第8話 †飴と鞭†

 「で、どういうつもりだったの? 目的は?」

 「上の命令だ! 我々が知るのは目標ターゲットだけで目的は知らされていない!!」


 クイーニャが先の襲撃者、そのうち隊長格の一人を小突いて気絶から目を覚まさせる。

 大倉庫の中に家が一軒丸々鎮座した異質な空間に於いて、潮風と波だけが微かな音を立てる静寂に襲撃者のヒステリックな悲鳴と、彼を問い詰めるクイーニャの冷徹な声が響く。

 本当に今までのふわふわムードのぶりっ子モードは擬態だったらしい。

 と、足跡が響き何かを引き摺る音と共にザーニャちゃんが開け放たれた大扉から入ってくる。


 「残りの狩り漏らしは私が片付けた。ツメが甘いぞクイーニャ、気を付けろ」

 「うるさいなー、仕方ないでしょ気付かなかったんだから!!」


 バゴッ、と八つ当たりで振るわれたクイーニャの拳に尋問されていた男が打ち据えられ再び白目を剥く。

 国際法に引っかかりそうな捕虜の扱いである、悪魔が縛られるかは不明だが。

 いい加減落ち着いた僕は、明日から学校行くのとかどうしよう、国への届けはどうしたら、なんて一気に増えた厄介事に頭を悩ませる。

 そこで気が付いたことを、先程尋問していたクイーニャに聞く。


 「あれ、結局こいつら誰だったの?

 最初の『呪いまじない方用意』、は防衛警察海上部隊の掛け声っぽかったけど。

 動画で見たことあるやつは、『撃ち方用意』って言ってたから違うかもだけど」


 そう言った途端ザーニャちゃんとクイーニャが顔を見合わせ、表情を曇らせる。

 しばしの後、ザーニャちゃんが口を開く。


 「あー、これは隠してたことで申し訳ないんだが。さっきのはマサルの気付いたとおりだ、この国で治安維持の為に働く防衛庁旗下の防衛警察だ。

 そして何故そんな公権力に我々が襲われたか、それは……」


 そこまで彼女が言った途端、本日3度目となる轟音が響き、床面に巨大な何かが突き刺さる。

 散らされた粉塵の舞い上がる砂煙の奥に、人影のようなシルエットが揺らめく。


 「「悪鬼武装ファントムアムド……ッ!?」」


 悪魔っ娘姉妹が戦闘フォームに変身しようとした刹那、視界を塞ぐ砂煙の奥から全長2メートルはありそうな黒い十字架が三本飛び出す。

 その3本の十字架は僕とザーニャちゃん、クイーニャの胸元に寸分違わず吸い込まれる。


 「くっ……は?」

 「「がハッ……!?!?」」


 僕の胸を貫いた筈の黒十字は、確かに僕の身体を貫いたにも関わらず一切損傷させずにそのまま貫通して宙を進み、掻き消えた。

 なんのダメージもない攻撃……?

 と動揺しつつも一瞬安心した僕はすぐに焦燥に駆られることとなる。


 「ザーニャちゃんクイーニャ無事か!?」


 同じく黒十字に貫かれた筈の二人を振り向くと、僕と違い二人は貫通して消えることもなくその十字架が身体に突き刺さり磔にされていた。

 大きく身体を反らしてダラリと手を力なく垂らし、焦点の合わない眼を見開く二人の異様が僕の心臓を早鐘のように打ち鳴らす。


 「な、なんだよこれッ!!!」

 「驚かせちゃいましたかね、まあ奇襲だからそれで正解なんですけども」


 背後からいきなりそんな声が聞こえる。

 しまった、さっきの砂煙の中にいたシルエットか!?

 急ぎ耳元に手を滑らせ、決まり文句を呂律の悪くなった舌で告げる。


 「眷属武装ファミリアアムドォ、"ザーニャ"!

 羅斬丹矢ラザーニャ!!!!」


 振り向きざまに長剣を投擲、ガキィンッ、と硬質な何かと打つかり火花が散り、月光の差し込む入り口と違って、反対側で暗い倉庫内の視界が輝く。

 一瞬鮮明に視えた襲撃者は、小柄な体躯をスーツに包み白い短髪を靡かせ、眼帯に包まれていない方の左眼を真紅に輝かせていた。

再び周囲が闇に包まれる。

 視界が悪くとも問題ない、考えておいた防御用の技を繰り出す!!


