第七話 二人きりの生活 一日目⑦

「本当にその格好で行くの?」

 健一は、玄関で準備万端の玲香を見ながら言った。

 玲香はそれを聞いて不思議そうな顔をした。

「なにか問題が?」

「……問題はないけど……」

 そう言われると何もいえなくなってしまう。

 改めて玲香の姿を見る。

 玲香は、中学時代のジャージ姿のままだった。

 ――本人が気にしないというのだからいいんだろうけど……

 そのジャージは、中学校時代に使っていたとのことだが、目立つ箇所に学校名や本人の名前が書いているわけでもなく、意識しないで見れば、普通のジャージとしては違和感はなかった。

「神楽坂さんがジャージ姿みたいなラフな格好で外出するイメージがなかったというか……」

 神楽坂玲香と言えば、『黒姫様』と密かに呼ばれるような近寄りがたい存在であったわけで、生活感あふれるジャージ姿というのがどうしても違和感を感じてしまうのだ。

「なにそのイメージって。よくわからないわ。――とにかく、遠出するわけでもないのにいちいち着替えるの面倒でしょ」

「…………………………」

 面倒くさい、と来たか。

『黒姫様』であれば、違和感ありな発言ではあるが、義妹の玲香として考えると納得してしまうところがあった。

「さあ、行きましょう。受け取りの時間を過ぎてしまうわ」

 玲香が早くピザを取りに行きたいのか急かしてきた。

「大丈夫だよ。少し遅れてもなくなることはないから」

「遅れたらそれだけ冷めてしまうでしょ。ほらほら」

「わ、わかったって」

 健一も靴を履き、ピザ屋に向かうべく家を出た。


 二人はピザ屋へ着き店内に入る。

「いらっしゃいませ…………え?」

 ピザ屋に入るなり、カウンターにいる女性店員が挨拶の途中で驚きの顔を見せ、固まっていた。

 確認せずともわかる。

 ジャージ姿のポニーテール美女――玲香を見ての驚きだろう。

 そもそもその美貌が目を引く上に、ジャージ姿なのだから少々混乱しているようだ。

「?」

 玲香はよくわかっていないようだった。

 とりあえずなにかを言わねば話が進まない。

「あの、注文していた真田なんですけど……」

 健一の言葉に硬直していた店員が動き出してくれた。

「あ、す、すいません。真田様ですね。マルゲリータとバンビーノのLサイズでよろしいでしょうか。料金は――」

 店員から料金を告げられ、支払う。

 そして、ピザが入った袋を受け取ろうとした。

 だが、その袋は玲香にとられてしまう。

「私が持って行くわ」

「え、ちょっと……」

 こちらの言葉も聞かずに、玲香はすたすたと店を出てしまった。

「じゃ、ど、どうも」

 軽く店員に会釈をして、健一も店を出る。

「ありがとうございましたー」

 そんな店員の声が聞こえたが振り返ることはできなかった。

 この店内では、健一との関係を含めて店員同士で話題にされるだろうな、と思った。

 今後、行きづらくなるなぁ。


 やや早足で歩く玲香に健一は追いついた。

「ちょっと待ってよ。ピザは僕が持つから」

 女子にピザを持たせて、男の自分が手ぶらというのは、申し訳なさがあった。

 だが、玲香は頷いてくれない。

「いいえ。健一さんはついてきてくれただけでありがたいのだから。これは私がやらないと」

 言うとずんずんと進んでいく。

 ピザが冷めてしまうから早く帰りたいようだ。

 ――はぁ、仕方ない……

 健一は諦めて玲香について行った。


「そういえば、Lサイズ二枚も頼んじゃったけど、大丈夫?」

 健一は隣を歩く玲香に声をかけた。

「大丈夫とはどういうことかしら?」

「Lサイズって結構大きいから。僕の場合は普段はMサイズで十分満足しちゃうところがあるし。本当に大丈夫かなーと」

 注文の際、ピザの種類は健一が決めたのだが、サイズについては玲香の意見が採用されていた。

「大丈夫よ。今日は掃除を頑張ったのでとてもお腹が空いているし、がっつりと行きたい気分なのよ」

「マジか……神楽坂さんってもしかして、結構大食いな感じ?」

 玲香から『がっつり』なんて言葉を聞くとは思わなかった。

 ちょっと女性にするには失礼な質問かな、と思いつつ訊いてみた。

「大食いかどうかは比較したことなんてないからわからないわ。――でも、食べるのは好きよ。作るのと同じくらい」

「そうなんだ……」

 思えば、朝もしっかり食べていたし、思えば昼食も健一と同じ弁当だった。その時は、男子の健一に合わせて作っていたのかと思ったがあれがいつもの量だったのかも知れない。

 なんにせよ食べることが好きなのは、本当だろう。


 健一は、神楽坂玲香をどれだけ誤解していたのかがわかった。

 義理の兄妹になって、まだたった一日だというのに、新たな発見ばかりだった。

 家ではジャージ姿を好んだり、以外と健啖家なところとか、ただのクラスメイトの頃だったら知ることはなかっただろう。

 学校で見せてきた上品でお嬢様然とした『黒姫様』としての姿は、周囲の人間が勝手に思いこんでいただけなのだろう。

 そもそもわかるわけがないのだ。

 健一を含め誰もが『黒姫様』という虚像を勝手に信じ、崇めるだけで友達になろうという者が一人としていなかったのだから。

 健一はたまたま・・・・義理の兄妹という関係になったからこそ知っただけだ。

「もうすぐ家に着くわね。――ピザ、楽しみだわ」

 そう言いながらも、玲香は相変わらずほぼ真顔だった。

 でも、実際は楽しそうにしていることを、健一は理解できるようになっていた。

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