シリコンSOS-2
〈……ご覧頂いているのは、護摩地区の工場地帯であります。突如襲来しました二体の巨大人形重機によって、一帯は火の海に包まれております〉
テレビの小さな画面の中でアナウンサーが淡々とニュースを伝える。
〈国籍不明の人形重機による襲撃事件は、くろがね鬼によって制圧されました。くろがね鬼は戦闘後、治安警察の制止を振り切って逃走しており、目下捜索が続けられています〉
またも白黒画面の映像が切り替わり、炎に包まれた工場建屋と、消火作業を進める消防署員の姿が映し出される。
〈画面に映っておりますのは被害に遭った北洋化学のシリコーン工場です。ご覧のとおり、くろがね鬼の邪智暴虐な振る舞いによって……〉
ブチリ。画面の映像が途絶えた。
電源を切ったのはシャツにスラックスという洋装の上から半纏をまとった男だった。
七三分けの頭髪と瓜のような長い顔、その風体は旅館か商店の番頭という具合だった。
男は画面の前に殺到していた面々を見回す。
詰めかけている面々は、サエグス家の使用人にメイド、それに作業服姿の整備員。彼らは皆、サエグス家に仕えながら一族の野望に協力する『共犯者』たちだった。
「……ええと皆さん。お嬢様がまもなくお帰りになります、出迎えの準備を」
サエグス家筆頭執事フルミが穏やかに言うや、テレビの前に集まっていた面々はやおら腰をあげて持ち場に戻り始めた。
地下格納庫を見渡せるよう、わざわざ巨大洞窟の高い場所に設けた事務室。普段であればほんの数人だけ詰めるだけの小さな部屋なのだが、ゴウライオーが一たび出撃するや、その勇姿を目に収めんと、当直の者たちが殺到するのだ。
「プロレス中継を観る訳じゃあるまいし」
持ち場に戻っていく部下達の背中を見送ると、フルミは七三分けの頭をかいた。
「テレビを増やすか? でもそうなったら、あいつら余計に仕事に身が入らなくなるんじゃ……うーん?」
瓜顔に迷いの表情を浮かべながら詰所を出ると、見慣れた地下基地の光景が目の前に広がった。フルミがいるのは自然の気まぐれによって生み出された強固かつ緻密な花崗岩洞窟だ。
ここはサエグス家私有地の地下深く。歴代当主たちによって拡張されてきた秘密基地の正に心臓部だった。
現当主の一家は、先祖達が地道に築き上げてきた秘密基地に手を加えて、一族郎党はおろか、世界中の仲間たちを巻き込んだ「正義の味方ごっこ」を繰り広げているのである。
……さて。フルミはいつものように、格納庫に続く階段を降りていく。
むき出しになった白い岩盤や天然の柱には、ワイヤーや鉄筋を張り巡らして補強し、床はコンクリートや金属製のタイルを満遍なく敷き詰めてあった。
そしてあちらこちらでは、大型クレーンをはじめとする作業機械が稼働しており、これから戻ってくるマキナを出迎える用意を進めていた。
「整備班の準備、全て完了しました!」
階段を降り終えたころ若い整備士が元気に駆け寄ってきた。
「ご苦労さん。今日は冷却水を多く使うことになると思う。予備の貯蔵タンクをいつでも開放できるようにしてくれ。あとは……手すきの者に当直名簿を取ってくるよう伝えろ。強制廃熱で機体に損傷が入っていないか、念のために点検だ。人手が必要になる」
指示を出しながら格納庫の中央部へ向かっていると、最奥の岩壁に埋め込まれた巨大な扉が左右に動いて開き出した。
現れたのは一両の幅広の鋼鉄滑車……と、その上に仁王立ちするゴウライオーだった。
「お嬢様が帰ってきましたわよ!」
クレーンの運転席からメイドが声を張る。
彼女の言葉とおり、巨大な滑車の上に立つゴウライオーが、奥からやってきた。
ゴロゴロと滑車はレールに沿ってゆっくり進み、そして所定の位置で停まる。
ゴウライオーのもとに、クレーンやリフトカー、そして待機していた整備士達が一斉に集まって整備作業に取り掛かった。
