第12話 何が悪い
「いや…………まあ、大体の状況はわかったわ。お前がクソ野郎ってことも」
「大変申し訳ございませんでした」
「それは奏に言う言葉だ」
「ごもっとも…………」
弱々しく言葉尻をすぼめさせると、恭弥は俺を冷ややかな目で見る。
その絶対零度の視線から逃れようと目を逸らすと、不意に「はあっ」と言う大きなため息が上から聞こえてきた。
「まあ、俺らはやっぱり他人だから、どうにもできないんだけどさ。心配くらいはさせてくれ」
「ごめん」
「ほんと、お前は12年も待ってくれた奏に感謝しなきゃな」
「本当にな…………」
頭が上がらない、と俺が呟くと、深々と恭弥が頷く。
そして「そもそもお前は、」と始まりそうになった説教は、恭弥本人によって止められた。
「そもそもお前ら、なんで12年前…………ってことは高3か。に、結婚の約束なんかしたんだよ」
「えー…………あー」
自分の黒歴史と親友の怒りを天秤にかける。
その瞬間、脳裏にとても美しい笑顔と絶対零度の視線を思い出し、俺はブルリと身震いしてから小さく口を開いた。
「やー…………それは—————」
◇◇◇◇◇
「だひゃひゃひゃひゃ! お前、そんなっ、そんな口約束を当てにしてプロポーズしたのか!? バッカじゃねぇの!!」
「いっそ笑ってくれ…………」
あっはははははは!! と俺の言葉通り容赦なく笑った恭弥は、机をバンバンと叩く。
ひぃぃ…………と漏れた笑い声に俺が顔を顰めると、そいつは再び大きな声で笑いながら机に突っ伏した。
「てかお前…………なんでそんな真面目にとち狂ったこと言えるんだよ…………。こちとら酔っ払いだぞ…………笑わせんな…………吐くぞ…………ふははっ」
「お前が勝手に笑ってるだけだろ!」
未だに笑いが収まらないらしい恭弥は「ふひひっ」と気味が悪い笑い声を上げる。
そうして1分ほど経った頃、俺が拗ねているのを感じたのか、そいつは片手を顔の前に置いた。
「やー、ごめん! 流石に笑いすぎた! あはははは!」
「お前謝る気ないだろ! てかさっきまですごい怒ってたくせになんでそんな笑うんだよ!」
「アホすぎてここまでくると笑えてくると言うかなんというか」
「あー、くそ。お前らやっぱ面白すぎんだろ」と言った恭弥は二本目のノンアルコールビールを開ける。
プシュッ、と小さく音を出したそれを勢いよく飲みながら、そいつは「でも」と言葉を続けた。
「奏も馬鹿だよ。あいつならすぐに結婚できたはずなのに、わざわざこんなヘタレチキン野郎なんて待ってさぁ」
「うるさいな…………」
それでも否定できずにただ机の下で恭弥の足を蹴ることしかできない俺は無力である。
その分俺と日和は拗らせてなくで悪いなぁ? とニヤニヤした親友の足を、俺は先ほどよりも強く蹴った。
「いってぇな!…………まあ、お前は頑張ってると思うよ」
「恋愛の頑張りは、多少実らなくてもしょうがないところはあるけどな」
「まあ、頑張った分ボーナスはくれって思うけどな」
「俺のいい話が台無しだよ」
「今まででプラマイゼロ…………いやマイナスだろ」
ノンアルコールビールと言ってもやはりビールか、いつものように泣き上戸までとは行かずとも、普段よりさらに饒舌な恭弥とぽんぽん会話を交わしていく。
お前は飲まねえの? と問われた言葉に、俺は軽く頷いた。
「ちょっと色々…………お前並みに面倒くさくなるから」
「ええっ、俺見たいんだけど!」
「そんな貴方にプロポーズの様子を」
「もうお前ヤケクソになってるだろ」
出す被害は一つだけでいい…………と俺が言うと、「ひひひっ」と口角を上げた恭弥が俺を見る。
何年経とうが変わらないこの関係に心地よさを感じながら、俺たちは机に肘を置いた。
「ま、じゃあ誤魔化されてあげようじゃないですか」
「そらどーも」
時計を見ると、午前2時。
明日が休みにしろ不健康すぎるな、と思いながら、俺は小さく口を開いた。
「昔の頃の約束って、結構ロマンがあると思うんだよ、俺は」
「あー、出た出た、目立ちたがらないくせに妙なロマンチスト」
「うっせ」
合いの手を入れてくる親友の頭を叩きながら会話を続ける。
「それで、結婚指輪用意して、お前らから聞いた奏の職場の近く行ってうろうろして」
「ストーカーじゃん」
「それで見つけた時、そのまま片膝ついて指輪の箱開いて、『結婚してください!』って言ったんだよ」
「ひひっ…………」
「そしたら『ふざけんな、このあほんだら』って殴られた」
「あはははははっ!!!」
ああ、お前は笑うと思っていたよと諦めて俺自身も嘲笑の意味を込めて笑うと、そいつはさらに笑い転げる。
そして————俺も恭弥の酔いが移ったのだろうか、少しだけその時を思い出して涙目になり、静かに机に突っ伏した。
「おかしい...........何が悪かったんだよ」
「お前の頭だろ」
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