第3話 †運命は突然斯く扉を叩く†

 「遅れてすみません!!」

 「おー、阿久くん。明日は気を付けてね」


 ガララ、っと扉をスライドさせてドタバタ登場した僕へ、ニッコリ爽やかイケメンスマイルを向けるのは、担任教師の五十嵐。僕の知る中で数少ない良い人である。


 「あ、マサルくん。放課後ちょっと良いかな、用件あるから教室残っといてくれるかい?」

 「ぜぇぜぇ…あっはい、わかりました」


 なんだろ、用件って。自分の席に座って、うだーっと溶けた時、隣クラスから歓声が上がる。

 僕が教室に入っても顔を上げすらしなかったクラスメート達が一斉にBクラスの方へ振り向く。なんだなんだ、あっ!! ザーニャちゃんが大人気なのか!!


 「お隣に転校生さんが来たらしいね、皆見に行くのは程々にしてあげなよ~?

 それじゃ1時間目を始めます、起立」


 起立、礼~っとお決まりの流れで授業が始まる。

 次の瞬間には授業が終わっていた。と、言うかクラスに誰も居なくなっていた。

 ……は?

 瞬きもしてないぞ? 知らないうちに居眠りしてて今起きたのか……?

 焦って壁掛け時計を見ると、あれ? さっきまで8時だったそれは、0時を示している。昼休みかな?

 しかしクラスメートが昼休みに誰も教室に居ないなんて、なんだか違和感がある。

 いや、なんだかどころではない違和感しかない。


 「そうだ、次の授業が移動教室だったのかな。誰か起こしてくれても良かったのに~、存在感無さすぎたか! あはは、は……?」


 独り言を呟いて状況を飲み込もうとするも、違和感は払拭されるどころか加速してゆく。

 当たり前だ、何が起きた……?

 なんだこの得体の知れない気配は……?


 「やぁやぁ、"良き悪魔の"契約者よ」


 ビクゥッ、突然聞こえた声に驚いて肩が跳ねる。振り返ると、気配も無く教壇に

 ……担任、五十嵐 黒いがらし くろが立っていた。いや、


 「そんな驚かなくても良いって、てか起きちゃったのかー可哀想に」


 間延びした声でいつもと違う喋り方をしてくる、。一体誰だ、そして何が起きた……?

 そう思った次の瞬間に、謎は解けた。


 「"悪しき悪魔"、漆黒の暴嵐"黒嵐シュヴァルツシュトゥルム"。

 ラ・ザーニャの眷属よ、貴様はこれより我が糧となれ、くはっ、ハッハァ!!!」


 ソイツが名乗るが早いか、ゾンッ、と教室の雰囲気が一変し、背筋に氷が滑ったような悪寒が走る。悪しき悪魔……さっきザーニャちゃんが言ってたやつか!? 出会うの早すぎるだろ……ッ!?

 ちょっと思考を巡らせた途端に、闇が発光しているかのような、不自然な黒い光が五十嵐……いや、黒嵐の手元に瞬いたのを目にしたときには既に、黒い雷光が僕に向かって撃ち出された。

 稲妻の経路上にあった机と椅子が吹き飛ばされ、煙が立ち上る。

 横飛びに躱したものの、隣の机に身体をしたたかに打ち付けてしまい、呼吸が詰まる。


 「っぐぁ!?」

 「お、勘が良いねぇ。避けれるだなんて」


 慌ててなんとか回避に成功したのも束の間、


 「んー、でも大人しくしないと楽に逝かせてあげられないよォ~? そォらッ!!」


 ヒュッ……、ドガガガガッ!!!

 風切り音の鳴った後、今度は黒い腕が2対、黒嵐を名乗る悪魔の背から飛び出して襲い来る。

 声にならない叫びを上げながら、ぶつかった机を投げつける。そんな足掻きを物ともせず、黒腕が障害物を貫いて僕に迫る。

 痛む脇腹を抑え、走り出して教室の出口のドアを目指す。が、


 「扉も窓もない!?」


 いつの間にか見慣れた壁も窓もドアも無くなり、四方が濃紺のとてつもなく固い壁に覆われていた。


 「無駄だよ、ここは俺が術式で編んだ擬似魔界。他の生徒達は俺の仮身体が授業して相手してるんじゃないかぁーな?

 ニンゲン如きに出る術は無いから諦めてねェー!! 」

 「なんで僕を襲うんだ、ザーニャちゃん絡みか、彼女を襲うつもりか!?」


 戸惑いうわずった声で叫ぶと、ソイツは言った。


 「可哀想に、"良き悪魔"に騙されてるんだね。なんでかって?

 悪魔の中でも最悪の悪魔、そんなのに穢された君の魂を救うためだよォ~?」


 なっ!? いきなりの事に頭が真っ白になる。

 優しかったザーニャの表情たちが脳裏に浮かんでは消えてゆく。……が、問題は無いッ!!


 「嘘だな」


 嘘に決まってる。

 訳のわからない状態に陥って焦った脳が落ち着きを取り戻す。

 まだ出会って数刻も経たない。でも、僕は知っている。

 ザーニャちゃんは言っていた、自分は悪い悪魔だと。


 「本当に悪い悪魔が、自分のことを悪い悪魔なんて言うわけねェだろうが!!

 本当に悪い悪魔はキサマだッ!!!」


 そして、彼女は言っていた。


 『もし"悪しき悪魔"、まぁそのままの意味だ、悪い悪魔に襲われたりしたときはこのイヤリングに手を添えて、それっぽいイメージをしながらその掌を虚空に滑らせろ。

 そしたら多分、イメージした武器が顕れる』


 両腕を交差させ、2つの逆さ十字に手を添える。

 そして、一気にその掌を虚空に滑らせて叫ぶ!!


 「顕現せよ、眷属武装ファミリアアムド"ザーニャ"!!!!」


 ―紫に輝く透き通った剣と翼が、僕の叫びに呼応し顕れる。

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