禁じられたいのち-11

〈こちらTHK実況放送班であります。我々がいる電波塔に巨大生物が迫ってきました!〉


 電波塔から逃げ遅れた報道班の一部は破れかぶれの中継を続行していた。アナウンサーは眼前に立つ巨大生物を見上げながら、汗ばんだ蒼白顔で裏返った声をマイクに載せる。


〈もはや退避する時間も有りません。どうやら我々の命はここまでのようです! サヨナラ、皆さんサヨナラ!〉


 止まる気配のないヘグイの足元ではニワサメは咄嗟に二人を覆い隠すように庇う。

「クソ。間に合わねえ!?」

「嫌あぁ!」

 悲鳴をあげるオトギ。シキも目を瞑り、マキナの顔を頭に思い浮かべる。

(ごめんなさい、お嬢様)

 ヘグイの大きな足が三人の頭上へ迫ろうとした、次の瞬間……。


 號ッ!


 空気を震わせる物々しい轟音と共に、黒い塊がヘグイにぶつかった。

 突然の奇襲にヘグイが真横へ吹き飛ぶ。そして彼女が居た位置には、黒い塊が片膝をついて着地していた。

 突然の乱入者に人々は驚愕する。彼らの眼前でソレは、全身から白い蒸気を吐きながら、やおら立ち上がった。


 ドクロを模した頭部から二本の角を生やし、鬼の口を模した赤い面頬で口元を覆った、悍ましい顔。赤と黒、二色の装甲を重ね合わせた無骨かつ堅牢な……鋼鉄の巨人。


「くろがね鬼?」

 呆気に取られながらもニワサメがその巨人の名を口にする。

 まるで彼の呼び声に応えるように、くろがね鬼と呼ばれた巨人は、ひと際派手に白い蒸気を噴いた。


「おイタが過ぎたようだね、お嬢さん!」

 くろがね鬼のぶ厚い胸部深くに設けられた機械だらけの操縦席に、サエグス・マキナのよく通る声が響き渡った。


 ヒュロロロロオオォ。

 號ッ!


「お転婆なお嬢さん。ここからは僕たちがお相手しよう」

 投影装置内蔵ゴーグルを被ったマキナは、補助モニタに小さく映ったシキたちを一瞥。

 すると、いつも貼り付けている不敵な笑みを消すと、冷たく深刻な顔付きで呟いた。

「遅くなってしまって申し訳ない、シキくん……でも、もう大丈夫だからね」


 またすぐに口角をつり上げて余裕ぶった表情を作り直すと、フットペダルを素足で踏み、くろがね鬼を前進させた。

「まさか。ヤツと戦おうってのか」

 驚愕するニワサメの横でシキは静かに祈る。本当であれば、心の底から応援の声を張り上げたい。だが非合法な自分たちの正体は決して悟られてはならない。この矛盾する状況で、シキは精一杯、心の中で叫んだ。


(お嬢様。どうかご無事で!)


 マキナは操縦桿を大きく振りかぶりながら、ヘグイに真正面から突っ込んだ。

 世間を騒がす鋼鉄義賊、神出鬼没の巨大人形重機くろがね鬼。

 その名は……。

「ゴウライオー、推して参る!」


 ……


「なんということだ」

 対岸を見ていたセンバがうめくように呟く。

 彼の目に映るのはヘグイと、それを正面に見据えて身構える黒い巨大人形重機、通称くろがね鬼であった。


「勝てるのか?」

「それは戦ってみないと分からんね」

 突如、横から声が飛んできた。振り向いてみると、汚れた服の男が立っていた。

 胡乱な目つきで睨んだセンバであったが、男の正体に気付くや、慌てて気をつけの姿勢をとる。


「サエグス中将閣下!? なぜここに、いやそれよりも……」

 センバは鼻腔に入ってくる異臭を堪えんと顔を強張らせる。臭いのもとが濡れた男、つまり上官のセイタロウであるだけに、下手な反応はできなかった。


「済まんな。この一連の騒ぎでに落っこちてしまった」

 セイタロウは苦笑いを作りながら、岸辺で沈みかける即席筏を隠すように、立ち位置を変えた。

 地下水路に取り残されたセイタロウとマキナは即席の筏を作り、ヘグイが脱走した生簀から脱出したのだ。水路の汚水を渡ってようやく地上に出た頃には、二人の服はすっかり汚れてしまっていたのである。


