第一三話 二人きりの生活 二日目④

 健一は、帰宅途中にあるスーパーマーケット『マーズ』にやってきた。

『マーズ』は学校からの帰り道にあり、自宅への距離も近いので使い勝手の良いスーパーマーケットだった。

 以前であれば、帰りに弁当を買って夕食にしていたものだ。

 なにしろ、コンビニで買うよりもかなり安い。

 それどころか、夕方あたりだと値引きされることもあるのでさらにお得となる。

 だが、今日、『マーズ』に寄ったのは弁当を買いに来たからではない。

 明日から弁当作りをやらせてもらうように玲香に提案する予定なので、食材――冷凍食品を見に来たのだ。

 まず最初に探そうと思っているのが弁当箱だった。

 高橋里美の話を聞いて、このまま玲香とまったく同じ弁当箱にしていることに危機感を感じ始めたからだ。

 里美は『過激派』に気をつけろと言うが、里美本人に対しても油断ならないところがあり、対策は急務だった。

 ――たしか『マーズ』なら弁当箱も売ってたはずだったけど……

 自動ドアを抜け、店内に入る。

 時刻は一七時をを少し過ぎたぐらいか。夕食の買い物に来たのであろう、それなりに混み合っていた。

 入り口付近には様々な野菜があるが、健一にとっては現状使いこなせる食材ではないので素通りする。

 まずは弁当箱だ。

 売り場説明パネルを見ながら、目的地を目指す。

 スーパーマーケットの中心部に弁当箱のエリアがあった。

 人気はあまりない。

 生鮮食品と違い、毎日弁当箱を買うようなこともないので当然だろう。

 食材がメインのスーパーマーケットなので品揃えは豊富と言うほどではないが、選べるぐらいの種類はあった。

 とりあえず、同じ二段式で色違いの弁当箱にしようか。


 しばらく弁当箱を物色していると、声をかけられた。

「あら、健一さん。こんなところでどうしたの?」

 玲香だった。

 彼女も学校帰りなのだあろうか、制服姿でカゴの入ったカートを押していた。

 一瞬、誰かに見られたらどうしよう、思ったが、この『マーズ』は自宅近くにあり、南城学校がある辺りとは生活圏が違うので、同じ学校の生徒に出会うことは滅多にない。それに、この弁当箱が売っているエリアなら話し込んでいても目立つことはないだろう。

「いや、せっかくなんで自分の弁当箱でも買おうかな、と思って」

 もちろん、本当の理由――『愛でる会』からの追求を避けるため――は言わない。

 言う必要もない。

 玲香は健一の言葉に素直にうなずいて、

「それはいいかも。健一さんが使っているのは母さんが使っていたものだから、母さんたちが帰ってきたら使えなくなってしまうから」

「そうだね。僕もそう思ったんで買いに来たんだ」

 とりあえず、玲香の追求がないことに安心した。

 余計な心配をかけたくない。

「それで、どの弁当箱にするの?」

「とりあえずまた二段式の弁当箱にはしようと思ってるけど」

「気に入ったの?」

「ちょっとかさばるところはあるけどご飯とおかずがきっちり別々に分けられるのはいいかな」

「そうね。私もそう思うわ。――なによりご飯が沢山入れられるのが良いわね」

『量』を重要視するのは、健啖家の玲香らしいな、と思った。

 玲香は続ける。

「でも、弁当箱を買うなら、近くにあるホームセンターの方が種類もあっていいわよ」

 確かにこの『マーズ』から一〇分ぐらい離れた場所にホームセンターがあり、そこには様々な物が売っており、弁当箱のみを買うのであれば、そちらで買った方が良かった。

「今日は弁当箱を買うだけでなく、冷凍食品も見たかったんだよね」

 ちょうどいい機会なので、玲香に弁当作りをしたい旨を伝えよう。

「それでさ、明日の弁当は僕に作らせて欲しくて」

「弁当作り? 本当に?」

「そう。今日玲香さんから話を聞いて思ったけど、冷凍食品主体であれば、僕にもできると思うんだよね」

 そんな健一の提案に、玲香は反対するかと思いきや、賛成してくれた。

「冷凍食品で作るのであれば――やってもらってもいいわ。――それならアクシデントが起こることもないでしょうし」

 すんなり話が進んで逆に拍子抜けしてしまう。

「え、いいの?」

 意外だった。

 これまでまともに家事をやって来なかった健一は、玲香から信用されていないと思っていたので、普通に許可されるとは思わなかった。

「なんで驚いているの? そんなに意外?」

「だって、家のことはみんな玲香さんがやるって宣言していたし……」

「ああ、そういうこと」

 玲香は得心がいったのか、小さく頷く。

「そんなことを気にしていたのね」

「そんなことって……それは気にするよ」

「確かに家事全般は私がやるとは言ったけれど、やる気を出している人にダメとは言わないわよ」

「そうなの?」

「そうよ。――でも、問題ないかは私がしっかりチェックをさせてもらうわよ」

 それは当然だろう。

 というか、健一としてもそうしてもらわないと困る。

「でも、そのためには早起きをしないといけないのだけれど、大丈夫?」

「そ、それは、努力します」

 昨日、今日と普段より早起きをしているわけだが、弁当を作るのであればより早起きをする必要がある。

 改めて言われると、自信がなくなるが、なんとか頑張るしかない。

 話が一段落したところで、玲香が提案してきた。

「これから今日の夕食の買い物をするけれど、一緒にする?」

 突然のお誘いに、内心慌てる。

「い、いや、僕が買うのは冷凍食品だけだし、自分で選んでみるよ」

「そう? では、それはまたの機会にしましょう」

 そう言うと、玲香はカートを押しながら生鮮食品のあるエリアへ向かっていった。

 ――うーん、これで良かったのか……

 玲香と家族になるということを考えれば、ここは一緒に買い物をした方がよかったはずだ。

 ――でもまだ僕には早すぎるなぁ……

『見守る会』の誰かに見られたら――という理由もあるが、単純に女の子と二人きりで夕食の買い物をするというシチュエーションに、耐える自信が無かったのだ。

 ――まだ家族への道のりは遠いな……

 健一は大きく嘆息しながら、冷凍食品エリアへ向かうのだった。

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