈍ってしまいます」

 「せめて人間族の剣士でもあれば多少の相手にはなろうが……まあ、あまり変わらんか」


 生涯の中で何人殺せるか、オーガの男の価値は殺した人数と質で決まる、エルフを何人殺そうが点数にはならない。

 戦闘機の撃墜マークのように、ヒュドラの鎧には赤と黒の星マークが書かれている。

 赤が同種のオーガ族、黒が人間族のマークだ。

 エルフ族はマークに値しない。

 その数は今の鎧で200マークを超える、あと100は書き込めるスペースがある。

 鎧は5領(着)目だ。


「そろそろ深夜食の時間です、ヒュドラ王子、どうでしょう、この辺で一匹捌いてみては」

 「味見といくか、良いだろう、適当なのを降ろして食おう」

 「ははっ、兵たちも喜びましょう」

 「乾燥肉も食い飽きた、たまには新鮮な肉も食わんと精がつかん」


基本的にオーガ族は夜行性であり、しかも睡眠時間が2~3時間と短い。

 そのかわりに大食いで悪食、なんでも食べる。

 日に5食は普通だ、1回の量も人間族の5倍は必要で、1日の必要最低カロリーは10万カロリーを超える。


 そんなオーガの最大の弱点、それは寿命だ。

 長命のエルフ族が250から300年、人間族が60から80年に対してオーガ族は40から60年程だ。

 寿命はオーガにとって一族の渇望、どんな権力を持ってしても手に入らないもの。

 それが妬み、嫉妬となり人間族、さらに長命にエルフ族に暴力を向かわせる。


 ヒュドラたちは焚火を起こし、食事の準備を始める。

 剣と盾を置くと、兜を脱ぎ、素顔を晒す。

 アルコールも大好きで強い、水代わりに度数の高い酒を飲む。

 アペリティフ(食前酒)として、全員がエルフの村から奪ってきた酒樽からジョッキで掬い飲み干す。

 「エルフの酒にしちゃ真面だな、度数40くらいか」

 麦を蒸留して作ったウィスキーだ、薄めるようなことはしない。


 1時間ほど荷馬車の跡を追うと焚き火の灯をみつけた、150m離れた風下で鹿(エルー)から降りる。

 矢をケースから出して足元に置く。

 コンパウンドボウ、これが私のファースト・ウェポン、いやセカンドか。

 滑車が装備された洋弓、滑車とケーブルを使って強力な複合材で作られたリムを引き、矢を300m以上飛ばす、確実な有効射程は200mといったところだ。

 打ち出し速度300km、150mの距離ならオーガの鎧も打ち抜ける。

 まあ、それだけじゃないけど。

 「さあ、始めましょう、メイ」

 ファースト・ウェポンを発動する。

 第6位までのパドマを解放、この距離なら十分だ。


 パドマとは人間の誰もが持つ身体を還流する代謝を加速するポンプのような器官。

 普段人間は体内の代謝が歩行しているような状態にあるが、パドマを回すことにより疾走状態に加速させ個々の能力を最大限まで引き出すことが可能となる。


 メイが持つ共感能力をパドマにより加速したイージスエンパス、それは感情を読取るだけではなく方向や距離まで認識する。

 頭の中に映像が結ばれる。

 10人の顔、健康状態、精神状態、能力、弱点、嗜好、全てが頭の中に流れ込んでくる。

 ゲスな感情に嫌悪感が足元から這い上がる、パドマがフル回転する。

 「!」

 「この感じは……」

 「嘘みたい、こんなところで出会えるなんて」

 「ヒュドラ坊や、かわらないわね」


 スリングワイヤーに矢をつがえる。

 17才の少女には不似合いな大型コンパウンドボウを構える、矢は20g。

 「ありがとう、メイ」

 もう一人誰かがいるように自分に向けて感謝する。

 バヒュンッ! 第一射が放たれた、命中まで3秒。


 「なんだよ、つまんねぇな、諦めちまって声ひとつださねぇ」

 オーガ兵士がコンテナからエルフの子供を連れだし調理しようとしていた。

 信仰からエルフは死を恐れない、子供でも簡単に受け入れてしまう。

 長命であることが逆に生に対する執着を捨てさせるのか。

 両膝を付き、目を閉じて祈っている、何を祈っているのだろう。

 「楽しみだなーっと」

 振り下ろした包丁が子供の首に届く前に兵士の背中に金属の棒が生えた。

 バンッ、鎧の内側で何かが弾けた音がする。

 ゆっくりと膝をつくと目を見開き食欲を顔に焼き付けたまま地に落ちた。

 甲冑の派手な音に全員が振り向く。

 

