くろがね鬼-6


 ドクター・バイスの一味が、最後の爆弾を仕掛け終わったちょうどその時、手下の一人が船倉にやって来た。


 その手下は他の面々と同じく作業着に袖を通して、油まみれの略帽を目深に被っていた。

「ボス……いえ、ドクター。妙なガキが居ました。サツではなさそうですが」

 などと伝えて捕まえた人質の背中に、ナイフを突きつけて前に進ませる。


「やあやあ、こんばんは」

 大勢の男たちに囲まれているにもかかわらず、その人質は不敵に微笑んでいた。

 ベストに赤シャツとズボン。短く切り揃えた髪に、男とも女ともいえない中性的な細面……ドクター・バイスはその人質が男なのか女なのか判断できなかった。

 だが目撃者であることには変わらない。そうなれば正体を探るより……。


「縄で縛ってサツの連中と一緒にまとめておけ。誰であろうと、船もろとも一緒に吹き飛ばすんだ」

「ふむん。実に愚か……じゃなかった、簡潔な判断だね。しかしその前に僕の話しを聞いてはくれないか。後ろの君、ズボンのポケットに僕の名刺がある、取りたまえ」

 手を挙げたまま尊大に言う人質。上司であるドクターが頷くと、手下は言われた通りにポケットから名刺を取り出した。


「こいつ『ワイズマン保険組合』のニワサメって調査員らしいです」

「こんな所にまで保険の勧誘とはな、見上げた愛社精神だぜ、クソガキ」

 バイスは一先ず人質を男と見做して、不遜に返した。対するニワサメ……を騙るマキナは、口の端をつり上げて、相変わらず不敵な態度を崩さない。


「勧誘じゃあない、取引だ。君の後ろで眠っている、その子を買いたい」

 単刀直入に用件を伝えると、バイスはおろか一味の面々が揃って怪訝の表情を作った。


「後ろのソレ、人形重機だろう。なかなかお目に掛かれない大きさだ。その子をこっそり買い取りたいと言うんだよ。安心したまえ、肩書こそチンケな保険屋だが、これでも僕は趣味には貴賎を惜しまない人間だし、尚且つ相応の資産もある」

「いきなりやって来て何を言い出すかと思えば。テメエら遠慮は要らねえ、このムカつくクソガキは撃ち殺してしまえ」

 バイスは面倒臭そうに言うと、周りに控えていた手下たちが一斉に銃を構え出した。


「良いのかい、折角の商談だっていうのに。フイにしたら損だぞ。何しろこの船を爆弾で吹き飛ばした所で、報酬が支払われることは永遠にないのだから」

 マキナの言葉は、バイスを除いた面々の動揺を誘うことに成功した。しかし肝心の親玉は流石に冷静なまま、マキナの言葉を待つ。


「どうして陸地まで流されて、警察の介入さえ起きているにも拘らず、君たちは爆破に固執する。つまり君たちは依頼を受けたんだろう、失敗すれば金銭が入ってこないのだろう。だから成功させようと、今も船に残り続けている。しかしそれは依頼人が居てこその話だ」

「さっさと結論を言え、クソガキ」

 マキナを拘束しているバイスの手下……に扮したニワサメが、苛立ち半分に促す。


 会ってほんの半日しか経っていないが、マキナほど時間稼ぎに適した人材は居ないと彼は思った。発言の一つひとつが、高慢ちきかつ冗長なのが癪ではあるが……。


(任せるほかないか、この二人に)

 ニワサメは視線をこっそり捕まっている人質たちへ向けた。


 ……さて、ニワサメの心配をよそにマキナは大袈裟な手振りを交えながら話を続けた。彼女には確証があった。何せ平静に見えるバイスの瞳が動揺で震えているのだから。

「君たちの依頼人は、アルビオンの警察に捕まったぞ。これでいま船を破壊した所で、証拠隠滅と疑われて保険金は支払われない。お前達の雇主は保険金から報酬を捻出する筈だったろうに」

「信じらねぇ話しだ。証拠は?」

「質問を質問で返さないでおくれ。もし不安なら、今すぐ依頼主へコンタクトを取ると良い。向こうの連中はさぞ喜ぶぞ、行方不明の証拠が、自ら接触してきたんだからねぇ。探す手間も省ける」


「……テメエの考えは分かった。そこまで食い下がるんなら取引してやっても良い。オレ様としても、作品が売れるのは喜ばしい事だからな」

 バイスは片手を振って、手下たちに武器を下ろすよう命じた。

「ありがとう。では金額についてだが……財布を取っても良いかい? 小切手を切らせてくれ」

 マキナはあげたままの両手をチラリと見上げて問うた。


「まだ手ぇあげていろ。後ろの奴、テメエが代わりにとれ」

 バイスがニワサメに命令する。まだバレていないと安堵したニワサメは、振り向かせたマキナの懐から、小さな黒い筒をこっそり取り出した。

「ありました、ドクター。そっちに……くれてやる!」

 ニワサメは素早く筒先のピンを抜き、バイス達目掛けて投てき。バイスの足元に落ちた筒は瞬時に弾けて、白い煙が吹き上がった。


「煙幕!?」

 瞬く間に煙に呑まれるバイス一味。

「クソガキを……こ、ころ……」

 何とか煙の中から脱出するバイス。そこへ手下の一人が咳き込みながら報告してきた。

「ドクター、サツの連中が見当たりません。に、逃げられました」


「何だと!?」

 大慌てで振り向くと、確かに人質にしていた警官たちの姿が消えていた。よく見ると、足元の床板が外されて、排水溝が露わになっている。

 奴らは縛っていた縄を切り、排水溝から脱出したのだ。


 縄を切った刃物はどうした? 全員が逃げ切れる時間は?

