シリコンSOS
シリコンSOS-1
さかのぼることxx年前、皇都帝國大工学部のとある研究室に男の不機嫌な声が響いた。
「腹の立つ話だ」
メガネをかけた精悍な顔を不機嫌にしかめる。顔の中央に真一文字の古傷がはしっているせいで、その怖さはより際立っていた。
「昨日までは人を救う為の研究をしていたのに。今日からは人を殺す研究をしてくれっていうんだな」
木椅子に座っているというのに見上げるほど上背があり、同時に厚みもある。作業台に置かれた白い両腕は丸太のように太く、拳は岩のようにゴツゴツしている。その姿は頑固として動かぬ大岩そのものであった。
「軍部がそのつもりなら僕にも考えがある。後から擦り寄ってきたお前たちに指図される位なら、僕はこの研究を辞めてやる。いいや金輪際、学問からも身を引いて山に籠る!」
「おいおい。話しは最後まで聞いてくれ、シマ博士……いや、ハガネ」
陸軍の士官服を着た男が、紳士的な微笑みと共に宥める。
綺麗に髭を剃った濃ゆい上品な顔は、まるで西洋の彫像のように整っており、細身の体は柳のようにしなやかであった。
相対するシマ・ハガネ博士が、世間の考える研究者に似つかわしくない巨漢であるように、陸軍士官のサエグス・セイタロウも、軍人らしからぬ雰囲気を纏わせていた。
「どうしてこう、私の友人たちはいつも結論を急ぎたがる。頼むから落ち着いて話を聞いてくれ。ほら、美味いコーヒーが目の前にあるぞ。リサさんがお土産で買ってきてくれた逸品だよ」
ハガネは太い指で短髪をかくと、磁気のカップを手に取った。カップの大きさは通常なのだが、その手があまりにも大きく太いせいで、子ども用に見えてしまう。
そんな錯覚に慣れていたセイタロウは、ハガネがいつもの調子に戻るのを黙って待ちながら、研究室をぐるりと見回した。
部屋の書棚やその他物置台には所狭しと、ハガネの学問にまつわる書籍、資料が几帳面に納められている。
天井からは人間の脚を模した機械模型がぶら下がり、作業台には手掛けている部品の設計図や資料の束が置かれている。
そして壁の大きなコルクボードには人体の骨格や筋肉、神経系などを記した詳細な解剖図が貼られ、紙切れのメモがその周囲を、びっしり埋め尽くすように画鋲で留られていた。
……帝國大工学部のシマ・ハガネ博士。専攻は機械工学の分野で注目を集めている「人形重機」の研究だ。
人形重機とは読んで字の如く、人形の作業歩行機械の通称である。要するにトラックやブルドーザーといった重機に、機械の手脚を取り付けた乗り物。
遡ること十数年前、某国の万国博覧会で世界初の人形重機が発表された。当時は奇妙奇天烈な発想を笑う者が多く居たし、当のハガネでさえ「重機に足を生やすのは非合理的だ」と呆れるほど、見向きもされなかった。
しかし技術革新が進み、秘められた長所が明らかになるにつれて、列強各国はこぞって人形重機の開発に乗り出した。
ハガネもまた、その時流に乗るような形で研究に身を投じた一人であり、数年前からは親友で陸軍技術士官のセイタロウと共に「災害救助」用の人形重機の共同研究に取り組んでいた。
……さて、ハガネはカップを置くと落ち着き払った声で言った。
「本格的に戦争をするんだな、この国は」
西側の窓からさす夕暮れの陽光が二人を茜色に染める。セイタロウは目を瞑り、ゆっくり頷いた。
「そう遠くないうちに議会へ法案が提出される。長らく水面下で調整されていた、人的、物的、凡ゆる資源を政府が統制運用できるようにする法案。当然、科学技術の軍事部門への転用も含まれている」
「国家総動員。戦時体制への突入か」
ハガネはふっとため息をつく。
「そもそも僕だって偉そう言えるクチでは無かったな。軍に協力する時点で、いつかこういう日が来ると覚悟していなければならなかったのに。災害救助、人助けだのと免罪符を並べて、現実を見ないように顔を背けていたんだ。セイタロウ、さっきは済まなかった」
ハガネは小さく頭を下げた。
「それこそ私とて、君に『気にするな』などと上から言える立場ではない。しかし……」
セイタロウは作業台のノートを手に取り、頁を開くと、白い紙面に描かれたラフスケッチが表れた。
戦車じみた履帯つきの車体に、背中を丸めた前傾姿勢で鎮座する巨人の上半身。長い腕の先に生えた手は三本指の鉤爪で構成されていた。
