第9話 報告と酔っぱらい


「あっ………ぶな。お前急に離すなよな」

「いやおまっ…………は? え? は???」



中腰のまま固まった姿勢のそいつの腰をベシッと叩く。

すると、そこまで痛くないくせに「いってえ!」と叫んだそいつは、突然俺を指差した。



「そもそもな! お前が! 真顔で! 交際0ヶ月で結婚したとか冗談言うから!!」

「事実だが」



淡々と大根の皮を剥きながらそう返すと、そいつはあんぐりと口を開けたまま固まる。

そんなそいつに俺はえのきを渡して「裂いてくれ」と頼んだ。



「いや……………いやいやいやいや。お前流石に」

「30歳の誕生日に会いに行ってプロポーズした」

「は?」

「振られたと思ったら婚姻届貰って次の日役所集合」

「は??」

「結婚。以上」

「は???」



端的にまとめると結構すごいな、と思いつつリズムよく切っていく。

隣で「は?」しか言っていない親友は、手は動かしつつも視線は俺から全く話さなかった。



「ロマンチックなムードは」

「ない」

「感動の涙は」

「ない」

「結婚指輪は」

「それはあった」



落とされたけど、と付け足すと、そいつはますます意味がわからないと言う顔をする。

とりあえず両想いってことでいいんだよな………? と首を傾げた恭弥に、俺も同じく首を傾げた。



「いや…………そういう感じではない気がする」

「結婚したのに!? んなことあるか!? 両想いじゃないのか!?」

「おい大人になって両想いとか単語口にするのやめろよ…………」

「瑞稀は思春期からまだ抜け出してないのかね」



そんなん気にしてる場合か! とえのきを土鍋に放り込んだ恭弥は、拳を握り込みながら仁王立ちする。

そんなそいつを横目で見ながら、俺はガスコンロを棚から引っ張り出した。



「……………てことで」



また恭弥が変なことを言い出した、と思いつつ、ガスコンロを持ち直す。

その瞬間、中学生来の親友は目をキラキラと輝かせてこちらを見た。



「男子会、やるぞ!」



思わずガスコンロを取り落としてしまった俺は悪くないと思うのだ。







◇◇◇◇◇






「繰り返すことになるけど、二人とも結婚おめでとうー!」




いえぇい! と高らかにビールを掲げる日和に大きな拍手を送る愛妻家の恭弥、パチパチと控えめに手を叩く奏、目が死んでいる俺がいる。

よく恭弥と一緒にこの家に訪れる日和は、躊躇いもなく俺の家の冷蔵庫を漁りビールを発掘した。


まあどうせ場所がわからなくとも勝手に漁り勝手に飲む自由なやつだから今更である。



「今日は飲んで飲んで飲むぞお!」

「程々にしろよ…………」

「奏の好きなところまず三つ言おうか!」

「お前さてはもう酔っ払ってるな??」



ビールがもう一本無くなり、二本目に入っている日和を見て俺は半眼になる。

俺らが鍋の準備をしている間に、もうこちらは飲み始めていたようである。


プシュッと一本目を開ける恭弥を一瞥して、「まあ日和一人だけならましか」と考える。

私はすぐ酔っちゃうから、とビールを断っている奏を気にしながら、俺はなんとかこの話が逸れないかと画策した。



「日和。そういえばお前は恭弥とどうなんだ?」

「やっぱ顔!? スタイル!? あー! 瑞稀はこんなに可愛い幼馴染がいて羨ましいなー!!」

「だめだこの酔っぱらい」



手遅れだった、と呟くと、「私もこんな幼馴染欲しかったー!!」と言いながらダンダンと机を叩いている日和がいる。

俺も飲むか、とおそらく恭弥たちが買ってきたことでさらに追加されたビールの山に、俺はすっと手を伸ばした。



「ねえ!! どこなの!? ねえ!」

「おい恭弥この迷惑な妻どうにかしろ…………」

「お前いつのまにか俺が知らねえ間に結婚してるしよぉ…………」

「そうだこいつもダメだった!!」



しくしくと泣き始めた恭弥に悲鳴をあげると、「日和も全然構ってくれない…………」とさらに涙を流し始める。

二人とも楽しそうに酔うね、と呑気に呟いた奏を振り返って通常運転なのを確認しほっとしたのも束の間、面倒な酔っぱらい二人が再び絡んできた。




「好きなところ言えないならー! えー! じゃあ近況報告!!」

「みづきぃ、俺ぐらいなんか言ってくれてもよかったじゃんんんんん…………うぅ…………」

「なあ誰か助けてくれ」



我知らずと鍋を突く奏に助けを求めようとすると、その手はかわされただ立てた親指が返される。

アイルビーバック、と呟いた新妻は、豆腐おいしー、と頬を抑えた。




「まあ可愛いからいいか…………」

「ひよりぃ、みづきが構ってくれないいぃぃ」

「てことでさー!」

「言っとくけどお前らは可愛くないからな全くマジで」




ふうふう、とえのきを口に入れる前に冷まそうとしている奏だけでは、この俺の荒んだ心を癒すのは無理である。

とうとう目から光を失ってきた俺に、そんなことを気にせず日和は口を開いた。



「もうちゅーした!?」

「してるに決まってるだろ、俺に言わず結婚した男だぞ…………俺に言わず……………」



へらへらと笑う女、シクシクとなく男、思わずえのきを取り落とした妻に、目が死ぬ夫、俺。

この酔っぱらい夫婦、やはり余計なことしか口にしねえ。




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すみません遅れました!!

リアルの方が忙しくてコメント返せてませんが読んでます! いつもありがとうございます!!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら星を入れてくださると嬉しいです!!

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