禁じられたいのち-9
……それは突然のことだった。まもなく長い夜が終わり、まもなく明け方を迎えようという時に、トンビ一家が雨雀へ襲撃を仕掛けてきた。
まずは定石通りに正面玄関へトラックで突入。海兵隊よろしく降り立ったトンビ一家構成員たちが、ボーイや店員へ向けて発砲したり、ドスを振り回すなど暴れ始めた。
更に正面突破と同時に地下からも侵入が行われた。彼らは鷹の街の足元に張り巡らされた地下水路の壁を壊し、入り込んできたのである。
襲撃の報せを受けて、マダム・ヒバリは従業員達を二階のホールに集めていた。
咥えたタバコが燃え尽きそうになるまで一気に吸い、それから口や鼻、そして耳からも、まるで蒸気機関車の如き勢いで吐き出す。
「お客さんたちを帰した後で良かったよ。店で怪我をされちゃあ堪らんからね」
「階段、エレベーター、すべてバリケードで塞ぎやした。いつでもやり返せますぜ!」
眼帯をした髭面のボーイがニカっと笑いながら足元の棺桶の蓋を開けた。中にみっしり詰まっていたのは、種類は雑多ながら手入れの行き届いた銃火器に刀剣類であった。
「お前たち。雨雀に手ぇ出したらどんな目に遭うか、しっかり教えてやるんだよ!」
マダム・ヒバリは皆を鼓舞する様に叫びながら、自らもマ式大型拳銃を二丁、両手に持った。
しばらく後、階下でひと際大きな銃声が轟き始めた。音の主は中央階段に設けられたバリケード……に設置した重機関銃だった。
山のように積まれた土嚢の隙間から眩い砲炎を吐き散らすのは、アメリクス製のカリバーン50口径重機関銃だ。
「遠慮は要らねえ。浴びるだけ喰らいな!」
押切式のトリガーを押して弾幕を張る、丈の短いスカートを履いた女給。亜麻色の巻き毛に西洋風の見目麗しい見た目ながら、床に胡座をかいて撃ち続ける姿は、正に豪快そのものだった。
やがて弾丸を全て撃ち尽くすと、傍らに控えていた大人しめの着物少女が、弾薬ベルトの装填を始めた。予備のベルトを首に提げ、護身用に被った鉄兜にはアメリクス語で「
「蜂の巣になりてえ奴から前に出てきなあ!」
……各所で武装した雨雀の女給やボーイ達が反撃を始める中、ヒバリもオトギ先生を守るため、建物内を逃げ回っていた。
予め教えられていた裏口にたどり着き、外へ出ようとしたその時、トンビ一家のギャングどもが追いついてきた。
「ヨモツがいたぞ。兵隊をこっちに回せ!」
シキは躊躇なく指示役を飛び蹴りで沈黙させると、そのままギャングたちと対峙する。
「オトギ先生。この人たちを片付けるまでの間、絶対に動いちゃダメですからね」
着物の袖をまくって素早く襷を掛ける。闘志に満ちた双眸を光らせると共に、心を落ち着かせて身構えた。
そんな少女に十人以上のギャング共が一度に襲い掛かり……あっという間に返り討ちにされた。
巨漢の男は執拗に繰り出される膝蹴りで肋骨全てを砕かれ、小柄なナイフ使いは顔面が陥没するほどの鉄拳で吹き飛ばされる。
二丁拳銃を乱射してオトギ先生の頬に小さな擦り傷をつけた不届者に至っては、両肩の肩関節を力任せに剥がされた挙句、硬い床めがけて脳天から真っ逆様に叩き落とされた。
悪鬼羅刹など生ぬるい、凄まじい猛攻を震えながら見守るオトギ。
そんな時、非常口の扉が開いた。振り向くと、口から真っ赤な血をこぼす柄シャツの老人が、ボンヤリ突っ立っているではないか。
オトギは悲鳴をあげた。老人はトンビ一家の総長、つまり自らの抹殺を命じた張本人だったからだ。
腰を抜かしながらそれでも必死に逃げようとするオトギだったが、直ぐに違和感に気付いた。
襲ってこない?
