くろがね鬼-終
狂ったように打ち鳴らされる半鐘の音が、
巨大人形重機ダーゴンは、己より背の低い建物を踏み潰していきながら、街の中心部へと進んでいた。
海からやって来た鋼鉄の巨人に、住人達は悲鳴をあげて逃げ惑う。
町中の通りという通りは、たちまちの避難民で溢れ返って大混乱となった。
荷物を満載した大八車を引く者、年老いた老婆を背負って走る若者。着の身着のままで逃げ行く家族連れに、彼らを安全圏へ誘導しようと、群衆の只中で声を張り上げる巡査たち。そして、一人取り残されて泣き喚く小さな子ども……。
「ペポポポポ」
足元の阿鼻叫喚などまるで聞こえていないかのように、ダーゴンは規則的な速度で前進を続けていた。
それもその筈、ダーゴンは無線操縦式、ドクター・バイスの持つ操縦機から発せられた電波によって動く、意思なき怪物なのだから。
「とんでもない事になったぞ」
避難中だったニワサメは頭を掻きながら、苦い顔で言う。
「くそ。アイツら……目を離した隙にどこ行きやがった? 頼むから無事でいろよ?」
逸れてしまったマキナとシキの身を案じながらも、ニワサメは尚も遠くを目指して逃げるのであった。
……やがて、地元警察が反撃に打って出た。サーチライトを浴びせたダーゴンに四方から銃撃を加えていく。しかし、彼らが持つ小火器程度では、二十メートル級の人形重機など止められる筈もなく、弾が跳ね返る空しい音が響くばかりだった。
そんな中ダーゴンは唐突に足を止めて、両手を前に突き出した。
先端の三本指の手が高速回転、指先から次々と噴進弾が吐き出された。
噴進弾の雨は射線上の家屋を、ビルを、そして道路上の車を次々と吹き飛ばす。
「ダアアァッハハハアァッ! 良いぞぉ、その調子で暴れ回れ!」
操縦機をガチャガチャ動かすドクター・バイスは想像以上の戦果に狂喜していた。昂る感情は手下達にも広がって、今ではやんやと喜び合っていた。
「往生際の悪さはチンピラ以下だな」
……一方、サエグス・マキナは海岸沿いの道路に一人立っていた。
鋭い切長の双眸が無感情に前進するダーゴンの背中と、これまでに破壊された燃え盛る街並みを睨んでいる。
男装の麗人は、腕時計のリューズを押して中に沈ませる。すると表面のガラスケースが、チカチカと点滅を始めた。
「来い……ゴウライオー!」
腕を頭上に掲げると同時に腕時計が光った。
オオオ……。
沈みゆく夕日に染まった赤い海の果てから、くぐもった低い音が聞こえて来た。
続けて聞こえてきたのは、ごうごうと空気を震わせる重い音。それも次第に大きくなっている。
マキナは海の側へ振り返った。
赤い海面を裂くように、巨大な黒い影が低空飛行で迫ってくる。
影はまもなく二本の大きな脚で砂浜に着地。しかし移動する巨大な質量が直ぐに止まる筈がなく、そのまま大きな砂嵐を巻き起こしながら砂浜を滑っていく。その進行方向には腕を組んで立つマキナがいた。
……
避難中だったニワサメは、飛来してきた黒い影を、ぼう然と見上げた。彼と同じく、多くの避難民たちも我を忘れたようにポカンと見上げている。
赤黒い無骨な体に巨木のような太い四肢。そして二本角と鬼の口を模した赤い面頬を備えた、ドクロの顔。
くろがね鬼。
世間を騒がす謎の巨大人形重機はまるで人々の驚愕に応えるかのように、全身から白い蒸気を噴いた。
號ッ!!
