禁じられたいのち-終



「やりやがった」

 世界が静寂に包まれる中、ニワサメが呟いた。

 ゴウライオーとヘグイの戦いに幕が降りた。

 人々は輝く朝陽を背中に受けて立つ勝者を唖然と見つめ……やがて安堵の声をあげる。

 ゴウライオーは喜び勇んで河岸に集まってきた人々をしばし見下ろした後、脚部ロケットブースターを点火、空に向かってゆっくり上昇を始めた。


「に、逃がすな。奴を逃してはならん、絶対に捕まえろ!」

 治安警察の指揮官は破れて脱げそうになった制服を引きずりながら、声を荒げて走る。その後ろを渋々ついて回る部下たちも、皆ボロボロだった。


 そんな彼らなどお構いなしにゴウライオーは空の彼方へと飛び去ってしまう。

「待てぇ、くろがね鬼! つ、次は絶対に貴様を逮捕してやるうぅ!」

 やいのやいのと騒ぐ治安警察の一団を、セイタロウは遠巻きに眺めていた。


「元気ならこっちを手伝って欲しい所なんだがなぁ」

 苦笑混じりにボヤいていると、センバ大尉と副官が駆け足で近付いてきた。


「報告します。災害支援本部の設置、完了しました」

「ご苦労さま。それでは出しゃばるのはここまでにしよう。門外漢が偉そうに指図して済まなかったね、センバ大尉。協力に感謝します」

 無線機を返しながら礼を言うセイタロウ。センバ大尉は頭を振って答える。

「いいえ。今の自分にできる仕事をしたまでです。閣下と同じように」

 セイタロウはマキナが戦っている間、一人の将校として振る舞っていた。


 支援部隊の派遣要請、ガレキ撤去や救助に使える器材を保有する各部署への協力依頼、物資の供出手配等等……。

 借りた無線機を使い、思いつく限りの味方へ通信を試み、支援を引き出していたのである。


「何だか横紙破りのようなことをしてしまったが、うーむ……今更になって後が怖くなってきたぞ」

 セイタロウはポリポリ頭をかき、それから話題を逸らした。


「それより君たちは戦闘任務が終了したのだろう。帰投しなくて良いのかい?」

「何を言うんですか。最後の一人を助け出すまで、我々の任務は終わりません。それでは!」

 センバは綺麗な敬礼をすると、また足早に駆け去っていった。別れの言葉を掛け損ねたセイタロウに、残っていた副官が風呂敷包みを渡す。


「どうかこれを。閣下をそのままのお姿で帰したとあっては、駐屯地じゅうの笑い者になってしまいますので」

 ヒビの入ったサングラスの奥で目を細める副官。彼もまた敬礼した後、大尉の後を追いかけていった。


 残されたセイタロウは風呂敷包みを開けた。包まれていたのは新品のシャツに綿のズボンであった。

 セイタロウは姿の見えなくなった二人に小声で礼を述べた。

「ありがとう。どんな勲章よりも、ずっと嬉しいよ」


 ……


 脅威が去ったことで、高台に避難していた人々も引き揚げ始めた。

「オトギ先生は、これからどうなさるおつもりですか?」

 シキは帰宅する人々の列をボンヤリ眺めるオトギに尋ねた。


「わからない。何も分からない」

 オトギは弱々しい声を発した。

「あちこちを駆け回って、気が付いたら騒ぎだけが大きくなって。そうしたら、あんな怖い怪物まで出てきて……ただ流されている内に、終わってしまったというか……」

 松の幹に背中を預けて座るオトギ先生の青白い顔は、すっかり疲れ果てていた。


「大きな何かに振り回されたような……自分の知らない、別の誰かが主人公の物語に巻き込まれてしまったような……ごめんなさい、これ以上は何も考えたくないわ」

 シキは無言でオトギ先生の側に腰を下ろすと、彼女を優しく抱きしめた。


「ありがとう。でも大丈夫よ、あんまり泣きすぎて、涙は流れてこないから」

 少女の腕の中でオトギ先生は消え入りそうな声で言うのだった。


 そんな二人を、ニワサメは憂うような目で遠くから見守っていた。

 掛けるべき言葉が思いつかず、しばし佇んでいると、何やら後方が賑やかになってきた。

 振り返ってみると、帰宅者の列と入れ違うように、騒がしい一団が登ってきていた。


 カフェー雨雀のマダム・ヒバリと従業員達。夜の世界に相応しい装いが、すっかり汚れて見窄らしい有様になっていた。特に先頭のヒバリは、髪は乱れ放題、顔は真っ黒い煤まみれで上物だったドレスも破れてしまっていた。


