異説怪奇奇譚およずれ

一時匣

序 異界列車

 ガタン、ゴトン。

 ガタン、ゴトン。

 電車が揺れる。人々を乗せる鉄の塊は無感情に今日も動く。

 茜色が差し込んだ電車内はどこか寂寞としたものを感じさせる。どうして落日の色彩は、訳も無く心を切なくさせるのだろうか。それともそう感じるのは自分だけなのだろうか。文也はぼんやりと夕陽に染まる車内を眺めながら思った。電車は騒がしくも静かだ。多くの人がいるのに、どこまでもお互いに無関心でいる。時々、電車の中にいる乗客の何人が自分を認知しているだろうと思う。そして自分がもし、この人達からも誰からも認知されない存在になったら、自分は存在しているのかといえるのだろうかと不安に駆られる時がある。そんなもの、馬鹿馬鹿しい妄想に過ぎないのに。

 スマートフォンが振動する。メールだ。確認してみると先日受けた企業の面接結果。嫌な予感がする。けれどもちゃんと結果は見なければならない。文也は画面をタップしてメールを開くと、案の定それは「お祈りメール」という名の不採用通知だった。思わず溜め息が零れた。これでもう何社落ちただろうか。

 文也が再就職活動し始めてからもう半年が過ぎようとしていた。新卒で入社した大手飲食店に一年弱勤めた後、あまりの労働環境の過酷さに適応障害になり退職し、それからは失業保険と貯金を崩して食いつなぎながら就職活動をしている。

 こんな筈じゃ無かったのにな、と。いつだって思うが、くよくよしてもいられない。早い所再就職して、祖父母を安心させたいし、何より貯金を崩して生活するというのはよろしくない。もっと頑張らなければ。文也はくわと欠伸をして目を擦る。

 疲れているのだろうか。疲れているのかもしれない。どうにも抗えない眠気がやってくるのを感じる。春の陽気の所為かもしれない。うつらうつらと文也が舟を漕ぐ。やがて意識は夢の世界へと誘われていった。

 電車はいく。人を、魂を乗せて、何処かへとつれていく。

 車窓から見える夕陽が、血のように赤く輝いた。




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