無数のチューブにケーブルの類を取り付けられていくゴウライオー。そんな中、ゴウライオーの背面に設けられた搭乗口の開閉扉が一人でに開いた。
開かれた扉の下から搭乗者がよじ登ってくる。赤いシャツの長袖を捲り上げ、シワのない黒いベストに黒いズボンをキッチリ着込んだ小柄で線の細い女性だった。
昇降リフトに乗って迎えに上がるフルミは、古代彫像のように整った美しい細面を見て、口もとを綻ばせる。
リフトが彼女の立ち位置と同じ高さで止まると、フルミは恭しく一礼をして出迎えた。
「お帰りなさいませ、マキナお嬢様」
「出迎えご苦労。ただいま」
サエグス家の末娘であるサエグス・マキナは、フルミに凛々しい笑みを返す。男ものの服装に袖を通し、褐色の髪を短く切り揃えた姿は、まるで少女歌劇のキザな男優だ。
「今日は下手を打った。ゴウライオーを余計に傷つけてしまったらしい。すまないね、君たちの仕事を増やしてしまって」
リフトで下る最中、マキナはため息混じりに言う。フルミは首を左右に振り、穏やかな調子で返した。
「何を仰いますか。壊れても治す、壊れなくとも万全に。それが我らの務めにございます。いえ、むしろ……マキナお嬢様はゴウライオーを大切に扱い過ぎるきらいがあります。もっと好き放題振り回して良いのですよ」
「ふむん。これでも一杯に暴れさせているつもりだったんだがねぇ……うん? 大切に扱い過ぎる?」
マキナが怪訝な顔をする。
「左様ですとも。動かすたびに壊していた奥様に比べましたら、お嬢様の操縦は繊細そのもの。夜鍋で直していた我ら古株は、仕事が減って手持ち無沙汰……」
「フルミい。比較対象がおかしいって。ママと比べたら、この世のあまねく運転、操縦は『繊細』になってしまう」
「それくらい派手にやって良いと申しておるのです。なあに、我らはお嬢様の手足。如何様な無理難題でもこなしてみせる腕を持っていると、自負しておりますゆえ」
「それはそれは。何とも頼もしい」
軽い調子で会話を弾ませている間にリフトが降りきった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
手隙のメイドや整備員達が一礼する中、マキナは優雅な振る舞いを保ったまま地面に足をつけた。歳若いメイドが汗拭き用のタオルや冷たい水を淹れたコップをマキナに渡す。
「出迎え有難う」
マキナはメイドに渡されたタオルで汗を拭ったり、水で喉を潤していく。
「……知っての通りだが、今日は些か無茶をさせてもらった。皆には苦労を掛けることになるが、どうかいつものように力を貸してほしい。ゴウライオーを知り尽くしたみんなであれば、更により良い状態にしてくれると信じている。今日もみんなに助けられた。礼を言う……有難う」
マキナは穏やかな口調で感謝を伝えた後、水を飲みながら歩き去っていく。
その姿を見送った面々は、真剣な面持ちで作業に取り掛かりだした。
「お戻りになって早々に恐縮ですが。お耳に入れておきたい事がございます」
マキナの後ろを付き従いながら、フルミがそっと言葉を掛ける。
「ドクター・バイスが脱走したそうです」
ピタリ。マキナは足を止めるや、怪訝な顔で振り返ってきた。
ドクター・バイス。マキナとゴウライオーによって捕えられた、アメリクス人の悪党だ。己の悪事を潰されて激怒し、腹いせに無線操縦式の人形重機で街を破壊したのだ。
「本国へ移送する為に護送中だったのですが、先日の怪獣騒ぎ……ヘグイの暴走に偶然巻き込まれた模様で」
「混乱に乗じて逃げ出した、と。あのチンピラを逃したのは手痛いぞ。人間性は最低でも技術力は最高だ。実力を認めるのが癪ではあるがね」
「左様ですな。情報筋によると、あの男の造る人形重機は海外の闇市場でも評判が良く、高値で取引されているのだとか」
