第九話 二人きりの生活 一日目⑨
健一はシャワーを浴びた後、階段を上り二階へ行った。
二階は階段を上がってすぐにある部屋と奥にある部屋の二部屋がある。
前者が健一の部屋で、後者が昨日から玲香の部屋となっていた。
玲香の部屋は、元は空き部屋で特に使われておらず、半分物置のような使い方をしていた。
そんな部屋を玲香が引っ越して来る前日に必死に片付け、掃除をしてなんとか受け入れられる状態としていた。
だが、そんな部屋も玲香からすると満足いくレベルではなかったらしく、昨日は自室の掃除に専念していた。それ故、玲香の部屋以外の掃除については今日やることになったわけだが。
健一は自室に入る前に隣の部屋を見やる。
とても小さいが話し声のようなものが聞こえた。
――誰かと電話でもしているのかな?
聞き耳を立てる趣味もないので、そのまま自室に入った。
本日、必死に掃除をして、玲香のお墨付きをもらった部屋だ。
おかげで清潔かつ整頓された部屋になっていた。
悪くないな、と思った。
今後は定期的に掃除しよう。
*
自室でベッドに腰掛けながら玲香は親友と電話をしていた。
『それで、どうだった? 義理のお兄さんとの同居生活一日目は?』
親友――
「……難しいわ。頑張ったつもりだけれど、なかなかうまくいかないわね」
『そうなの?』
「せっかく義理とはいえ兄妹になったのだから、本当の家族のようになりたいと思ってはいたのだけれど……。ついさっきは怒ってしまったし」
『玲香が怒るなんて珍しいね。――お義兄さんはどんな怒らせることを言ったの?』
「それが――」
玲香がお風呂どっちが先にはいるか問題の件を説明すると、詩穂美は「うーん」と悩ましげな声を上げた。
『確かに、直接そんなこと言うのはどうかと思うけど……ちょっと、言い過ぎじゃない? お義兄さんは、精一杯気を遣ってくれたんだと思うけど』
「それはわかるのだけれど。――これから家族になろうというのだから、そういう気遣いはして欲しくなかったのよ」
『じゃあ、玲香はお風呂にどちらが先に入っても気にならないんだ?』
「それはそうよ。しっかり体を洗ってから湯船に入っているのだから、気にする理由がないわ」
『玲香ならそう思うか。でも、そういった事実をふまえても、なんとなく嫌だな、と思う人もいるのよ』
「そんなことあるの? 意味がわからないわ」
『お義兄さんは玲香がそういう人間であることを知ってれば言わなかったかもね』
「…………そうね。少し言い過ぎてしまったわ」
正直、なんであんなに不機嫌になったのが自分でもわからなかった。
今思うと、自分が
『その辺は徐々にギャップを埋めていけばいいんじゃない。これから一週間二人きりなんでしょ?』
「そうね……」
『それにしても、同い年の男子と一つ屋根の下で二人きりなんて、ドキドキするシチュエーションだよね』
詩穂美は玲香が少ししゅんとしているのを感じたのか、明るい声で言ってきた。
空気を呼んで話題を変えてくれたのだろう。自分にはない柔軟さが羨ましくなる。
玲香はそんな詩穂美に感謝しつつその流れに乗ることにした。
「まったく、詩穂美はすぐそういう事を言うのだから。――なにもないわよ。元々恋愛には興味ないし」
『そういえばそんなことも言っていたね。その気になればすぐに彼氏出来そうなのにもったいない』
「そんなことないわよ。そもそも男子どころか女子すら私に声をかけてくる人もほとんどいないわ。挨拶だけする人はたまにいるけれど。――寂しいものよ」
これは悲しいかな本当のことだった。自分からなかなか話しに行けないということもあるが、クラスメイトと挨拶すらままならないのはどういうことか。
『それが不思議なんだよね。そんなことあるのかな。イジメられているわけじゃないんだよね』
「そういうのは特にないわね。たぶん、私の人付き合いが下手な所為ね」
『……たぶん、違うと思うけど。まあイジメられているわけじゃないならいいか。――親友ならここにいるもんね』
「はいはい。では、もう切るわよ。明日も朝早いのだから」
『お義兄さんのために、朝食と昼食用のお弁当を作るんだっけ?』
「朝食とお弁当作りは、元々やっていたことだから、たいしたことは無いわ」
『でも、同じお弁当を学校に持って行ったりすると、噂になったりしないの?』
「そんなことあるわけないでしょう。いちいち私たちの弁当の中身を気にしている人なんていないわよ」
『……お義兄さんは気にしてそうだけど……』
そんなはずがない――と思ったが、思い当たることはなくはなかった。
「……そういえば、健一さん、お昼は弁当を抱えて教室を出て行っていたわね……」
『……まったく……お義兄さんは苦労しているみたいね……』
「……どういうこと?」
詩穂美には呆れられてしまった。
詩穂美との通話後、玲香は大きく息をついた。
改めて、自室を見回す。
この、二階奥の使われていなかった部屋が、玲香の自室だった。
昨日と今日で徹底的に掃除したおかげで、とても綺麗になっていた。
逆に綺麗すぎて落ち着かないぐらいだった。
正直、まだ自分の部屋、という感じはしない。
他人の家に泊まらせてもらっているような――そんな気もしていた。
だがそれも、直に慣れていくだろう。
時がすべて解決してくれるはずだ。
そしてそれは、この部屋に限った話ではない。
義兄――健一についてもだ。
彼とは高校入学後から同じクラスだった。
それから一年と少し過ごしてきたわけだが、正直話した記憶はなかった。
顔と名前は知っている――それだけだった。
だが、こうして義理の兄妹という関係となり、一つ屋根の下で過ごすことによって、少しずつではあるが健一のことを知ることが出来た。
たった一日過ごしただけだが、彼がとても気遣いが出来る人間であることはよくわかった。逆に、気を遣いすぎなところは気になるが、陰湿でデリカシーが無いよりもいいだろう。そういうのはもう懲り懲りだった。
朝食や昼食を食べた際には、『ありがとう』の感謝の言葉と『美味しかった』という感想を述べてくれたのは、うれしかった。
何気ないやり取りではあるが、とても心地の良いものだった。
再婚前の母はとても忙しく、一緒に食事をする機会もあまりなく、この感覚は随分ご無沙汰だったのだ。
普段はおどおどしている印象がある彼だが、こういうことははっきり言ってくれるのだな、と思った。
そんな彼となら、いずれ本当の兄妹のようになれるのではないか。
そう思い始めていた。
――そろそろ寝ないと。
玲香は就寝の準備をし始めながら、ふと、視線を義兄の部屋の方に向けた。
健一はもう寝ただろうか。
今日の朝、玲香と同居することをすっかり忘れていたのか、素っ頓狂な顔でこちらを見ていた健一を思い出す。
その健一の様子を見て、玲香はなんだかそれを見て、なんだか面白くなってしまい思わず『義兄さん』と呼んでしまったのだ。
健一本人は、義兄呼びは嫌がっていたので、『冗談』で済ませたが、玲香としては、悪くないと感じていた。
二人は一日違いの誕生日な訳だから、あえて義兄呼びをするつもりはなかった。
だが、実際に口を出してみて、しっくりくるものがあった。
決して、頼りがいのある兄というタイプではないだろう。
普段は頼りなくて放っておけないが――いざというときには頑張ってくれそうな
今日は、同居一日目と言うことで、肩肘張ってしまっていたが、明日からは普段通りの自分を見せていけたら、と思う。
それが本当の兄妹への第一歩なのだから。
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