第一一話 二人きりの生活 二日目②

 健一は教室に着くと自分の席に座った。

 今日も、玲香より先に家を出たので、始業までかなり余裕のある時間だ。

 普段してこなかった早起きが続いているからか、少し眠い。

 窓越しに空を見れば雲一つ無い天気。

 まさに快晴だった。

 健一の席は窓際なので暖かな日差しを直接浴びることになり、これは眠くなりそうだ、と思った。

 欠伸をかみ殺していると、玲香が登校してきた。

 玲香は、今日もクラスの注目を浴びながら席に着いていた。

 すぐに一人の女生徒が玲香に挨拶をし、玲香もそれに応え、挨拶をする。

 それで終わり。

 いつもの光景だった。

 不思議な光景でもある。

 これでいいのだろうか、とも思わなくはないが、玲香はどこ吹く風という感じで、特に気にもしていないようだった。

 そんなことを考えていると、我慢していた欠伸が出てしまう。

「ふわぁぁぁぁぁぁぁあ」

 大口を開けて欠伸をしていると――玲香がこちらを見ていた。

 しかも、眉をひそめながら。

 ――え、な、なに?

 そんなことを思っているとスマートフォンが震えた。

 メッセージ通知エリアを見ると、玲香からRINEが来ていた。

『大口開けてみっともないわよ。授業中寝ないように』

 大欠伸をしていることを指摘するメッセージだった。

 再び玲香の方へ向き直るが、既に前の方を向いていてどんな表情をしているかわからなかった。

 軽口なのか本当に怒っているのか判断できず、どういう返信をして良いのかわからなくなる。

 とりあえず無難に返そう。

『わかった。気をつけるよ』

 返信はすぐに来た。

『よろしい。今日も一日頑張りましょう』

 これは、そんなに怒っているわけではないのかな。

 戸惑いつつも、こういう小言のようなメッセージを送ってくれるのは兄妹っぽいのではないかと思った。


 昼休みの喧噪を感じながら、健一は、玲香から受け取った弁当を鞄から取り出す。

 ――さて、どうするべきか。

 健一は思案する。

 当初の予定では、今日も教室を出て、人気の無いところで食べるつもりだった。

 だが、今朝、玲香から弁当の中身について聞いて考えが変わった。

 今日の弁当はおかずはすべて冷凍食品とのことで、それならば、玲香の弁当と中身が被ったとしても、勘ぐる人なんていないのではないか、と思い始めたのだ。

 同じ弁当箱というのは少々気になるところではあるが、特に特徴のない黒色の細長い二段式の弁当箱なのでさすがに大丈夫だろう。

 そもそも、クラスでも目立たない地味なポジションの健一の弁当の中身を気にする人などほとんどいないだろう。

 それに、過剰に意識して教室に出てしまうことで玲香を変に思われるのではないか、という思いもあった。

 ――よし、そうしよう。

 健一は決断し、自席で弁当を食べることにした。

 朝、見たとおり、唐揚げに、唐揚げが二個に春巻きがひとつにほうれん草のごま和えがあった。

 春巻きとほうれん草のごま和えについては、冷凍のまま弁当箱に詰めて自然解凍をさせたとのことだったが、確かにちょうどいい感じに解凍されていた。

 唐揚げにしても、冷凍の物を電子レンジで暖めただけだと言うし、玲香の言うようにそれほど手間は掛かっていない気がする。

 食べてみると――普通に美味しい。お手軽にこれだけの味が出せるのであれば、活用しない手はない。

 ――これなら僕にもできそう……

 基本、家事に関しては玲香からの信用ゼロの健一ではあるが、冷凍食品を活用した弁当作りならさせてもらえる気がする。

 今日の夜にでも、玲香に提案をしてみよう。

 ――せっかくだから、帰りはスーパーにでも寄ってみてみようかな。


「真田君。ちょっといい?」

 放課後になり、自分の席で帰宅の準備をしていると、突然声をかけられた。

「な、なに? 高橋たかはしさん」

 声をかけてきたのはクラスメイトの女生徒――高橋里美さとみだった。

 同じクラスなのでさすがに名前は知っているが、当然ながら会話を交わしたことはない。

 何故声をかけてきたのかわからず困惑する。

「な、なにかな?」

「ここではちょっと……付いてきてくれる?」

 高橋里美は、人気の無い場所での話を希望していた。

「わ、わかった」

 よくわからないが、拒否する勇気も無いので付いていく

 到着した場所は、屋上近くの階段の踊り場だった。

 昨日、健一がこっそり弁当を食べていた場所だった。

「わざわざここまで来てくれてありがとう。真田君」

 高橋里美の口調は丁寧だが、妙な圧を感じる。

「いや、別にいいけど……。で、何の話?」

 人気の無い場所で女子と二人きり。

 思春期男子であれば、告白されるのではないか――と考えがちだが、陰キャ道を極めている健一にとって、そんなことは天地がひっくり返っても怒ることが無いことはわかっているので、そのようなことは一ミリも考えたことはなかった。

 それに、高橋里美は神妙な面持ちをしていて、そういう甘酸っぱい雰囲気が皆無なこともある。

 高橋里美は言う。

「真田君。今日のお昼に食べていたお弁当について聞きたいんだけど」

「へ?」

 思わず、変な声を上げてしまった。

 高橋里美は、ジト目でこちらを値踏みするように見ていた。

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