「あの時は偶々売れ残り品だっただけで、アレよりも高性能な機体がまだ野放しになっている訳か。フムン、厄介ごとが増えたな」
ふと思い出したようにマキナが言う。
「まさか今日の二体も?」
「その可能性もあると思い、財団を介して背景を探らせております」
「フムン。財団が動くのなら何かしら情報が入ってくるかもしれないね。あとはそうだな……ものはついでだ教えてくれ。柔らかくて、尚且つ丈夫な素材で思いつくもの」
と、フルミの瓜顔を見上げた。突然の質問にサエグス家の執事は困ったように眉をひそめて考える。
「そうですなぁ……たとえばケイ素……シリコンは如何でしょうか。アレならば加工もしやすく、応用の幅も広い。しかし、人形重機全体をシリコンで覆うなど……」
「現実的ではないか」
「左様です。費用対効果が見込めません。そんな人形重機の存在が別の利益をもたらすのなら、話は別ですが」
「フムン……とにかくありがとう、フルミ。流石は元Z機関の屋台骨、鬼のフルミ軍曹殿だ。実に勉強になったよ、この調子で引き続き頼む」
そう言い残してマキナは歩き去っていく。その背中を見送りながら、元陸軍下士官は困った風に頭をかいた。
「昔の肩書きより、サエグス家の執事として誉めて欲しかったんですが……」
……
サエグス家の使用人の多くは、Z機関の元関係者たちで占められている。
執事のフルミや整備士たちは、南方の秘密基地でゴウライオーの開発に携わった技術兵、メイドたちも基地で働いていた元軍属やその家族たちである。
戦争、そして大界震から辛くも生き延びた彼らは、サエグス家の始めた荒唐無稽な計劃に賛同し、有難いことに今日まで一人も欠けることなく『共犯者』として共に歩いてきた。
(……だというのに、僕は彼らへの恩返しができていないんじゃあないかな)
愛車のジャギュア1型に身を滑り込ませながら、マキナはふと考える。そして見送りに集まったメイド達を見回した。
「どうかなされましたか、マキナお嬢様?」
マキナよりもずっと歳若い、まだ少女のメイドが小首を傾げる。彼女はZ機関で働いていた両親の間に生まれて、物心ついた頃には立派な共犯者として従って来てくれていた。
「特には何も……いや、ない訳ではないけれど。みんな何か困っていることは無いかなって? 些細なことでも良いから」
珍しく歯切れの悪い発言にメイド達は怪訝な顔を見合わせる。
「ああ、ありました!」
のっぽのメイドが陽気な声をあげた。
「お嬢様ったら、ゴウライオーのこと以外では滅多に戻って来ないでしょう。コックが腕をふるえないと、いつもブツブツ煩くて! 変な料理を作る度に私たちに試食させる」
「そうだわ、そうだわ。そのおかげでご覧の通り、わたくしの体はこの通り!」
肉太なメイドが続けて太鼓腹を叩いてみせる。
「アンタの腹は南方に居た頃から変わってないじゃんか!」
中年メイドが締めた途端に、メイド達は笑い出し、マキナも一先ず苦笑いを浮かべた。
(まいったな。何か手伝いをして恩返し、なんて出来たらと思ったのに)
などと心の中でボヤいている所に、少女メイドが麗かな笑顔で言ってきた。
「普段のお仕事が忙しいのは承知しておりますが、たまにはゆっくり屋敷で過ごされて下さいな、お嬢様」
「あ、ああ。ありがとう……また今度の機会にでも」
こうして目論見をくじかれたマキナは、和気藹々と賑わうメイド達に見送られて屋敷を後にした。
(じっくりゆっくり考えよう。ずっと一緒に居る仲間たちにしてやれる事……たくさんある筈だから)
ジャギュア1型ら正門を潜り、なだらかに舗装された市道へ出た。
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