「アンタかい。ヨモツの周りを嗅ぎ回っているとかいう探偵くずれは?」

 不機嫌に煤まみれの顔を歪めるヒバリ。嫌な予感を覚えたニワサメが後退ろうとすると、既に巨漢のボーイ二人が後方に回り込んでいた。


「あの子は大切な身内なの。妙な真似したらどうなるか、探偵くずれならよぉく知っているだろう? それとも知らないってんなら……」

 いきなり凄んできたヒバリに、ニワサメは慌てて弁解する。

「待ってください! じじ、実はですね、どうやら彼女の容疑については、その……」

 じとー。雨雀の面々が注ぐ視線の数々に、ニワサメは素早く白旗をあげた。


「彼女は潔白だと分かりましたので、調査は中止します。手を引きます! だから怖いことしないで下さい!」

 途端に従業員たちは表情を明るくさせて、互いに喜びあいだした。

「彼女の処遇を決める権利なんて俺にはないんだけど、もうどうにでもなれ」

 自棄を起こすニワサメに、ヒバリが寄ってきて肩を叩く。

「ありがとうね。今度は客として来ておくれよ、オニイサン」

「は、はは……またの機会に」

 オトギのもとへ歩いていくヒバリのなだらかな背中に、ニワサメはひきつった笑みを浮かべて言った。そして雨雀の一団から逃げるようにそそくさ階段を降りた。


(さすが赤線地帯の駆け込み寺……あの迫力は本職顔負けだ……)

 中腹も過ぎた頃、また見覚えのある顔と出会した。

 サエグス・マキナだ。こちらもよほど大変な目にあったのだろう、瀟洒な男もののスーツは泥だらけで、オマケに風にのって異臭までほんのり漂っていた。


 そんな彼女へニワサメは敢えて憎まれ口を叩く。

「なかなか立派な格好じゃあないか」

 自分を置いて先に逃げたのだ、これくらい言ってもお釣りがくる。対するマキナは肩をすくめて苦笑を返した。

「お褒めに預かり光栄だね。シキくん達は上にいるのかい?」

 どうやら謝る気はないらしい。多少のムカつきを覚えた後、彼女の言動に違和感が込み上げてきた。


「……シキちゃんもオトギ先生も上にいる。だがどうして、俺が二人と一緒だと思った?」

 ソフト帽子の下で目を細くするニワサメに、マキナは不敵な笑みを作って返す。

「怖い顔しないでおくれ、保険屋くん。これでも君を信頼しているんだぜ。君だったら単独でもシキくん達と合流しただろうし、こんな状況にもなれば、無事に安全な場所まで運んでくれるだろうと」

「数えるほどしか会ったことない人間を、よくもまあ買い被るもんだな。根拠も無しに」

「あるさ。互いにスリルある冒険を共にした、一度ならず二度も。仲間と認め合うにはそれで充分じゃあないかね?」

 マキナはすっと手を差し伸べてきた。握手のつもりらしい。


 ニワサメは無言でポケットに手を突っ込んで階段を降り始める。握手拒否の意思表示だ。

「つれないぞ、保険屋くぅん!」

 不満をぶつけるマキナ。

「当たり前だ。お前……臭うんだよ」

 すれ違いざまに言い捨てて、ニワサメは去っていく。その背中を見送りながら、マキナは「レディに向かって臭うは無いだろう」と、口を尖らせた。


 やがてニワサメの姿も見えなくなると、彼女は眼下の街並みへ顔を向けた。

 廃墟となった街、風に乗って運ばれてくる焦げた臭い、空気を震わせて聞こえてくる悲しみの声の数々。

 よもや、十五年前に見飽きた筈の光景をまた見ることになるとは。


(この事件の発端はオトギ先生には伝えられないだろう。お父上の研究、歪んだ愛とそれが招いた結果、そして妹さんのことだって…… たとえ現実だったとしても、彼女にとっては重すぎる)

 細面からは笑みが消えて表情は深刻な影で暗くなっていた。


(笑わせるじゃあないか、サエグス・マキナ。お前の『正義の味方ごっこ』は、あまりにも無力だぞ)

 マキナは拳を硬く握りしめた。

 十五年前。あの大界震の日、確かに決めたのだ。


 一つでも多くのいのちを救う。一つでも多くの悪事を止める。

 たとえそれが、一族郎党を巻き込んで、悪事に片足を突っ込んだ「正義の味方ごっこ」であっても。


 たとえそれが戦争の影で作られた悪魔の力、即ちゴウライオーを使ってでも。

 たとえ禁じられたいのちとはいえ、この手で奪ってしまっても……止まってはならない。


 決めたからには目の前の道を進むだけだ。

 マキナは小さくため息をつき、また階段を上っていった。


(了)



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