「心の底から残念に思う。あと少し、ほんのわずかでも時間が残っていれば、試験運転に間に合ったのに。アレをお披露目できたら誰もが有用性を認めただろう。開発を続けることもできただろう」
「こいつは……試製27號はどうなる?」
「解体だ。残念だがね。その前に目ぼしい部品は外しておくよ。次の機会の為に」
「機会……それは兵器作りの機会か?」
複雑な面持ちでハガネは目の前の親友を見やる。対するセイタロウは、また貴族じみた上品な微笑を作った。
「これでも軍人の端くれだ。己の使命は全うしなければならない。だが、真正直に仕事をするつもりもない。私のやり方でやる」
そう言うと、士官服の懐から折り畳んだ薄い紙を取り出して、ハガネの前で開いた。
「下書きだが殆ど仕上がっている。あとは役人の言語で、もっともらしく清書するだけ」
上申書と題されたその書類にハガネは目を通す。だんだんと眉間の深い皺は浅くなり、顔を上げた時には間の抜けたような、呆れたような面持ちになっていた。
「特殊科学材料および兵器工学研究部門。秘密兵器開発に従事する……『第26號特務機関室』?」
「諜報畑の大佐に発破をかけられた。敵を出し抜く、秘密兵器の開発部隊を作らないかとね。私はZ機関と呼ぶことにした。公には存在しない、二十六番目の機関室」
26という数字と、26番目の文字「Z」を掛けているのだろうか。などとハガネは考えた。
「ありったけの予算と、誰にも文句をつけさせないコネはキッチリ抑えた。次は全国を回って多くの仲間を募る。私とリサさん、それにお前と奥さん……ホムラさんもね。その他にも声を掛けたい人材はたくさんいる」
セイタロウは敢えて厳かな態度を保とうと、声の調子を抑えていた。しかし親友の目は、無理に興奮を抑えているのを見逃さなかった。
「何をするつもりだ?」
敢えて問うと、セイタロウはニヤリと笑って答えた。
「世界平和とほんの少しの浪漫のため」
……やがて結成されたZ機関は究極の秘密兵器を生み出した。最先端技術の集大成ともいえる歩行型作業器械「人形重機」を用いた、決戦用巨大人型兵器。
重機動特車試製28號。
仮に実戦投入されていれば、戦局を一挙に覆したであろう恐るべき人型兵器は、世界中に未曾有の大被害をもたらした大界震によって全損。その残骸は研究所とともに爆破処分された。
そして一連の後始末を終えたZ機関もまた、終戦を待たずして解散して歴史の闇へと消えた……筈であった。
終戦から十五年。長い年月を経て人型兵器は蘇った。新たなる使命を与えられた正義の執行者、ゴウライオーとして!
……
……現在。
〈ヒノキ11号から指令部へ。くろがね鬼出現、くりかえす。くろがね鬼が出現した〉
黒煙漂う空を周回する治安警察のオートジャイロ。操縦士の眼下に広がる工場地帯は、輝く赤い炎と濃ゆい黒煙が渦巻く、正に地獄のような世界と化していた。
そして『奴』はたったいま、曇天広がる空高くから、地獄の中に飛び込んできた。
ドクロを模した頭部から二本の角を生やし、鬼の口を模した赤い面頬で口元を覆った、悍ましい顔。赤と黒、二色の装甲を重ね合わせた無骨かつ堅牢な鋼鉄の巨人。
世間を賑わす謎の人形重機、人は彼ないし彼女を「くろがね鬼」と呼んでいた。
一方、くろがね鬼内部の操縦席では、操縦者であるサエグス・マキナが、余裕に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべていた。
「ゴウライオー、推して参る!」
足元のフットペダルを踏んで、くろがね鬼もといゴウライオーを前進させた。
ゴウライオーの開発責任者で、セイタロウの娘でもあるマキナは、ゴウライオーの半身となって戦いに身を投じる。
ある時は世界を股にかける強盗団、またある時は怪獣を相手取り、正義の鉄拳を振るってきた。
そして今日も新たなる脅威と対峙している。
敵は二体。ゴウライオーと同じ人形重機と呼ばれる作業機械の一種で、片方は全身赤色、もう片方は青色であった。
全長は二十米超のゴウライオーよりも頭一つぶん大きく、その外観は岩場のヒトデを直立させたような奇怪な星形だった。
ゴウライオーはその内の赤い方へ肉薄、ショルダータックルをかました。球状の肩パーツが張り巡らされた鱗模様のパネルを砕き、後方へと吹き飛ばしてしまう。
(うん?)