おそるおそる見直してみると、総長は心ここにあらずという風体で目の焦点も合っていなかった。
そして総長はヨタヨタ進んだ後、倒れてしまった。うつ伏せになった彼の後ろ首には細長い針が刺さっていた。
「え? ええ?」
オロオロ狼狽えていると、青年が一人、血相を変えて入ってきた。
「大丈夫か。人が入ってきたのが見えたけども」
もじゃもじゃ頭の上にソフト帽を被り、よれた背広を着た青年。保険調査員のニワサメだ。
突然の乱入者に悲鳴をあげるオトギ。彼女を宥めるように、ニワサメは膝をついて話しかける。
「オトギ先生だろう、あんた。安心してくれ俺は味方だ。そっちのシキちゃんの加勢……」
振り向いたニワサメの顔が固まる。シキはとっくにギャング達を制圧しており、再起不能に追いやられた男達があちこちに倒れていた。
「……に来たんだけど、必要ないみたいね」
もじゃもじゃ頭をかいて困惑するニワサメ。
一方のシキも、ニワサメの登場に気付いて振り向いてきた。
「ニワサメさん。どうしてこんな所に?」
「いやあ、なんだ。トンビ一家が急に雨雀を襲い出したと聞いてさ。もしかしてと思って来てみたワケ」
「そうでしたか」
シキはオトギ先生に近づき、優しく抱きしめた
「もう大丈夫ですからね、先生。怖がらなくて良いんですよ」
「そ、総長さんは死んでいるんですか?」
シキの太い腕に抱かれながら、オトギはうつ伏せになって倒れている総長を見やる。ニワサメはそっと総長の太い首に手を当ててみた。
「あー。一応は生きてる。失神してるみたいだが、どうする? トドメ刺しておこうか?」
「ひいっ!?」
オトギは悲鳴をあげて、シキの大きな体に抱きつく。反対にシキは酷く落ち着き払ってニワサメに質問を投げた。
「この人に何があったんです?」
「サッパリ見当がつかん。俺もいま来たばかりでな。周りに別の誰かが居た風でもなかったし」
詮索はそこで途切れた。今は一刻も早く脱出しなければならないと、シキはオトギを抱き上げて非常口から出て行く。
その後ろ姿を注意深く見ながら、ニワサメは密かに総長の首から長針を引き抜き、帽子のつばに刺して埋めこんだ。
(恨むなよ、こっちも仕事なんでな)
普段の彼を知る者が見たら、思わず息を呑んだであろう。ニワサメの顔に表情はなく、双眸には凍てつく程の冷たい光が宿っていたのだから……。
……
「何だと! オヤジと若が!?」
地下水路から奇襲を仕掛けた別働隊に動揺がはしった。兄貴分のギャングは、報告に来た手下が続きを言うのを顔を青くして待つ。
「お、オヤジは雨雀の裏口で、若の方は町内の空き家で。どっちも息はあるみたいですが、ちっとも起きねえんです」
「どうするんすか、アニキ。これじゃあ戦争どころじゃねえっすよ」
トンビ一家の面々は武器を持った手を下ろし、互いを見合う。前代未聞の事態に対して、どのように対処すれば良いのか、全く考えが浮かんで来ないのであった。
「駄目だあ。地上に突っ込んでいった奴ら、みんな機関銃で蜂の巣にされちまったあ!」
鉄砲玉の手下がドタバタ転がるようにやって来た。
ここが潮時なのか?
