第7話 †義妹は擬妹†
「聞いてよ優くんー、ほんとお姉ちゃんったらね。
今もだけど暴れん坊でねモグモグ……そのくせ可愛いもの好きで猫拾ってきたりモグモグ……」
「食いながら喋るな行儀が悪い」
「もー、おねえちゃんお堅いなー」
「あ? オマエの頭が緩々なだけだろう」
「あ! 言ったなー!!」
バチバチバチッ。
そんな擬音が聞こえる視えない火花を散らす悪魔っ娘姉妹二人は、夕食のからあげ(僕が作った、勿論ザーニャちゃんより下手)をひょいぱくひょいぱくと大きい物から順番に取るお互いの箸を器用な箸さばきで妨害しあいながらも健啖たる食欲を見せる。
時折、
「お姉ちゃん隙有りっ! "
「甘い、"
なんて言葉と共に彼女らの持つ箸と指先が薄く桜色と紫紺に輝いて、物理を無視しているとしか思えない挙動をしたりするのが不穏だが。
やっぱり、ちゃんとザーニャちゃんもクイーニャも人間じゃないと改めて確信が持てる。
まぁ、だからといっても下手な人よりは信用に値するワケだが。
なーんて、その横でちまちま白米を突っつく僕が生暖かい眼で久方ぶりに再会した二人を見守っていると、ヴヴ、とスマボ(スマホの進化系)が振動し、一拍後にけたたましいアラーム音を響かせる。
「なんだ? お住まいの地域に緊急アラートが発令されました……なんのこっちゃ」
もはや残像しか視えない神速のからあげ争奪戦を繰り広げる姉妹に、なんか危ないらしいから避難するぞー、と声をかける。
「む、からあげの方が大事なんだよ。私たちがいるから優くんは安心していいよ」
「まぁ、これはそこのバカが言う通りだな」
「またバカって言ったー!!」
「事実だろ!!」
「まあ二人とも落ち着いて、却って今動かないのは怪しいからね。そも、二人が悪魔なんて世間にバレたら誘拐されて謎の組織に解剖されちゃうかもだし。
安全性は信用してるよ」
そう思って言いながらも、避難場所って学校だったかな、怖い怖い、なんて腰を浮かしたその時だった。
白熱フードファイターと化していた悪魔っ娘二人の熱気が消え去り、さっきまでとは全く異なる冷え切った気配を纏わせる。
次の瞬間、
「
総員
「"
「"
そんな幾人もの大声が家の周りから急に響くと同時に、彼女達が立ち上がり何事か呪を紡ぎ轟音が鳴り響く。
とっさに耳を塞いだものの、音とは空気の振動が伝わって聞こえるのだと文系に物理の基礎を再確認させやがったクソッタレ轟音に頭を真っ白にされる。
更に、今度は足下が揺らいだかと思うと、唐突に目眩に襲われ気持ちの悪い浮遊感が僕の足を掬った。
ガゴンッ、そんな空間を無理矢理たわませでもしたような轟音が本日2度目、響くと途端に周囲が静かになる。
体感的には半端じゃない衝撃が猛威を振るった筈だが、室内の調度品は一切乱れていなかった。
「マサル無事か!?」
ザーニャちゃんの緊迫した声が呼びかけてくる。
なんとか大丈夫、と返すと、クイーニャが僕の手首を掴み廊下を玄関へと走る。
されるがままに足をもつれさせながら玄関のドアを抜けて外に出ると、息が上がり上気した僕の頬を、少しべとつく潮風が撫でる。
「ど、どういうことだ!?」
家ごと大きな、……倉庫? に囲まれている。
振り返ると僕の家があり、ザーニャちゃんも走り出て来て、足下に魔方陣のようなものの円弧を幻視したかと思うと、見慣れた親の形見である僕の家が紫光に包まれる。
「な、なにするの!?」
「落ち着いて、今お姉ちゃんの擬似魔界術式で貴方の住処は確保されたから!!」
クイーニャがそう声を掛けてくる、が何が何だかわからない。
「落ち着けって、山の麓にあった僕の家がいきなり海辺の大倉庫内に飛ばされたんだぞ!? 落ち着けるかァ!!」
「大体の事情は把握してる、今は説明より目前の敵を倒すのが先!!」
先程の浮遊感と目眩はそのせいだったのだろう、僕の生家は今までとは全く違う場所へ転送されていた。
僕の住む街がある県は、家と高校が麓にある山に源泉を持つ河川により形成された三角州を中心都市としている。
クイーニャ曰く、ザーニャちゃんは昨日僕に喚ばれ顕現したと同時に住処、つまり僕の家、に
"
(流石教師、噛まずに言いやがった)を仕込んでいたらしく、僕らと家は、外から撃ち方どうの! と言っていた襲撃者達と共に先述の三角州の端に位置する埠頭にある大倉庫群の1つへとその術式に転送されたらしい。
そして先程の魔方陣と光に包まれた我が家。
あれはザーニャちゃんの擬似魔界で包みこれから起こる戦闘に巻き込まれ両親の形見が無くならないように、という僕への配慮らしい。……って今から戦闘起きるのかよ!?
身体が反射で動き、まだ2回しか使っていないものの慣れ親しんだ動作を行う。
「
僕が眷属武装を発動すると同時、倉庫の微かに開いていた大扉が一気に開け放たれ、大勢のパワードスーツに身を包んだシルエットが差し込む月の光に浮かび上がる。
恐らくあいつらが襲撃者だろう。
パワードスーツを着込んだ集団なんて防衛警察しか思い浮かばないが、脳裏の違和感を拭い去り、長剣を構え片翼を翻して飛び出そうとした刹那、クイーニャが手を横に伸ばし僕を制する。
「うーん、あの襲撃者達なら大丈夫かなぁ。倒すまでもなく無力化できそうだね。
流石長年の付き合いだよぉ……私の天邪鬼、お姉ちゃんは汲み取ってくれたみたい」
そう言って彼女は音も無く一歩を踏み出す。
「
祝詞と共に奏される神楽鈴のような声が静かに響く。
次の瞬間、桜色の光が一筋、疾駆する。
発生した衝撃波の風圧が僕の肌をビリビリと撫ぜ、その速度に置き去りにされた轟音がワンテンポ遅く鳴り響く。
バリバリバリッ!!!!!!
轟いたその、雷鳴と形容すべき空気の振動が僕の耳朶を打ったときには既に。
月夜のもとに光り輝く桜吹雪が舞い、一瞬の静寂の後。
―再び迸った轟音と衝撃波に身体を打たれ僕が跪いた時には、全ての襲撃者達が倒れていた。
先まで常人より大きなシルエットも今や見る影無し、彼らの足下には修復不能なほどに裁断されたパワードスーツが散乱している。
生身の人体は傷付けずに装甲だけ破壊した……? あの、高速で……?
「ふぅ、遅い遅い~。物理界に縛られた肉体の脆弱性じゃあね。
いくら囓った程度の術式で誤魔化そうったって、この悪鬼は止められないよぉ~?」
ザーニャちゃんの鎌と似た、それよりは少し薄く紫紺に輝く硬質な、白地に桃色の光の筋が幾本か通る巫女服のような装甲を纏い立つクイーニャは。
その右腕に彼女の身の丈を超えんばかりの、薄く長くそれでいて砕けることを知らないとでも語るような一際目を引く桜色の手甲から伸びた鉤爪に月光を煌めかせながら。
彼女は、悪鬼の純真無垢なる笑みを浮かべた。
―ザーニャとの契約を忘れて、僕が見惚れてしまう程の美しさを以て。
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