第5話 †序章・終幕†

 「昼になっても私の所に来ないから、えぐっ、寂しくないのかなって、うぅっ、思いながら、余計なことしないよう一緒に帰ろうと待っててもマサルが帰ってこなくて」


 なんとか生還し、彼女と合流して家に帰る最中。

 ずびずび泣いていつも(※まだ出会ってから1日経っていない)より少し幼い彼女を、これはこれで可愛いなぁ、なんて不埒なことを一瞬考えつつ、彼女を泣かせるようなことは二度としないと心に決める。

 そして、僕から今日起きた状況を聞いたザーニャちゃんが泣きながら色々説明してくれたところによると

 ・本来、僕が眷属武装を使えば契約魔のザーニャちゃんは判るはずなのに今回は判らなかったのは、黒嵐も言っていた擬似魔界と呼ばれる高等術式の1つによる効果であること。

 ・僕が最初時間の経過を気付けなかったことから、敵は恐らく刻の流れを掌握できる高位悪魔であり、黒い雷光も加速させ魔力を散らないよう収束させ射出したものと考えられる。

 また、僕の動体視力が上がり戦闘速度の上昇に対応できたことは眷属武装の力ではなく、敵の時空掌握術式を強引に自分へ適応させたことによるものだと思われる。

 僕は"技能奪還スキルリキャプチャー"とでも呼べそうな能力ちからを持っているかも知れない、とのことだった。


 「時空魔法ってそんな、チートじゃん……」

 「そうでもない、我々悪魔は物理的肉体を持たないからな。意識体と呼ぶにも微妙にニュアンスの違う、なんと言えば良いかな……

魂、というか存在自体、というか。

 割とこの世に存在が在る、ってだけだから四次元以上の空間行ったり来たり。産まれる前の時間に行かれて殺される、なんてタイムパラドックスも起きない。

 なぜなら存在が始まったその時にはもうこの世界に在ることは確定しているから、と言ってもヒトには伝わりづらいだろうな」


 ザーニャちゃんが説明してくれたものの半分理解できたか怪しい。

 むむむ……と頭を捻っていると、一旦落ち着いた彼女の目尻に再び涙がぶわっ、と盛り上がる。


 「うっ、ぅ……そんなことはどうでもいい。ずびっ、マサルが無事だったからな。

 怖かっただろ、すまなかった」

 「大丈夫、眷属武装がちゃんと僕を守護まもってくれたから。ザーニャちゃん、悪魔ってよりはまるで守護天使様みたいだよね。なんちゃって、あはは」


 僕の発言が悪魔的にはNGだったようで、ザーニャちゃんが目元を拭いつつ眉をつり上げる。


 「天使だなんて穢らわしい呼び方するな、私は大悪魔だ!!」


 ぷんすこ、と拗ねてしまうクールだけどちょっと抜けている彼女はやっぱり愛らしい。

学校から出てから通常モードの見た目に戻ったので、頭に生えている小さな翼がぴょこぴょこ揺れているのも可愛い。

 夕焼けの暖かな光が、2人の影法師をどこまでもどこまでも伸ばしていた。




 「で、どうしてこうなった」

 「むぅ、私たちは恋人なんだ、これくらい普通だろう?」


 家に帰りザーニャちゃんが作ってくれた晩ご飯を食べ終わり、風呂に入る。と、ザーニャちゃんも入ってきてしまう。

 慌てて前を隠しながらなんとか押しとどめるも、『別にナニも付いていない!』『恋人だろ!』とまくし立てられ、仕方なく目を思い切りつむりながら入浴。

 今までかいだことのない、頭がクラクラするとてつもなく良い匂いが充満した風呂場で、背中を流すと言って聞かない彼女に任せたところ、絶対わざとやっている柔らかいナニかが背中にふにゅふにゅと触れる。

 その感触に緊張してしまい、シャワーを浴びただけでのぼせてしまう。

 そこからも一苦労、なんとか彼女より先上がって悶々としながらリビングで歯を磨いているとタオルを身体に巻いただけの姿でこちらに来る無防備なザーニャちゃんにドギマギしてしまう。

 ~てしまう、と表現しなければいけないドキドキ♡イベントが多すぎてやはり健全なぼっち男子高校生には刺激が強すぎるのであった……

 そして、


 「で、どうしてこうなった」

 「むぅ、私たちは恋人なんだ、これくらい普通だろう?」


 なんとか寝る準備を済ませ、元が一人暮らしだった為ベッドが1つしかないので彼女をベッドに寝かせて自分は布団を敷こうとするも、『2人で寝るぞ』と彼女にベッドへと引きずり込まれてしまう。

