第18話 同期は一癖も二癖もある


「いやー、結婚おめでとう天都! いろんな女に寄られて正直羨まし...............じゃなかった、身の堅かったお前のことだから、一生結婚しないと思ってた!」

「そうそう、天都君、「彼女がいないならいいじゃないですか!」って詰め寄られて面白かったわよね」

「いや見てたなら助けろよ」



あの後、やや騒ぎになった後仕事に送れそうになったため、急いで職場に戻っている最中のこの言葉である。

あの半泣きは面白かった、と笑っている同僚二人の頭をそれぞれはたいてから、俺はエレベーターのボタンを押した。



「お前らな! 少しはお祝いする気持ちを出せ!」

「やだあ、誰のために横断幕作ったと思ってんのよー、天都クン♡」

「天都君のいけずー」

「面白がってるだろ!」

「「そりゃもちろん」」



もうやだこの同期、と顔を覆うと、でかい笑い声が隣から聞こえてくる。

隣を見るとお腹を抱えて笑っている奴らが居て、俺は思わず冷たい目で二人を見た。



「まあまあ。でも、結婚をお祝いしてるのはホントだって、ホント」

「そーよそーよ。こっちだって心から応援してるのに月曜日の朝からこんなに怒鳴られて...............あーやだやだ。この後スケベじじいとの商談もあるし」



あ、思い出したら腹立ってきた、と青筋を立てた同期の一人―—――蒼井に、俺らは触らぬ神に祟りなしとばかりにそっと目を逸らす。

絶対に怒っていいのは俺のはずなのになぜこうなるのか、と思いながら、俺は蒼井から距離をとった。



「てかお前ら、そういえば横断幕掲げっぱなしだろ! 戻せ! 今すぐにだ!!」

「は? 天都君まで私は何の華にもならないっていうの? どうせお前ら男なんて胸でしょ胸!」

「何も言ってませんが!?」



見知らぬスケベジジイのせいで自分のこともろくに怒れない俺って、と自分の立場の弱さに少し目を遠くする。

それを関係ないとばかりにげらげら笑い転げているもう一人の同期は、「まあいいじゃん!」と快活に笑った。



「みんなにお前の結婚が祝ってもらえるんだぜ! いやーめでたいね! あれ俺の力作なんだよ! 字うまかっただろ?」

「犯人はお前か綾瀬! いらんとこでギャップを出さんでいい!」



いつもへらへらしている同期の意外な特技なんて、正直何の得もしない。

そう思いながら横目で綾瀬をギッと睨むと、何とも憎たらしい笑顔が返ってきた。



「あのクソジジイ...............許さない...............」

「ってことでさあ」

「なあお前ら自由かよ」

「いくら結婚を祝ってもらうって言っても、見知らぬ人に祝ってもらうのは人見知りで我儘な天都君は嫌だと思って」

「誰でも嫌だわ」



そして蒼井怖い、というと、憤怒の表情から一転、綾瀬と目配せしてスマホを取り出しあう。

私は怖くないわよ、とやけに機嫌のいい笑顔でいいながら、二人は不意にグループトークの画面を開いて俺に見せた。



「え? これ二人とも入ってんじゃん。もしかしてハブ...............」

「違う違う。よく見てよく見て」



にこにこにこにこ、とさらに笑顔を輝かせた二人が、画面をずいっと近づける。

それに顔を顰めながら遠ざかってよく見て見ると、確かに俺の知り合いは一人もいない。


だがしかし、そのグループに入っている名前は先ほど横断幕の下で俺と奏の結婚を祝っていた人たちに渡された名刺と同じような名前が...............同じような...............?



「「ってことで、今日の夜は二社合同で結婚をお祝いしよう!」」

「やっぱお前ら怖い!!」



そりゃ商社ですから、と胸を張る同期二人の肩をどつくが、ダメージは入っていないようでどこ吹く風。

二人の出会いからプロポーズまでみっちり聞かせてもらうから、といい笑顔をした二人に、俺は「十二年間の空白があるけど、それがいいなら喜んで」と返す。


途端に不思議そうな顔をした同期に、俺は何でもないと言って一番にエレベーターを降りた。





◇◇◇◇◇







「初めましてー、日野...........じゃなかった、天都奏さんの同期の米原です」

「同じく同期の藤原です」



にこーっといい笑顔で笑う男女四人とは対照的に、一応名目的には祝われるはずの二人は目が死んでいる。

俺はもう一度改めて渡された名刺と二人の顔を見て、ははは、と思わず笑いが零れた。



「なんだ、面白がってるのか」

「「そりゃもちろん」」

「なんで俺らの周りにはこういうやつらしかいないんだ」



片や社交的な笑顔、片や表情は控えめながらも明らかに浮足経っている様子の凸凹な男女は、さっそく綾瀬や蒼井と喋っている。

しかしもう片方の主役である人物は、焦点が合わない瞳でどこかわからないところを見つめていた。



「米原!? 私ただの同期会って聞いてきたんだけど!?」

「だって奏、そうでも言わないと来ないじゃない」

「だって日野.............逃げる............」

「藤原はそのテンションでノリノリなの何!!」



ああああああ、と机に突っ伏した奏に、活発そうな女性―—――米原と、静かに親指を立てている男性――――藤原がそれぞれ肩をたたく。

アンタたちが慰めていい立場じゃないのよ、と震えている奏は俺が知らない姿で、少しだけ胸が落ち着かなかった。



(十二年、か)



十二年の間で俺は色々変わったし、きっとそれは奏も同じだろう。

けれどどうしても『寂しい』と感じてしまうのは、身勝手だけど仕方がないだろう。


そう思い自分もビールに手を伸ばそうとすると、思わぬところから伏兵が来た。



「てかなんで瑞稀も瑞稀で来てんのよ!」

「いや俺は.............触らぬ神に祟りなしで.............」



要は俺には同期にすら勝てる力はない、ということである。

それを察したのか、どこか冷たい目で奏に見られた。少し悲しい。



「まあ? 天都さんも奏も、飲んで飲んで」

「いや、奏にあんまり飲ませると.............」

「あー、天都さんは知ってるのか! じゃあやっぱり問題ないですね!」

「大ありですけど!?」



そのままどうぞキスでもかましちゃってください! とウインクをした米原さんに、蒼井と綾瀬が「駄目ですよ」と首を振った。



「蒼井............綾瀬.............!! お前は味方だと信じて、」

「まずは適度に飲ませて、出会いから聞かせてもらわないと!」

「そうそう、プロポーズまでの長い道のりを!」

「あー! そうだったそうだった」



見るからに期待の眼差しで見てくる四名。

さあこれをどう収集するか、と奏のほうを向く。



「奏、これ―――—」

「日野先輩、こんな場所からは早く帰りましょう!」

「いや、でも、」



何やら騒がしい声が聞こえるな、とは思ったのだ。

―――そこには、見知らぬ男が奏の腕を引っ張っている景色があった。



「.............あ"?」








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