 ……そんな裏事情があるなど知るはずもなく、ポカンとするセンバ。そんな彼にセイタロウは言う。

「それよりも君、ええと……」

「第一中隊のセンバ大尉であります!」

「うん、センバくん。大変な目に遭ったばかりで申し訳ないが、無線機を貸してくれないか。駐屯地へ増援を要請したい」

「増援……でありますか?」

 訝しげに訊き返すセンバに、セイタロウは真面目な面持ちで答えた。

「我々にあの二体を止めることはできない。ならば、今この瞬間も助けを求めている市民の救助を急ぐのが最善と思うんだよ」


 ようやく我に返ったセンバは無言で敬礼を返すと、無線機を探すために駆け出した。

「無線機だ。大至急持って来い!」

「……ついでに着替えを頼むんだった」

 遠ざかるセンバを見ながらセイタロウは呟くと、対岸の光景へ顔を向けた。


 地平の彼方から顔を出し始めた朝陽を受けて、ゴウライオーがヘグイとがっぷり四つで組み合っている。


(見えているか、シマ。おれ達で作り上げたゴウライオーの姿が)

 Z機関が大戦の最中に生み出した決戦兵器。敵地に単身殴り込み、無敵の強さで破壊の限りを尽くす恐怖の産物。

 その名も、重機動特車試製28號。

 本来であればヘグイ同様、陽の目を浴びることなく歴史の闇に葬られる筈だった。


 だが長い刻を経た今、28號はゴウライオーとして生まれ変わり、サエグス・マキナという新たな半身を手に入れて復活した。

 迫り来るあらゆる脅威から人々を守り、跳ね除ける、正義の執行者として!


(頼んだぞマキナ。ゴウライオー!)

 セイタロウは拳を握りしめ、娘が己の手足のように駆るゴウライオーの戦いを熱い眼差しで見守るのであった。


 ……


「なかなか上手なダンスだね!」

 軽口を叩きながら、マキナは小刻みに操縦桿やフットペダルを動かして、ゴウライオーの姿勢を調整する。

 取っ組み合いを続けるゴウライオーとヘグイ。足元の住居や建物を蹴飛ばしながら、両者の戦いの舞台は公園から魑魅川沿いの船着場に移った。


「力強いステップだが、足元がお留守だぞ!」

 マキナはリズムを変えてゴウライオーの片足をヘグイのスカートの下へ滑り込ませた。

 そして機体を斜めに傾かせつつ、彼女の長い首へ巨腕を回す。


 ぐわんと、ヘグイの体が浮いたかと思うと、そのまま魑魅川の中へ投げ込まれた。水柱が上がるほどの勢いで首投げを食らったのだ。

「君も魑魅川で楽しい水泳に興じるんだね」

 脱出の際に服を汚したマキナは、びしょ濡れの靴を脱ぎ、ズボンを膝までまくっていた。それでもこびりついた悪臭は拭えず、操縦席は悪臭に包まれていた。

 そのせいもあってか、マキナは平静を保つ為、必要以上に独り言を口にしていた。


 川の中からヘグイの顔が浮かぶ。危険を察知したマキナが行動するより早く、ヘグイの口から細い水柱が噴きだした。

 凄まじい衝撃がゴウライオーの胸に当たり、後ろにのけぞらせる。二、三歩後ずさりしていると、また更に水を噴いてきた。

「まずい!?」

 咄嗟に手元のスロットルレバーを前に倒し、両足のフットペダルを同時踏み。操作に連動して、太い足首の内側に搭載しているロケットブースタが点火。


 真上に跳び上がって回避するゴウライオー。その足元を潜って飛んでいった水鉄砲は、電波塔をも通り過ぎて、後方に建つ銭湯の大煙突に命中。

 一本の槍のように飛んできた水を浴びた煙突は中腹からポッキリ折れて崩れた。


「ぞー……」

 その様子をサブカメラで見届けたマキナは、不敵な笑顔の仮面を貼り付けたまま、口の端をひくつかせた。

「ダンスの次は水遊びか……いや、冗談言ってる場合じゃないぞ、サエグス・マキナ」

 突如頭上で警報が響く。ゴウライオーの特殊電探が敵の攻撃接近を報せているのだ。


 振り返ってみれば、落下中のゴウライオーに水鉄砲が迫り来ている所だった。

(硬い物体さえ容易に砕く水流、マトモに食らい続けるのは危険が過ぎる!)

 マキナは四肢を広げて面積を増やし、ゴウライオーを強制失速させる。地上から押し寄せてきた水鉄砲を間一髪で躱しつつ、操縦席の天井にぶら下がるアーム付き照準器を下ろした。