兄貴分が「撤退」の二文字を口にしようとした、正にその時であった。
ヒュロロロロオオォ。
地下水路に壊れた笛の音のような音が響き渡った。灯りがなければ足元さえ見えない状態で、ギャング達は懐中電灯やランプを手に辺りを見回し始める。
「で、出てきやがれ!」
一人が威嚇するように大声をあげた。そこからはまるで、水面に波が広がるようにギャングたちが怒号をはりあげだして、見えない何かに対して威嚇する。
やがて兄貴分が水路の闇に向かって一発、散弾銃を放った。普通ならコンクリートの壁に当たり、甲高い音が出ていたであろう。しかし返ってきた音はヌチャリという肉が弾ける音と、女性の悲鳴にも似た、耳をつんざく獣の鳴き声であった。
「なんだ。何がいるって……」
兄貴分が散弾銃を構え直すと同時に、暗闇の中から『それ』は迫って来た。
……
「なんだあ?」
正面のエントランスで応戦中だった女給の一人が、徐に訝しみ始めた。
トンビ一家の攻勢がぱったり止んだのだ。
「マダムに報告。様子がおかしい」
などと言っている間に一人、ギャングが地下室へ通じる階段を、這うようにして昇ってきた。
着ていた服はボロ布同然に破れ、むき出しになった素肌は傷だらけであった。
女給たちが一斉に武器を構えると、そのギャングは喚くように助けを求めてきた。
「助けてくれ! バケモ……」
突如、彼の体に植物の蔓に似た青くて太い触手が素早く絡みついた。
触手の表面はヌラリと濡れてはいたが、よく見るとバラのような尖ったトゲがびっしり生えていた。それが絡み取ったギャングの肉に刺さって削り、血を流させる。
「嫌だ、死にたくない……母ちゃあぁん!」
そして赤子のように泣き叫ぶ彼を階下へと引きずり下ろした。
雨雀の面々は驚きつつも、身の危機を感じて素早く動いた。
そんな彼女らを急かすように雨雀の建物が激しく揺れ始める。
地震であれば身を隠し、揺れが治るまで待っただろう。だがこの真下から突き上げてくるような感覚は……。
「逃げて!」
次の瞬間、エントランスの床を突き破って巨大な青い錘状の植物が迫り上がってきた。
その植物は、まるで筍のように何層もの硬い皮で包まれており、厚いコンクリート片がぶつかろうともびくともしない。
尖った先端は鉄筋さえも容易にへし折り、ひたすら上を目指して伸びていく。その後を追うように続々と這い上がってくるのは、トゲに覆われた無数の蔦であった。
「この野郎!」
階段を死守していた巻き毛の女給は、カリバーン機銃で下から迫ってくる蔦の波を撃ちまくっていた。
ブチリブチリと青い体液を撒き散らしながら、蔦の群れがちぎれて行く。しかし蔦の勢いは止まることなく、絶えず下から這い上がってきている。
「キリがねぇぜ、こりゃあ……」
尚も迫り上がってくる蔦の波に女給は絶句する。対して傍らの給弾手を務めていた着物少女は冷静にダイナマイトの束に火をつけて投擲。踊り場を爆破して道を塞ぐと、呆気に取られる相棒の手を引いて撤退を始めた。
「みんな急いで、早く!」
ガラガラと音を立てて崩れ始める雨雀。落ちてくる破片を躱しながら、従業員やトンビ一家の生き残りたちが避難していく。
非常階段を滑り降りるように下ったヒバリは、崩れ行く己が居城と、その内側から現れた謎の巨大植物を唖然と見上げた。
「何なんだい、アレは……」
「分かりませんが、もっと離れないとまずいです、マダム。こちらへ!」
部下達に腕を掴まれて逃げるヒバリ。時を同じくして、別ルートから脱出したシキたちも、突如出現した巨大植物を茫然と見上げていた。
「筍の季節はもう過ぎたのに、デッカいのが生えてきたなぁ」
ニワサメがソフト帽子を脱ぎながらポツリと呟く。
「冗談言っている場合じゃあ無いでしょ!」
ツッコミを入れるシキ。
そんな時にオトギが指を差してうわずった声をあげた。
「見て!」
彼女が指さす先……尖った先端が動き出した。
明け方の白み始めた薄暗い空の下で、厚い皮先がメリメリ音を立て、開き始めたのである。
何層もの皮がまるで花びらのように開いていき、中には割れて真下へ落ちていくものもあった。そうして内側に隠れていた本体が露わになった。
それはワニを思わせる大顎を備えた頭部に長い首、無数の蔦が血管の如く絡みついた青く太い胴体とそこから生える、鉤爪とヒレを備えた三本指の前足。
全体を見れば決してこの世の生物ではないが、各部位はそれぞれ見覚えのある動物の形状をした、種が混じり合った異形の生物だ。
「あれは生き物、なんでしょうか?」
「まさか魑魅川の事故は……いや、そんな。そんな馬鹿な話があってたまるかよ!」
人間達が慄くなか、チシキノ博士が娘の細胞を元に生み出した異形の生物……またの名をヘグイは天空を仰ぎ、壊れた笛のような音色を空へ響かせた。
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