第9話 †愛の力†

 「さぁて、こいつら捕まえてきたワケだけども?

 何に使うの、なんか聞き出すとか?」


 うっ……頭がズキズキ痛む。目が覚めると、拐かされたんだから当たり前だが、知らない場所だった。一面真っ白な壁。

 後ろ手に回された両腕は手首を縛める手錠のせいで自由が無い。

 僕をどう調理するのかを虚空の誰かと相談しているらしい、さっき申巳アキと名乗った少年(性別不詳)は眠そうな目でこちらをじっと観察している。


 「んぁ、誰と喋ってるんだって顔してる。 サル、不可視術したままだよ」

 

 「なんと、失礼した。

 吾は"叡獣グリフィン"申巳悪鬼さるみあっきだ。サルミアッキの名と容貌から、サル、と呼ばれている。

 もっとも、アキはグリフォンじゃなくて鵺だと言い続けているが」


 なるほど確かに、グリフォンと言うよりは、ぬえの方が合っている。

 ソイツの巨躯は、しゃがんだ猿のような姿勢をして曲げている足の膝下だけで、横に立つ申巳と同じ大きさだ。

 いくら彼が小柄とはいえ大きすぎる。恐らく全長3メートルはあるだろう。

 脚部は虎模様のごっつい筋肉質、頭と胴は微妙に人間っぽい知性を感じさせる(喋りかけてくるから、僕の認識にバイアスがかかっているのかも)猿。

 そして尾部で音も無く、催眠術をかけるかのように揺れているのは、全長2メートル、直径15センチくらいの極太蛇である。たしかにこいつは、グリフォン鵺だ……

 手足の自由が無く眷属武装も発動できない、もっとも発動したところで勝てない相手の目前、まさに蛇に睨まれた蛙状態の僕は為す術もなく震える。

 その態度が気に障ったのだろうか、申巳が緩慢な動作で椅子から立ち上がる。


 「知ってんだろうよ"技能奪還"持ちサマよぉ、さっさとストロガノフについて吐きやがれ……ちっ、サル」


 「吾も気付いている。どうする?」


 「んなもん決まってる、先手必勝だ。

 おいトーシロ、オマエはそこで震えてろ」


 いきなり何が起きたというのか、さっきまでの気怠そうな緩慢さはどこへやら、突如剣呑な雰囲気を纏い2人(1人と一頭)が部屋から出て行く。

 と、次の瞬間ストンッ、と音がして手首の重たい感覚が消える。

 驚いて振り返ると、手錠が切り落とされている。さっきまで誰も居なかったはずの空間から2人の人影が滑り出て、そして並ぶ見慣れた顔。

 ザーニャちゃんとクイーニャが立っていた。


 「だー、姉ちゃんと抱きしめ合って部屋の隅で縮こまってたから発狂するかと思ったよ」

 「そっくりそのまま返すぞ」


 またいつもの悪魔的すーぱーパワーで捕まっていたところから脱走したのだろうか、けろっとした顔で2人が僕の身体を担ぐ。

 ザーニャちゃんが足を、クイーニャが肩を持っているせいで頭に当たる柔らかい感触からは全力で気を逸らす。


 「説明は後だ、と言ってかなり遅くなってしまったな」


 心配させたな、黒十字に貫かれたのは捨てた後の仮身体だったから無事だ。

 そう言って僕を抱え、さっきの部屋と同じく一面真っ白な廊下を走るザーニャちゃんは説明を始めた。


 「前々から言ってる悪魔的すーぱーパワーだが、それを悪用しようとする国のお偉いさんがいるみたいでな。

 1人だけ奴らの探している上位悪魔、"ストロガノフ"というヤツだけはその悪用、が出来る力を持っているらしい。

 が、実際はいくら私たちが物理的肉体を持たず四次元だろうと行ったりきたりだとしても、流石に出来ることには限界がある」

 

 彼女が常人なら舌を噛みそうなスピードの走りを見せながら喋る、相槌を打とうにも速すぎて僕は黙って聞くことしか出来ない。


 「エネルギー保存則、この世の物理の基本だな。

 元は魔界生まれの悪魔といえど、この世界に来てしまった以上はその界の法則に縛られる」


 高速ターンで角を曲がる、僕の頭が振り回されそうになるのをクイーニャが抱き留める、良い香りとややこしい話で頭がぼんやり。


 「それで、私たちの悪魔的すーぱーパワーと説明してきた魔法のような、悪魔術。あれはな、ちょっとしたズルによって成りたっているんだ。

 原子ってのは、電子なりの数が変わったりしたら他の物質に変わっちまうよな」


 前方からパワードスーツの一団が現れる。

 その姿を視認するやいなや、ザーニャちゃんとクイーニャが無駄に高い天井へぶつかる寸前の高さまで僕を放り投げる。

 ダンッ、音を置き去りにする神速で2人の刃が振るわれ、襲撃者は即刻に沈黙。

 重力に従い自由落下する僕が再び抱き留められ、また彼女達が走り出す。


 「で、私たちがこの世界に飛ばされて入ったのはネットだのなんだの、つまり電気・電子の世界だ。

 そこで存在する力を獲得、或いは元から持っていた我々は自由に電子やら原子をいじくって他の物質に変えちゃうことができる。そして産まれるイオン化だの放出だのエネルギーは、四次元移動で過去に飛ばす。