 「なんだ!?」


 ヒュンッ

 「がっ」

 バンッ


 ヒュンッ

 「ぐっ」

 バンッ


 3秒おきに飛来する矢が正確にオーガ兵を射抜く。


 「弓兵だ、狙撃手がいるぞ!」

 「弓一つでいつまで寝ている、早く立て」

 ヒュドラが射られた兵を揺するが返答はない。

 「死んでいるのか!?」

 オーガの鎧は厚い、致命傷になることなど稀だ、しかし一撃必中必殺で兵が死ぬ。

 「焚き火を消すのだ、急げ!」

 水をかけられた焚き火が煙と水蒸気を吹き上げる。

 

 ヒュンッ バンッ  ヒュンッ バンッ


 その間にも3秒一殺は続く、9名の兵が動かなくなるまで27秒。

 逃げても、まるで知っていたかのように矢が降ってくる、こちらの動きを完全に読まれている。

 混乱する間もなく屠られた。


 「なぜだ、弓一本で屈強なオーガ兵がなぜこうも容易く殺られるのだ」


 最後にひとり残ったヒュドラの額を汗が伝う。

 弓の狙撃など昼間でもそう当たらない、まして月明かりがあるとはいえ夜間には的を見ることさえ出来ないはず。

 夜間の弓攻撃は多人数で当てずっぽうに射るだけで狙って命中するものではない。


 「どこからだ?どこから射られている?」


 射手の姿がまったく見えない、風上なのだけは確かだが、相当遠いとしか分からない、昼間であれば矢をかわすなり、叩き落すなりもできようが飛来する矢は、ご丁寧に黒く塗りつぶされて夜空に溶けて全く見えない。


 ヒュウンッ 

 「!!」

 顔正面に飛来した矢をかろうじて手甲で防ぐが、鋭い矢の先端が装甲を射抜いて肉に食い込んでくる。

 この程度と思った瞬間、矢と文字通り右手前腕が手甲ごと吹き飛ぶ。

 バァッン

 「ぐあぁぁっ!?」

 千切れた右手から鮮血が噴きあがり血で地を染める。


 弾丸の矢、鏃に仕込まれた炸薬が獲物の内部で爆発し骨肉を切り裂く。

 

 右肘を止血のため縛る、鎧が爆圧の開放を妨げて内部の破壊を助長する。

 「くっ、これで殺られたのか!」

 ヒュドラは兵たちが一矢で屠られた理由を理解した。

 

 膝をついたヒュドラが気配を感じて顔を上げると満月を背に人間の若い女が立っていた。

 「右手、無くなっちゃったね」

 あどけなくも残酷な一言、憐憫の欠片もない。

 「なんだ、貴様は!?」

 ヒュドラは目の前に立つ女が自分の右手を奪った魔弓の射手だとは思っていなかった。

 「こんなところで会えるなんて夢みたい、ねぇ、ヒュドラ坊や」

 「!!」

 「俺を誰だか知っているのか」

 「うふふ、それより教えてほしいことがあるの、そのために急所を外したのですから」

 「お前がやったのかッ!」

 

 もともと赤ら顔のヒュドラの顔がさらに赤く染まる。


 「きっさまぁー!」

 憤然と目の前の女に飛び掛かる、捕まえてしまえば3倍以上の体重体格差がある、組み伏せてしまえば右手の有無に関係なく、ぶっ殺せる。

 逃げるだろうと思った女は、逆に踏み出してきた。

 懐に入られたと思った瞬間、両足首に激烈な痛みを感じた後、一呼吸おいて右手同様な爆発が起こり足首から先が消失した。


 「ひぃぎゃああああぁぁっ、あっ、足がぁぁ!!」

 無様に転げまわる。

 「成長しないわね、武器を確認せずに飛び掛かるなんて、お馬鹿さん」

 言葉遣いは丁寧だが、冷たく凍ったような声が降ってくる。

 声の主が両手に握っていたのは長さ50㎝ほどの戦槌、先端は十字に尖っているが、一辺が欠けている。

 

