「魔法使いたいわね!!」

 お嬢様がおかしくなってから今日で三日目。

私は館の屋上庭園で黄昏ることにしました。

今頃私の部屋では、飛び込んできたお嬢様がわめきまくりながら「○○手伝って~モなんとかちゃん~!!」とじたばたしているに違いありません。


冗談じゃありません。今日と言う今日は休むのです。


 未来が見えるだとか人格が変わっただとか。

 私には知ったこっちゃないですが、今のお嬢様は「何かをやろうとする勢い」にあふれています。青春ですね。

私にもそういう時期がありましたねぇ。

…一応同い年ですけど。


庭園のカベに寄りかかり、まだ光る星を見上げる。

この雰囲気、とても良い。

冷たい風が頬を撫で、


かすかな羽音が耳元を通り過ぎ…



羽音?


「ぎょああ!!?」


蛾!!!蛾の群れ!!

一応暗いからと明かりを持ってきていたのが間違いだったかっ…!

ランタンを持っていないほうの手でぶんぶんと払う。

が、次から次へと寄ってくる。


「あースズ!ここにいたー!!って何やってんのよ」


お嬢様ァ!?何故ここに!?

ッ…クールなメイドとして、主の前で虫にビビってるなどという醜態をさらすとはッ…


「あ~虫が怖いのね。ほら。」

パァン。


…。


「…お嬢様。」

「何かしら。…あっやっぱり品が無かったかしら、手で虫を叩くの。」

広げた手のひらからぱらぱらと虫の残骸が落ちる。

もはや品が無いとかそういうレベルじゃない気がする。前のお嬢様でもさすがにこれは…

「とりあえず、ご主人様や奥様の目の前では控えるよう心がけてくださいね。」

…まぁ、今回は助かったからいいか。


「で、今日の予定なんだけど。」

虫を潰した手で私の手を握ってきた。

うぎゃあちくちくする

「魔法教えてくれる人を探しましょう!!」




「教えてくれる人にもう目星はつけてるわ!」

お嬢様はそういって書類を広げた。

床に。

そのまま寝転がって書類を指して説明し始める。


「こっちはフレア様っていって、炎属性が得意なの。で、熱血でかっこいい。」

はぁ。

「こっちのロン毛の人は水属性と氷属性が得意な────。」

…。

「この片目隠れてるのは雷属性が───。さらにこっちのイケメンは」

「お言葉ですがお嬢様。」

「何かしら?」

イケメンの魔法教師たちの写真を流し見て、私は思ったことをそのまま言う。


「この人たち全員雇うおつもりですか?」

いくら貴族のご令嬢のわがままだとしても限界がある。

「そうよ!だってみんなカッコいいじゃない!!」

そんな理由で覚える気かこの小娘は。

金と労力と時間の無駄の極みだ…もったいないドラゴンが出るぞ…。


「お嬢様の得意な魔法は肉体強化系だったでしょう。この中にないじゃないですか。というかこんなに要らないです。魔法は一人一つで十分ですし、肉体強化なら剣術の訓練で体鍛えるだけでも事足りますよ。」

私はイケメン教師の書類をまとめて取り上げる。

「えーヤダー!!むきむきマッチョヤダー!!派手な魔法でカッコよく決めたいのー!!」

この人ホントめんどくさいな…!


あ。

「悪役令嬢になりたくないのなら、人の迷惑になることはしちゃいけないんでしたよね?」

「え。」

確か前にそんなこと言ってた気がする。

今のお嬢様にとって「悪役令嬢」がどれほど大きいものかわからないが…。


「私今、とても迷惑していますぅ~。それにぃ、こんなにたくさん教師雇ったら、ご主人様も奥様もお怒りになると思うんですよぉ~。」

「くっ…確かに。でもなんか喋り方ムカつくわね、貴方!!」

それは私も思う。

が、まぁとりあえず。


「はぁ…分かったわ。魔法教師を雇うのは諦める…。」


ふっ、勝った。

風呂沸かしてくる。




「──お待ちなさい。」

よく通る声と共に、お嬢様の部屋の扉が開かれた。


「奥様!?」

「お母さま!!」


『『目つき悪ィけどイケてるババァがババンと登場』』

文字通りそんな感じの女性が入ってきたわけだが…

言わされてるお付きの人は辛くないのだろうか。


「愛しのディーカ…あなたに~魔~法教~師をつけてあげましょう~♪」

急に歌い出した。


お嬢様も続く。

「あらうれしい~わ~♪でも、でもねお母さま!我儘ばかりのわたしに、そんな

都合のいい事が起きていいのかしら!」

なんか劇も混ざってきた。


「子の我儘はうれしいものなのよ♪それにとっくに、魔法教師は決めてあるの♪」

「まぁ素敵♪どんなかっこいい人なのかしら♪」

「とってもかわいくってとぉってもかっこよくてとっっても頼りになって♪あなたのことを何でも理解してくれる子よ♪」

ちらりと。

奥様が


「ラララそれは一体だれなのかしら~♪」

私を

見た気が


「ラララその子はいったいだれなのでしょう~♪」

お嬢様もなぜか

私を見た気が。


ひとしきり手をつないで部屋の中をぐるぐるとダンスした二人は


ビシッとこちらを指さした。キメ顔で。


……

…おいおいマジですか。

「ということで、ディーカの魔法教師担当、よろしくね。スズ。」

「いや無茶言わないで───」

「できるわよね?」



─もし来世があったなら。

絶対にメイドなんかになるもんか。




「─あい。了解しました、奥様。」

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