 過去に飛ばされたエネルギーがその無茶を引き起こし、現在を変えて未来に結果を残す」


 要するに、物質が変容すると産まれるエネルギーを過去に飛ばして、そのエネルギーで物質を変容させる、という後出しじみたタイムパラドックスも無視した神業が、悪魔的すーぱーパワーの正体ということなのか。

 そんなの、無茶苦茶すぎるじゃないか……!!

 そんなことをやってのける悪魔達と、これからも僕は戦うことになるのだろうか。

 再び角を曲がると、かなりむこうに扉が見える、あそこから脱出するのだろう。

 と、重低音を奏でながら幾十の銃座を備えた防壁が廊下側面からせり出してきて前方を塞ぐ。

 後ろから追いついてきた襲撃者達も、一斉にこちらへ手にした装備の銃口を向ける。

 

「さすがに前後同時はキツいぞ!?」

「私も羅刹は使ったばかりでまだ使えないよ!?」


 足を止めて2人がその顔に焦りを浮かべる。でも、まだ闘えるヤツはいるじゃないか。

 最初にクイーニャが守ってくれた時のように、手を伸ばして2人を制止して、僕は前に足を踏み出す。


 「僕らの愛は容易に引き裂けないことをアイツらに教えてやるさ、後ろは任せて」


 そこで、ザーニャちゃんが言った。


 「なら任せたぞ、後ろは頼む」


 そう言って、紫に輝く大鎌を構えたザーニャちゃんが飛び出した瞬間、彼女の身体は防壁を一切傷付けず、すり抜けて行った。

 その光景に呆然と僕がぽかん、としているとクイーニャが教えてくれた。


 「時の流れに縛られず、やりたい放題。

 まぁ待ってなよ、事象の"結果"は後からついてくるから」


 クイーニャの顔を見上げてから、再び視線を前に戻す。


 「眷属武装、"ザーニャ"!!

 "羅斬丹矢・しょう"!!!!!!」


 顕れた、いつもの3倍は長い大剣を掴み、その重さに取り落としそうになるも堪える。

 そして、片翼で強風を起こし動作を補助しながら、一気に振りかぶって刃を振るう!!

 ズバァァァァァァンッ!!!!!!

振るわれた瞬間に刀身は更に伸張し、全ての襲撃者を剣が斬り伏せる。

 その後ろで、ザーニャちゃんもまた全ての障害物を薙ぎ払う。

 ガゴォォォォォォンッ!!!!!!

 傷一つ無かった幾十の防壁が全て、まるでさっきまでは貫ぬき通られたことを気付かなかっただけのように、とてつもない轟音を響かせ、一瞬にして崩れ落ちた。

 遙か向こうから眩い月光が差し込み、そこに佇む人影を強調している。


 「"幻想機動ディアボロ・エクス・マキナ"。

 未来の始点は佇み、過去の終点を観る」


 普段はいがみあっているのに、クイーニャはとても眩しそうに姉を見て、僕へ誇らしげな表情を見せる。



 「本当は有り得ない、未来から過去を変え産まれる矛盾のエネルギーを更に未来から過去に送るのを自分自身にすら適応して攻勢へと転じる御業。

 とはいえ、あんなの上位悪魔にだって出来るか怪しい芸当だよ」


 何で出来るか、わかる? そう自分が問われていることすら気付かずザーニャちゃんを見つめる僕を満足げに見つめ、彼女は噛み締めるように言葉を紡いだ。


 「攻撃こそ最大の防御なり、お姉ちゃんの強大な力は誰かを護る為の力。

 そう、それを為し得る原動力は」


 煌めく陽の光を後光のように背負い、ザーニャちゃんがこちらに可愛いドヤ顔を見せながら手招きする。


 「愛、だよ」


 そう締めくくって、愛しのお嫁さんのところへ行ってきな、と彼女が僕の背を押す。

 てっきり全部チート的悪魔能力で出来ていると思っていたザーニャちゃんの離れ業は、僕のための愛の力だっただなんて。

 万感の思いがこみ上げて、それらを上手く言語化できずに僕は、彼女にありったけの声で陳腐なセリフを叫んだ。


 「ありがとう、愛してる!!!!!」


 突然の大声に驚いた彼女は、一瞬ぽかんとしてから照れくさそうな表情を浮かべて、言った。

 

 「勘違いするな、マサルの為じゃない。

 ―契約に則り、その愛に応えただけだ」




(※科学っぽい要素など間違ってたら筆者の浅学によるものです、ファンタジーだから……ってことで生暖かい眼で見守っていただけると幸いです)

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