 同時にゴウライオーの腰部内から、左右二門の砲口が現れた。艦艇用の四〇ミリ機関砲である。

 光学顕微鏡に似た照準器を覗き込むと、計測用目盛り付きの照準線と、その向こう側でパックリ口を開けるヘグイの姿が見えた。


 マキナは照準器の両側にある銃把を握り、即座に引き金を引く。

 ポンポンと小気味良い音を立てて、機関砲が砲炎をあげ始めた。オレンジ色の曳光弾が滑らかな弧を描き、ヘグイに降り注ぐ。


 多少は命中したようだが、ほんの少し傷をつけただけ。ヘグイは上空からの砲撃から逃れんと、川の中を泳いで逃げ始めた。

 体内の空気をスカート内から一気に噴射。まるで魚雷のように水中を高速で突き進む。その周囲に次々と水柱をあげて着弾する砲弾は全て躱されてしまった。


「どっちも滅茶苦茶やりやがる!」

 ニワサメたちは高台へ再度避難して、壮絶な戦の行く末を見守っていた。

「あの怪物、下流に向かってる。このままだとより都心に近づいて……」

「大丈夫です」

 キッパリとシキが断言する。訝しむニワサメとオトギが顔を向けるなか、シキは言葉を続けた。

「やってくれます。必ず」


「そうともさ。やってやろうじゃないか!」

 空中落下中のマキナは照準器をじわりと動かしながら、ヘグイの進行方向より先に十字線を合わせた。移動する物体に対する偏差射撃。誤差範囲を縮めんとフル稼働する電子計算機やジャイロセンサの力を借りて最適な位置に照準を定めた。そしてマキナは右手側のスイッチ盤に並ぶ色とりどりのボタンを掌で叩くように押し込んだ。


 ゴウライオーの両肩が左右へズレて、内部に格納されていた連装式発射装置が露わになった。装置にはそれぞれ片側に十二発ずつ、蓮根のような穴の中に赤い弾体が差し込まれていた。

「今度はロケット砲だと。どれだけの武器を積んでいる!?」

 ニワサメが驚きの余り声を上擦らせる。


 ゴウライオーが空中で姿勢を変えるや、左右合計24発の弾体が一斉に撃ち出された。

 白い軌跡を尾部から噴いて弓なりに飛んでいく大量のロケット弾。それらが落下地点に達したヘグイのもとへ続けに着弾していく。

 間断なく轟く爆音に、次々と立ち昇る水柱。その隙間でヘグイのあげる甲高い悲鳴が轟いた。


 ヘグイが苦しみながら魑魅川から陸へ飛び揚がる。青い体はボロボロに傷つき、スカート状の大きな皮も剥がれ掛けていた。

 着地したゴウライオーは最後のトドメを刺さんとヘグイに接近。頭部の二本角が光りだして、必殺のメーサー光線を放つ準備をしている。


 この時マキナは見逃してしまっていた。ヘグイが完全に上陸しきっていない事に。長く伸びた太い尾先が、未だ魑魅川の中へ沈んでいることに。


 バシャリと水音が響いた。水面から飛び出したヘグイの尾がゴウライオーの片脚に巻きつき、魑魅川へと引きずり落としてしまう。

「なかなか悪知恵を働かせる」

 不意打ちの衝撃に顔を歪めながらも、冷静にメーサー砲の発射を中止。次の手を予想して攻撃手段を切り替えた。


 川の中腹で起き上がったゴウライオー。右の二の腕を覆う厚い装甲板がせり上がり、腕を軸にするように取り付けられた大型タービンのホイールが、高速回転。肘側から吸い上げられた空気は二の腕の中で極限まで圧縮され、解放される瞬間を待つ。


 圧力を示す計器の針が動いていくのを横目に、マキナは球形型の操縦桿をいっぱいに引いた。対するヘグイもゴウライオーに飛びかからんと跳躍態勢に入っていた。

 この展開で来ると予想したマキナは、ゴウライオーに腕を大きく振り被らせたまま、その時に備えて待つ。


 戦いの決着は一撃で決まる。圧力が最大値まで到達し、針が振り切れ始める中、マキナは笑顔の仮面を脱いで真剣な眼差しをヘグイに向けた。


 やがて、ヘグイが長い尾で地面を蹴り、前へ跳んだ。同時に体内の空気を噴いて加速、瞬く間にゴウライオーの眼前まで距離を詰めた。

 大顎をぱっくり開き、ゴウライオーの首へ噛みつきにいく。この瞬間、彼女の胴体は全くの無防備となった。


 ゴウライオーの体が前に傾ぐ。振りかぶっていた腕は風を切って唸り、鉄拳が纏わせた風圧は川の水面を裂きながら突き進む。

 ゴウライオーの鉄拳はヘグイの鳩尾へ直撃。メリメリ音を立てて皮を、肉を抉っても尚、勢いは止まらない。


螺旋衝激拳スパイラル・インパクト!」


 號ッ!


 マキナとゴウライオーが同時に吼えた瞬間、タービンで極限まで練り込まれた圧縮空気が、拳を伝って放たれた。

 空気の槍がヘグイの胴体を穿ち、背中へと突き抜けていく。大穴は瞬く間に縦横へと広がり、やがてヘグイの全身を木っ端微塵に砕いて吹き飛ばした!

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