ぶつかった感触に違和感を覚えながらも、マキナはすぐに背後へ注意を向ける。
その間に青いもう一体がゴウライオーの後方へ回り、不意打ちを仕掛けようとしていた。
ぶうんと体を振り回して、三角の頭頂部をぶつけてくる。
ゴウライオーは咄嗟に腰を捻って腕で受け止める。遠心力の乗った一打はコックピットにまで衝撃をもたらし、ゴウライオーの両足をも浮かした。しかしマキナは動じることなく姿勢制御、二撃目を喰らわぬよう前に出て組みついた。
くびれた胴体部に両腕を回して密着。そのまま押そうとするが、敵側も負けじと押し返してきた。周囲の建物にぶつかり、壊しながらの揉み合う両者。
「ふむん。パワーは互角か」
そんな中、先ほど吹き飛ばされた赤い人形重機が両腕を広げて腹を突き出す。
腹部の開口扉が左右に解放して、中から青白い光弾が吐き出された。
高速で飛ぶ光弾はゴウライオーの背面や、まだ無事だった建物などに続々と命中。建物は木っ端微塵に砕けちり、ゴウライオーの背中も無数の爆炎に包まれていく。
小型モニタに映されたゴウライオーの背中が赤く点滅、被弾していることを伝えてくる。頭上のニキシー管まで割れ出して、火花まで降ってきた。
「そこそこ不味い展開だな」
機内が大いに揺れて、天井からも火花が降ってくるにも関わらず、マキナは不敵な笑みの仮面を外さない。
彼女は砲撃を受けながらゴウライオーの体を回して、青い人形重機との立ち位置をぐるりと入れ替えた。
赤い人形重機が砲撃を止めた。このまま撃てば射線上に入った味方機に当たってしまう。その一瞬の躊躇にマキナは賭けた。
「今だ!」
操縦席前面の薄いガラスケースに拳を叩きつけた。小さな拳がケースを砕き、中の赤いボタンを押し込む。
『緊急強制排熱』
天を仰いで吼えるゴウライオー。その全身から真っ白い蒸気が勢いよく噴き出した。
その圧力は凄まじく、組み合っていた青い人形重機がのけぞりながら弾かれた。そればかりか周囲の残骸は木の葉のように舞い散り、建物を包んでいた火災までも、跡形もなく消し飛んでしまった。
青い人形重機は、砲撃中だった赤い味方機の元へ落下。避けきれなかった赤い人形重機が下敷きになってしまう。
二体は起きあがろうとジタバタもがくものの、柔らかい四肢が絡みあい、余計身動きが取れなくなってしまう。
勝機を見出したマキナはゴウライオーの脚部ブースターを点火、スロットル全開で突撃する。
「くろがねの鉄拳、味わうと良い」
右の二の腕を覆う厚い装甲板がせり上がり、腕内の大型タービンが高速回転を始めた。
肘側から吸い上げられた空気がタービンの中で急速に圧縮される。
マキナが球形型の操縦桿を大きく振り下ろすのに合わせて、ゴウライオーも剛腕を力強く振るった。
「
ゴウライオーの拳が青い人形重機の胴体にめり込むと同時に、圧縮空気が極太の槍となって突き放たれた。
空気の槍は折り重なった二体の人形重機の体を容易に貫き、真下に大きなクレーターを生み出した。
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