第一五話 二人きりの生活 二日目⑥

 夕食時。

 玲香はキッチンでハンバーグを焼いている。

 帰宅後、彼女は制服から動きやすいジャージに着替え、髪型もポニーテールにしていた。

 朝と違いピンクのエプロンはしていなかった。

 玲香曰く、ジャージ姿の場合はいちいちエプロンはしないのだそうだ。

「健一さん、その皿を二枚とってもらえる」

「……えーと、これかな」

 玲香の指示に従い、健一は食器棚から皿を二枚取りだし、渡す。

「ありがとう」

 玲香は美味しそうに焼けたハンバーグを、フライパンから皿に移す。

 そして、予め作っておいたニンジンとジャガイモのグラッセを付け合わせに添える。

「健一さん、持って行って良いわよ」

「わかった」

 健一は完成したハンバーグの皿を持ち、ダイニングテーブルに置いた。

「後はなにをすればいい?」

 健一が訊くと、玲香は冷蔵庫を指さして、

「サラダが冷蔵庫に入っているからそれもお願い」

「了解」

 冷蔵庫から取り出したサラダもテーブルに置く。

 夕食の準備が出来た。


 今日の夕食は、健一も手伝っていた。

 調理はさせてもらえないが、その他の細かい雑用をやらせてもらっていた。

 朝、同じ事をしようとしたが、断られて引き下がってしまったが、今回は、荷物持ちをした時と同じ要領で懇願したら、玲香は苦笑交じりに了承をしてくれたのだ。

「食べましょうか」

 玲香は味噌汁を二人分よそってくれた。

 代わりに、健一は炊飯器の所へ行き、自分と玲香のお茶碗にご飯を盛る。

「玲香さん、これくらいでいい?」

「もうちょっと盛ってもらえるかしら」

「……了解」

 ご飯を大盛り・・・にして茶碗を玲香に手渡す。

 自分の分は普通盛りにしておく。

「「いただきます」」

 二人とも席に着き、食事を始めた。

 今日の夕食は、ハンバーグに生野菜のサラダ、そして大根の味噌汁だった。

 まずはハンバーグを一口。

 口に入れると肉汁がじゅわっと出て肉の旨味が口の中に広がる。

 とてもご飯が進む味で美味しかった。

 玲香にそれを伝える。

「そう、ありがとう」

 玲香はいつもの無表情で答えた。

 だが、それは無感情ではないことはわかってきた。

 よくよく見るとほんの少しではあるが、口角が上がっていた。

「なに?」

「いや、なんでもないよ」

 それを指摘するほど無粋ではなかった。


 それからしばらく、食事を続けていると、玲香がおもむろに口を開いた。

「そういえば……」

「ん?」

「……放課後、高橋さんと一緒にどこか行かなかった?」

「ぶっ!」

 突然の質問に口の中に入っていたハンバーグを吹き出しそうになる。

 ――もしかして、あの時、玲香さんに見られてた?

 まさか、高橋里美と連れだって教室を出たところを見られてしまったのか。

 高橋里美とは、大声で話していたわけではないし、気づかれているとは思わなかった。

「あら、ごめんなさい。食べている途中に変なことを言って」

「いや、大丈夫だよ。――それで、高橋さんがなに?」

 玲香の発言はしっかりと聞こえていたが、あえてとぼけてみる。

「……なんでもないわ。ちょっと気になっただけだから」

 何故か玲香はそれ以上追求してこなかった。

 だが、その表情はなにかを言いたげではあった。

 ――なんだろう?

 気にはなるが、健一に玲香の気持ちを推し量れるわけもなかった。

 それからしばらく、多少の気まずさを感じながら、食事を続けた。

 

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 食事を終え、空になった食器を流し台に持って行く。

「ありがとう健一さん」

「いやいや。これは僕の役割だから。――食器洗いはやってもらうのだから片付けぐらいはやらないと」

 当初は食器洗いもやりたかったのだが、玲香の許可が得られなかった。

 玲香曰く、洗い方が雑だそうだ。

 ――そんなつもりはないんだけどなぁ……

 玲香が食器洗いをしている間、明日の弁当作りについて、あれこれと考えていた。

 冷凍庫を覗く。

 もともと家にあった分と、今日健一が買ってきた分を合わせると結構な種類の冷凍食品があった。

 ――これなら、僕と玲香さんでおかずを変えるのも問題なさそうだな……

 弁当箱も変えたし、おかずの内容も変えれば勘ぐる者もいなくなるはずだ。

 特に、高橋里美には気をつけなければ。

「なにやってるの?」

 食器洗いを終えた玲香が訊いてきた。

「いや、明日の弁当のおかずどうしようかなーと、考えてたところ」

「そういえば、明日は健一さんに任せる予定だったわね。――本当にやるの? 別に無理しなくてもいいけど」

「無理してないから大丈夫だよ。これも、僕がやりたいからやっているだけだし。――自分でおかずが決められるのも楽しいしね」

「……そうね。じゃあ、よろしく頼むわ」

「任せてよ」

 健一は胸を張って答えた。

「じゃあ、明日のお弁当用のご飯の準備をしてもらえるかしら」

「ご飯?」

「お米を研いで炊飯器にいれてタイマー予約しておかないとでしょ」

「あ、そうか」

 言われるまで気づかなかった。

「まあ、理想は朝早起きして炊く方が良いけど、それは無理でしょ?」

「そりゃそうだよ。わかったよ。――研ぐってのは、お米を洗えば良いんだよね」

「…………ん?」

 健一の言葉に、玲香が剣呑な雰囲気になる。

「ど、どうしたの?」

 思わず訊くが、玲香はジト目でこちらを見て――

「まさか……お米を洗剤で洗うとかそういうベタことはしないわよね……」

「し、しないって」

 まさか、そこまで信用されていないとは。

「さすがにそれは知ってるよ。――まあ、やったことはないんだけど、なんとかなるでしょ」

「なりません」

 楽観的な健一の発言を否定する玲香。

「難しいことはないけど、気をつけるべき事はあるから。――今日しっかり教えるから覚えて」

「……了解……」

 それからしばらくは、玲香のお米の研ぎ方講座の時間となるのであった。

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