第一二話 二人きりの生活 二日目③
校舎の屋上近くの階段の踊り場で、高橋里美は、健一に向かって言った。
「真田君のお弁当箱とその中身、『黒姫様』と同じじゃない。それってどうして?」
予想だにしない追求に健一は血相を変える。
ありえないと思っていた、勘ぐる者が現れるとは。
露骨にうろたえる健一に、疑惑を深めたのか、里美はこちらをじっと見つめながら言った。
――これは、同居していることがバレてしまったか?
健一が身構えていると、
「もしかして、真田君……『黒姫様』のお弁当の真似をしているんじゃない?」
「……ん?」
「気持ちはわかるけど、そういうことはやってはダメよ。
「…………んん?」
健一は予想と違う指摘に混乱した。
――ルール違反? 過激派? なにを言っているんだ高橋さんは……
そんな健一を見て、里美も困惑しているようだった。
「もしかして……違うの?」
「そ、そりゃそうだよ。僕がそんなことするわけないでしょ。――そもそもこのお弁当は僕が作ったわけではないし」
これは本当のことだ。
もちろん、玲香――『黒姫様』本人が作ったものだ、とは言わないが。
「…………そうなの?」
「あの弁当箱だってありふれた物だし、おかずもすべて冷凍食品だし。たまたま一致することもあるでしょ」
「でも……真田君って前は学食で食べていて、お弁当持ってきてなかったよね。それは何故?」
「無駄遣いしすぎて、学食で食べるお金がなくなっちゃってさ。――ウチって昼食代も含めて小遣いもらってるから。それで、来月の小遣いをもらうまでお弁当にしてもらったんだよね」
こういうことも訊かれること可能性もあるだろう、と思い考えていた言い訳だった。
万が一があると思って、用意はしていたがかまさか使うことになるとは思わなかった。
「…………うーん、でも……」
里美はまだ疑っているようだった。
「そもそも『ルール違反』とか『過激派』とかよくわからないんだけど」
「そうなの? 真田君は『黒姫様を愛でる会』を存在知らない?」
正直、その名前は初めて聞いたことはない。
だが、それが噂のファンクラブのことだ、ということは理解できた。
「…………噂には聞いたことある程度だけど……」
「そうなんだ。じゃあ、教えてあげる。『愛でる会』は去年、玲香さん――黒姫様が入学してすぐ設立されたのよ。――その上品かつ高貴な雰囲気に皆、魅了されたから」
「そんな早くに出来てたんだ……」
得意げな表情で、里美は続ける。
「そして『愛でる会』には大事な『会則』があるの」
「会則?」
「そうよ。色々細かい会則はあるけど、大事なのは『近づくべからず。距離を置いて愛でるべし。なお朝の挨拶については許すこととする』ね」
「……そんなのあったんだ……」
色々と腑に落ちることがある。
ファンクラブが出来るほど有名人なのに玲香に近づく者が皆無なのか。
数少ないやり取りが朝の挨拶のみなのは何故なのか。
「もっとも、その会則も建前みたいなものなの」
「どういうこと?」
「抜け駆けをさせないためよ」
「……ああ、そういうこと……」
ファンクラブに入るぐらいだから、『黒姫様』とお近づきになりたいに決まっている。
だが、少なくない人数がいるであろうファンクラブ全員が『黒姫様』と仲良く出来るわけもなく。
それならば、全員近づくことを許さなければ平等になる、ということだろう。
なんだろう。それを聞くと、ファンクラブにもの凄いドロドロしたものを感じるのだが……
「……で、それと弁当についてどういう話になるの?」
「『黒姫様』に直接接触できないのなら、間接的ってことで、同じ小物を持ったり、同じお弁当箱にしたりするのよ。――でも、そういうのも気に入らない人たちもいて……」
「それが『過激派』ってこと?」
里美は頷いた。
「真田君の場合は、お弁当箱どころか中身まで一緒だったから。『過激派』の人たちに気づかれてたら、校舎裏とかで囲まれてたかも……」
「……そ、そんなことあるの……?」
頷く里美。
「囲まれるはちょっと大げさに言ったけど、問い詰められることは間違いないから。本当にたまたまだったとしても、やめておいた方が良いと思うよ」
里美は健一のことを心配して忠告してくれたようだ。
「そうだね。気をつけることにするよ」
とりあえず、新しい弁当箱を買うことにしよう。自分用に新しい弁当箱を使いたいと言うのは不自然さはないだろうし。
「それにしても、高橋さんは、どうして僕に忠告してくれたの?」
「どうしてそんなことを訊くの?」
「だって、僕と高橋さんはそんなに親しいわけではないし……どうしてなのかな、と」
健一の問いに、里美は気まずそうな表情を見せる。
「……知りたかったからよ」
「知りたかった? なにを?」
「『黒姫様』とおそろいのお弁当を食べているのを見て、真相を確認せずにいられなかったのよ。――もし、真田君が、意図的にお弁当をお揃いにしていたとしたら……」
「していたとしたら――?」
「まあ、いいじゃない。結果、違ったんだから」
そこで、里美は満面の笑みを見せた。
これ以上は聞いてくれるな、という意図を感じた。
健一は、そんな里美の笑みを見て、冷や水を浴びせられたような気がした。
――高橋さんって、本当は過激派じゃないの?
とりあえず、今日のところは切り抜けられたようだが、玲香と同居していることがバレたらどうなるのか。
想像したくなかった。
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