厚い胸部に包まれた操縦席では、マキナが手際よく始動準備を進めていた。
左右の壁に付いているトグルスイッチやレバー、ボタン類を慣れた手つきで押した後、天井からぶら下がっている、パイロットゴーグルとヘッドセットを装着する。
〈お嬢様、聞こえますか?〉
耳のスピーカーを通じて、シキの声が聞こえてくる。
「勿論だ。シキ君、ヤツの動き、あれは無線操縦式だね。あのチンピラが何処かで操っているはずだ、発信源を探しておくれ」
〈畏まりました。逆探知に少しお時間を下さいませ。お嬢様……ご武運を〉
交信を続けながら計器類の数字を確認。各種センサの正常作動を認め、レーダーおよび火器管制システムの動作確認を進めた。
「さて。僕も混ぜて貰おうか」
正面のモニタに映し出されるダーゴンを、不敵な笑みを浮かべて睨んだ。
「なんだよ、アレ……いや、ビビる必要はねぇ。やっちまえ、ダーゴン・マークⅡ!」
バイスは突然現れたくろがね鬼に驚きながらも、リモコン操縦機を使って、ダーゴンを回頭させた。
くろがね鬼とダーゴン。燃え盛る街の中で二体の巨人が睨み合う。
「ゴウライオー、推して参る!」
足元のペダルを踏むマキナ。同時にくろがね鬼……人形重機ゴウライオーの足が連動して前進を始めた。
一歩、また一歩。ゴウライオーの前進速度が上がっていく。ダーゴンは両手を前に突き出して噴進弾の連射攻撃。
次々と飛んでくる大量の噴進弾に、ゴウライオーは真正面から立ち向かう。避ける素ぶりもなければ、腕で振り払うこともしない。厚い装甲は弾を明後日の方角へと弾き、炸裂した所で傷一つつかない。
「その程度の花火で、このゴウライオーが止まるとでも?」
球体型操縦レバーを力いっぱい振ると、ゴウライオーも彼女の動きに合わせて腕を振るい、大ぶりのパンチを放った。
文字通りの鉄拳が、ダーゴンの回転する左手にぶつかる。射撃中だったせいで、三本指内の砲腔に入っていた噴進弾が潰れて暴発。ダーゴンの左手が粉々に砕け散る一方、ゴウライオーの鉄拳は無傷。怯む隙さえ作らず、射撃を中断したダーゴンへ二撃目の鉄拳を見舞った。
寺の鐘を力強く打ったような鈍い音が響き、ダーゴンの右脇腹がひしゃげる。
「まだまだ倒れないでくれたまえ!」
マキナが左右のレバーを動かすと、ゴウライオーも蒸気をまとった息を吐いて連打を浴びせる。ダーゴンは防御すらままならず、一方的に打たれ続けた。
「ふむん。これで終いか、チンピラくん?」
「ンな
劣勢に立たされた犯罪者は充血した目を開け広げて、操縦機のスイッチを一つ押した。
するとダーゴンの魚のような口がぱっくり開き、粘度のある真っ赤な火炎を吐き散らし始めた。口の中に戦車搭載用の火炎放射器を仕込んでいたのだ。
「おおっと!?」
油断していたマキナは反応に遅れ、ゴウライオーは炎にまかれる。ナパーム混合燃料を至近距離から浴びても、くろがねの体が溶ける事はない。だが……。
「視界が……クソ!」
全身を覆い尽くすほどの炎の壁によって視界が封じられてしまう。その隙をついてドクター・バイスが仕掛けてきた。
「奥の手ってのはなあ、最後まで隠しておくモンなのさ!」
ダーゴンの両胸、腹部、そして腰の装甲板がめくれ上がり、大量の砲口と発射管が曝け出される。機銃、航空機用機関砲、速射砲、噴進弾、誘導弾発射器……。
「ポチッとな!」
火炎放射を止めるのと同時に全弾発射。
超至近距離から絶え間なく吐き出される銃砲弾がゴウライオーに直撃していく。
激しく揺れる操縦席。けたたましく警報が鳴り、小型モニタが被弾箇所を伝えてくる。