 「ここにも仕込んであるのよ、女の力でもあなたの鎧ぐらい貫通できるわ」

 戦槌の先の針は着脱式になっており、鏃同様に炸薬が仕込まれている。


 「うがぁ、痛てぇ、たっ、助けてくれ」

 「何でも言う、なんでも教えるから、命だけは!」

 赤かった顔は真っ青に変わっている。

 「じゃあ聞くけど、答える必要はないわ」

 「?どういう……」


 「お兄様のクトニア王子や従弟レイウー王子の皆さんはお元気かしら」

 「ああ、みんな……」

 戦槌で口を押えて、女が喋るなと言っている。

 覗き込んでくる女の目に見覚えがある。

 「ふーぅん、ミソパエス王子病気なの、やだ、死にそうじゃない」

 「なっ、なんで知っている、極秘のはずだ」

 「王様やお妃さま方はどうかしら」

 「……」

 まただ、頭の中を覗かれているようだ。

 「うそ、レウケール第三王妃、殺されちゃったの、哀れなこと、残念だわ」

 「俺の頭の中が見えるのか」

 ヒュドラの疑問は無視する。

 「最後の質問、ヘリオス侍従長はどうなりましたか」

 「ヘリオス?5年前の脱走犯のヘリオス侍従長か」

 あの目だ、見られている、完全に頭の中を覗かれている。

 「やめろっ、俺の頭の中を覗くな!」

 ヒュドラは無駄と分かってはいるが頭を振り乱して抵抗する。

 「よかった、まだ捕まってないのね」

 「クソオッ、何なんだ,おまえは」

 「そんなに知りたい?いいわ、教えてあげる」

 女が一刺し指をヒュドラの額に触れる、何かが頭の中に入り込んでくる感覚。

 脳みそを破り、引き裂きながら何者かが入ってくる、例えようのない痛みが襲う。

「ぐあぁぁっ、やめろぉ、入ってくるなぁ!」


 (痛いでしょう、私も痛かったわ、とっても)

(あなた、楽しそうだった、私の肌が裂けるまで鞭打って)

(踏みつけて、殴って……忘れない)


 「なんの話だ、お前など知らん!」

 

 (私はイシス・ペルセル エルフ族春の娘にて冥界の第4王妃 捨てられた奴隷公妾)

「ウッ、嘘だ、イシスは死んだ、俺たちで殺した」

 (お前達一族に復讐するために蘇ったのよ)

「バカな、だいたい、お前は人間……!?」


 私は前髪をかき上げて頭部を横断する生え際の傷を見せてあげる。

「それは……」

 (頭の中身を取り換えたの、いえ逆ね、頭の中身を残して身体を取り換えたの)

「まさか、そんなことが可能なのか?」

 (覚えてない?この感じ、昔よく感じていたはずよ)

「本当なのか、脳移植、それが出来れば我々の悲願が……」

(オーガから別種族への移植、可能性がないわけじゃないかもね、エルフから人間にはできたわけだし)

「金、金ならいくらでも出す、教えてくれ!どこでそれを」

(いつかはオーガが脳移植で長命になれる日が来るのかもね)

(でも、それはあなたじゃない)


戦槌がヒュドラの頭頂に突き刺さる、炸薬の爆発が頭蓋を砕き、楔の破片が脳を切り刻む。


私の名前はメイ・スプリングフィールド、そして同時にイシス・ペルセル。

人間族、17才、脳死状態で生まれて、ベッドで12才まで育った。

あの日、初めて意思を与えられて、メイとして生きる目的を得た。

私を、イシスを攫い凌辱しつくし、嬲り、苦しめた奴らに復讐する。

そして、自らを犠牲に、命をとして私を逃がしたヘリオスを探す。


スーパーエンパシーで守り、パドマの弓で射抜く。

人間イージス(邪悪を払う盾)は復讐を誓う。

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