 向き合って正面にザーニャちゃんの整った顔がある。

 長いまつげに縁取られた、綺麗なうるんだ蒼い瞳がこちらを見つめる。

 さっきからドキドキしっぱなしな僕を見て楽しそうに、いつもの悪戯っぽい表情で。


 「マサルは、優しいな。……私のこと鬱陶しくないのか?」

 「なんだよ、そんなわけないだろ。優しいしその上すごく可愛いだなんて、僕は幸せだよ」


 なら良かった。そう言って彼女はごろん、と仰向けになり目をつむった。

 春先の涼やかで心地の良い風が、開けた窓から吹き込んでくる。僕も仰向けになって身体の力を抜く。

 1日様々なことが起きて疲れたからだろう、すぐに僕は眠りに就いた。


 ~(翌朝)~


 「起きろ、マサル。学校へ行くぞ」

 「むにゃ……おはよう、眠い……」


 昨日と違って、もう見慣れた彼女の顔が僕を覗き込んでいる。

 起き上がって制服を受け取り、着替える。その間にザーニャちゃんがリビングに並べてくれている朝食の良い香りが、寝室まで届く。

 幸せな朝の空気をめいっぱい肺に吸い込み、全身へ新鮮な酸素を供給。

 よし、1日頑張るぞ!




 「で、どうしてこうなった」

 「なんですかぁ~! わたしの勝手ですぅ!!」


 教室に着いて、そういえば五十嵐居なくなったけど担任どうなるんだ? なんて思っていたら。

 始業のチャイムと同時にガララっ! と扉が勢いよくスライドされ、ボブの茶髪にピンクのインナーカラーが映える丸っこい小さな頭がひょこっと飛び出して彼女は顕れた。


 「新担任のクーニャ・アマンですぅ。

 これからよろしくお願いしますぅ~!! 」


 間延びした甘ったるい声で自己紹介した、形の良い小ぶりな鼻に乗った丸眼鏡がシルエットの丸みをより一層のものにする、その新担任はクラスを見回した後。

 ……僕に、クラスメート達が気付かないくらいの一瞬で小さく舌を出して見せた。


 「それじゃあ授業をはじめますぅ~

 起立お願いしまぁす、礼っ! 」


 こいつ、絶対悪魔だろ……と思いながら授業に身が入らない僕の様子に気付いていたのか、彼女は1限目が終わるとこっそり耳打ちをしてきた。


 「放課後、教室で待っててもらって良いですかぁ~?」


 パチンッ、とザーニャちゃんと違って板に付いた、様になるウィンクのおまけ付きで。


 ~(放課後)~

 昼休みに新担任の胡散臭さをザーニャちゃんへ話しておいて、隣の教室でこっそり警戒してもらいながらクイーニャを待つ。

 今か今かと緊張していると、特に風景が変わるでも時計の針が狂うでもなく足音が聞こえ、普通に歩いて彼女は現れた。


 「お待たせしましたぁ~、改めて初めまして阿久君。 

 お気づきの通りわたくしは悪魔、"甘惑セイレーン"クイーニャ・アマンですぅ。 

 良き悪魔か悪しき悪魔かは秘密ですぅ、にひひっ」


 ひらひら~っと気軽に手を振りながらクイーニャは言った。

 ザーニャちゃんみたいな笑い方だ、あの子よりはやっぱり手慣れた小悪魔感があるが。

 まだ頬が強ばったままなのが自分でも感じられる。

 当たり前だが、先の初戦闘は僕にとって結構トラウマ級だったらしい。

 そんな僕を見かねたのか、少し機嫌を損ねたらしいクイーニャは頬を、ぷんすこっ! と擬音の付きそうに膨らませた。


 「もぉー、そんなに警戒しないでくださいよぉ。危害を加えるつもりは無いですからぁ……あくまでも今は」


 一瞬真顔になってからまた、にひひっ、と笑う。

 恐ろしく掴めない人、いや悪魔だ。ザーニャちゃんとは別の意味で心臓に悪い。

 黙ってても埒があかないので、こちらも口を開く。


 「何で悪魔なんかが教師をやっている、それは五十嵐もだが。

 どうしてこうなった」


 「なんですかぁ~! 私の勝手ですぅ~!!」


 「じゃあなんだ、ただ教師しに来ただけだって言うのか?」

 「いいえ」


 即答だった。やっぱりこいつ何か企んでやがるのかッ!?

 掌を急ぎ耳元にやり、いつでも眷属武装を発動できるよう身構える。


 「でも、貴方に悪意を以て接触しようとは思ってません。むしろ、」


 ―そこで一拍置いて、やはり綺麗に計算され尽くしたウィンクを決めて彼女は言った。


 「阿久優くん。キミを堕としに来たんですよぉ~あ、な、た♡」


 ドゴォンッ!! 刹那、隣の教室から轟音が響く。

 どう移動したのだろう、いつの間にかザーニャちゃんがクイーニャの背後に立ち彼女の首に手を掛ける。


 「……どういうつもりだ。私の眷属に、手を出すな」

 「もぉ~怖いなぁ、相変わらずみたいだね」


 完全に状況を飲み込めず取り残された僕のことはお構いなしに、焦りもせず、むしろそのザーニャちゃんの行動を予期していたかのようにクイーニャは言った。


 「昔っからだよ、もう。本当に気性が荒いなぁ、おねえちゃんは」


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