ニキシー管が割れて火花まで飛び散るなか、マキナの不敵な笑顔は保たれたままだった。
「火遊びは大歓迎だ。ゴウライオー、手加減は要らないぞ!」
側面のスロットルレバーを奥に倒して出力上昇。力を得たゴウライオーは、ダーゴンの弾幕射撃の間隙を縫うように体を前に滑り込ませる。
巨大な手で首根っこを掴み、懐へと引き寄せた。
「花火とはこうやって打ち上げるんだ!」
ゴウライオーは上体を捻り、片手でダーゴンを上空へ投げ飛ばした。
宙を舞った敵を睨むゴウライオー。頭部にそびえる二本の角が、熱を帯びて青白く明滅を始めた。
「照準……仰角20、左5。発射器の強制冷却終了、動力伝達良し、出力安定……安全装置解除」
顔に嵌めたゴーグルに十字形の照準、目標との距離、風速、見越し角度といった細かな情報が映し出される。
二本角の間に白い稲光がはしり、そして……。
「
眩い閃光が上空へと放たれた。空気を裂いて突き進む光がダーゴンの胴体を貫き、上下に切り裂いた。
そして……爆散。
暗くなった宵空に新たな太陽が生まれて瞬時に消える。そして煌々と燃える破片が流星群となり、地上へと降り注いだ。
……
地上で始終を見守っていた住民たちが喜び安堵する中、ニワサメはソフト帽をそっと脱ぎ、夕陽に照らされるゴウライオーへ視線を注いだ。その眼差しは喜怒哀楽どれにも合致しない、細かく対象を観察しようという、凍て付くほど冷静な目であった。
「なるほど。あれが噂のくろがね鬼か」
……港町が喜びと安堵の渦で湧く一方、バイスはリモコン操縦機を地面に叩き付けるほど怒り狂っていた。
「畜生、こん畜生! あの黒焦げ野郎のせいで全ておじゃんになっちまった!」
足元に落とした操縦機を革靴でバンバン踏みつけて八つ当たり。そんな彼の背中に手が置かれた。
「あんだよ。俺サマは無性に腹が立ってるんだ! ちょっかい掛けたらどうなるか……」
くるりと振り向いたバイスの怒り顔が、赤から青へと急速に変わる。
「どうなるんだね?」
バイスの肩に手を置いた警官が小首を傾げた。彼一人だけではなかった。周辺には大勢の警官達が詰めかけており、バイス一人を取り囲んでいた。
「手下達はもう大人しくパトカーに乗ったぞ。貴様で最後だ、観念しろ」
「こ……これで終わったと思うなよおおぉ!」
敗北したバイスは愛機の散った空へ吠えた。
「左様です、お嬢様。いま警察がドクター・バイスを逮捕して連行していきます」
マキナの世話係であるシキは、車に備え付けた無線機に向かって報告していた。無線操縦の電波をたどってバイスの居場所を探し当てた末、匿名で警察に通報したのである。
〈ようやく観念したか、あのチンピラ。ご苦労さま、シキ君。ゴウライオーから降りたら僕もそっちに向かう。いま少し待っていておくれ〉
「畏まりました、お待ちしております」
無線機のマイクを戻すと、シキは大きなため息をもらした。大仕事に区切りがついたと分かった途端、どっと疲労感が湧き上がってきた。
助手席のシートに全体重を預けてぼんやり天井を眺めていると、遠くから大きな音が聞こえてきた。
窓の外へ顔を動かすと、ゴウライオーが空へと飛び上がり、そのまま暗くなった夜空へ昇っていく姿がみえた。マキナが自動操縦に切り替えて、無人のゴウライオーだけを先に帰したのだ。
ああ、今日も無事に終わった。お嬢様の「正義の味方ごっこ」が。
シキは遠くへ飛び去っていくゴウライオーの軌跡を見つめ続けた。
(了)
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