 「"羅斬丹矢ラザーニャ・転"!!!」


 ギュオッ、と追加で生成された先程までの長剣より少し細身の紫剣が12本、僕の身体を斜めに覆って連なり防御の為に廻転する。

 再び、ガキッ、と刃同士のぶつかる音が高く響き渡る。

 そこで襲撃者が極小の足音だけを鳴らして、軽やかな跳躍、僕の頭上を羅斬丹矢・転を飛び越え月明かりを背に着地する。


 「なんだ、まだその術式使い始めて2日だろう?

 少しばかり習熟が速すぎやしないかい」


 スーツの白髪少年、或いは少女、性別不詳なソイツがやや高い声を上げる。

 彼もしくは彼女が瞬きをすると、紅く凶暴に煌めいていた瞳がその輝きを消す。

 襲撃者から目を離さず急ぎザーニャちゃんとクイーニャの黒十字を斬って解除しようとするも、一切ビクともしない。


 「キサマ何者だ、今すぐ彼女らの縛めを解け!!!

 でなきゃ僕がオマエを叩き潰す!!!!」


 困惑が怒りに変わった、がなり立てる僕の誰何に対してソイツは即答しやがった。


 「申巳アキ。防衛警察魔道隊の陰陽師だ」


 なんで警察が僕たちを襲う!?

 ……いや、そもそも公にその存在が知られている訳ではない悪魔の扱いに困らず即襲撃? ということは、行政上層部は既に悪魔の存在を知っている上で狩ることに決めたってコトか!!!


 「くそったれ、さっさと彼女らを放せッつってんだよォ!!!!」


 どちらにせよ手加減など不要、何者かは知らないがさっさと倒して彼女らの救助方法を聞かねば!!

 ジャギッ、両手へ更に長剣を生成する。

 身体の周りの防御は羅斬丹矢・転に任せ、斬り掛かる。

 が、恐ろしく俊敏な申巳アキと名乗った襲撃者に易々と全ての斬撃を躱されてしまう。

 なんとかあの速度に追随する方法は!?

 そこで、晩飯時にザーニャとクイーニャが使っていた術式を思い出す。

 使えろ身体!! と念じながら呪を紡ぐ。


 「"最適化アクセラレート"、"追加速アフターバーナー"!!!!」


 これでヤツの俊敏さについていける筈……ッ!?

 ガッ、足下から巨大な推力が発生して僕の身体を射ち出す。

 が、そのあまりのスピードに適応出来ないままに宙へと投げ出されて身体が言うことを聞かず、とてつもない隙を産み出してしまう。


 「あっはァ、何それ。いきなり上級悪魔術を発動させるから焦ったけどさぁ、使い慣れてないの? ならあんまり、怖くないな。

 ……つまんない」


 その隙を見逃してくれる筈もなく、一気に纏う気配を冷め切ったものにした襲撃者が再び瞳を紅く輝かせ、その手にした小刀が僕の喉元へと閃く。

 が、その刃に首を切り裂かれる直前。

 視界の隅を巨大な影が横切ったと気付いた次の瞬間、衝撃が横合いから僕の身体にぶつかる。身体中から、骨の折れる嫌な音が響き渡る。


 「がぁぁぁッ!?!?」


 これまでに味わったことのない激痛に絶叫しながら地面を転がり、のたうち回る。

 遠のきそうになる意識をなんとか繋いでいると、頭上から影が落ち声が聞こえる。


 「申巳、やり過ぎだ。指令は生け捕りじゃなかったのか?」

 「えー……、殺せば良いじゃん。そいつ悪魔殺しの術式効かなかったけど、どうせ悪魔だろ?」

 「駄目だ。もしこれで冤罪だったりしたら、後始末が面倒なものとなるからな」

 「ちぇ、わかった。"叡獣グリフィン"申巳悪鬼ぬえ 、後は任せるよ。

 疾く怨敵を捕らえよ。"急急如律令シュネルべフェール"」

 「御意」


 直後、猿の頭と蛇の尾が目に映り、腹に重い衝撃が走る。

 ダメージを受けすぎた僕の身体が軋み、頭が真っ白になる。

 そして、僕の意識はそこで途絶えた。

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