 マキナの目的に気付いたバイスは、辺りを見回して彼女を探す。そしてマキナとニワサメの二人が、上階の出入口から外へ出ようとしているのを見つけた。


「クソガキいぃ!」

 吠え狂うバイスに、マキナは足を止めて振り返る。

「君との出会いを忘れないよう、お土産は頂戴しておくよ」などと勝ち誇ったように、小さなリモコンスイッチを見せびらかす。


 バイスは血相を変えて背広のポケットというポケットをまさぐった。マキナが手にしているのは爆弾の起爆装置だ。煙幕に撒かれている間に盗まれたのだ。


「あんのクソガキいぃ! よくも、よくもオレ様をコケにしやがったなあぁ!」

 床がへこむほど強い地団駄を踏むドクター・バイス。そんな彼に、ハンチング帽の手下が血相を変えてやって来た

「カシラあ。外の見張りから報告っス。サツの奴らが船の外へ逃げたって」

「ンな事ぁ分かっている。こうなったら……計画変更だ!」


 ……


 ハーキュリーズ号から脱出した三人は、先に脱出した人質たちの後を追うように、浜辺を走っていた。

「もう無理……は、走れない」

 真っ先に音をあげたのは、最後尾をヨロヨロ走っていたマキナ。ほか二人が息も切らさず駆け足で進んでいたのとは対照的に、肩で息をするほど疲れていた。


「なぁんだ。意外と体力ないんだな」

 立ち止まったニワサメが呆れたように言う。

「うるさいなぁ。限界は人それぞれだろう? それに……ここまで来ればもう充分」

「そうですね。お巡りさん達も無事に戻れたようですし」

 最先頭のシキが同調して足を止めた。


「ああ、じきに報せを聞いた警察が大勢やって来る。そういえばお嬢ちゃんは、アイツらに顔を見られたか? 後で面倒にならなきゃ良いが」

 ニワサメが尋ねると、シキは小首を傾げた。

「どうでしょう。排水溝の中は暗かったし、ハンケチで顔の半分は隠していましたし」

「無事に務めを果たしてくれたのだ。終わり良ければ何とやらさ、保険屋くん」

 ようやく落ち着いてきたマキナが口を挟む。

「実に良くやった、シキくん。君が彼らを救ったんだ」

「ええと……ありがとうございます」

 主人の言葉にシキは気恥ずかしそうに小さく頷いた。


 あの時、シキは排水溝に潜って人質たちの足元まで移動し、床板の隙間からナイフを彼らに渡した。その後縄を切った彼らは、煙幕の騒ぎに乗じて、シキが通ってきた排水溝から脱出したのであった。


(それにしても、よく潜れたよな、あの狭い隙間に。こんな大きな体で)

 ふと、ニワサメは目線を上げてシキの横顔を見やった。

「さてさて。刺激的な冒険はこれにて終いとなる訳だが、肝心の絨毯、どう回収しよう」

「港に置き去りにされたままだったんですよね。盗まれていなければ良いんですけど」

 マキナとシキが会話を交わしながら、車道へと続く斜面を登り始めた……その時だった。


 彼らが背を向けていたハーキュリーズ号から突如、大きな爆炎があがった。

 熱と爆風が一挙に押し寄せ、思わずよろける三人。すぐさまニワサメは、起爆装置を持っているマキナに疑いの目を向ける。マキナは首と手を大きく振って全力否定。


「お嬢様……アレを!」

 シキが青ざめた顔で燃え盛るハーキュリーズ号を指差した。

 揺らめく炎を浴び、立ち込める黒煙をまといながら、大きな影がユラリと甲板に現れる。貨物室を見た三人はすぐに見当がついた。


「人形重機!?」

 ドクター・バイスの巨大人形重機。彼らが見た時は幌を被っていた鋼鉄の怪物の全貌が、燃え盛る炎に照らし出された。


 太く短い二本足で立ち、丸みのある寸胴気味の体からは「ペポポポポ……」と電子音が鳴り響く。足よりも長い両腕は蛇腹状の部品で構成されており、先端には三本指の手が付いていた。そして胴体に繋がる頭部パーツは魚や蛙のような水棲生物じみた、のっぺりした外観であった。


 茜色の陽光を浴びた人形重機が砂浜へ足をつける。そして電子音を黄昏の空に響き渡らせて、のそりのそり歩みを始めた。


「行けぇ! ダーゴンMarkⅡウゥゥッ!」

 ドクター・バイスと手下たちは爆発前に船を脱出すると、沿岸沿いの空き地に逃れていた。

 バイスが首から提げリモコン装置のレバーをガチャガチャ動かすたびに、人形重機ダーゴンが一歩ずつ前進していく。

「こうなりゃ出たトコ勝負。何もかんも全てぶっ壊してやらあ!」


 ドクター・バイスは己が作品に与えられた晴れ舞台に、心を躍らせるのであった。

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