第15話 青春ですか

 人生ゲームのあとも、明智先輩が引っ張り出してきたゲームをみんなで楽しんだ。

 アナログからデジタルまで一通りやったけど、意外にも銀鏡が上手かった。

 デジタルゲームはそれなりに嗜んでいるらしく、明智先輩が「後で一緒にどうだい?」と嬉しそうに誘っていた。


 そんなこんなで日も傾いてきたところで、少し早いながらも夕食の運びとなったのだが――


「茜色の空、ほどよい気温、薄っすら見える月の影。こんな日に外でするバーベキューは格別だと思わないかい?」


 明智邸の庭は、鯉が泳ぐ池があるくらいの広さだ。

 鹿威しの音もよく響く。


 そんな庭にいつの間にかセッティングされていたバーベキューセットの前で、明智先輩が上機嫌に口にした。


「いつの間に準備したんです?」

「後輩たちが遊びに来るってうちの人に伝えて置いたら、私が止める間もなく話が進んでしまってね」


 ほら、と明智先輩が家の方へ目を向ける。

 俺たちも続くと、丁度廊下を通りがかった着物姿の妙齢の女性が俺たちへ嫋やかな微笑みを返した。


「まあ、私がうちに誰かを招くなんてそうそうないことだから、母も張り切ってしまったんだろうさ。そういうことだから遠慮なく食べて欲しい」


 テーブルの上には明らかにいい肉と、カットされた野菜がずらり。

 バーベキューセットには炭が入っていて、パチパチと音を鳴らしながら食材が網に並べられるのを待っていた。


 ここまでされて「帰ります」とは流石に言えない。

 それに、まだ大学生が遊んで帰る時間としては早すぎる。


「寧々はバーベキューって夏のイメージがあったんですけど、この季節は日焼けの心配をしなくていいのがいいですね」

「そうだろう? あと、青春っぽくて気分がいい」

「……まあ、言いたいことはわからないでもないけど」

「青春系の創作物には付き物ですし」

「つまり、今この瞬間、私たちは青春を謳歌しているわけだ」


 大袈裟に両手を広げて空を見上げる明智先輩を眺めながら、考える。


 青春の在り方は様々だろう。

 人によって時期も内容も違うかもしれない。

 恋愛、スポーツ、学問……なんであろうと、その人にとっての春であれば青春だ。


 俺はそれを更科と付き合ったことで手にしたと思い、寝取られて手放し、今度は今いる三人と過ごしている。


「明智先輩、そのセリフはちょっとくさくないですか?」

「……キミだけ肉抜きでもいいんだよ?」

「大変失礼しました」

「欲望に素直でよろしい。今の無礼は大目に見てあげよう」


 なんてやり取りも、思い出の一ページに刻まれると思えば悪くない。


「……これが、青春ですか」


 そんな中で、銀鏡が声を洩らす。


 どこか感慨深さを滲ませた声音。

 普段よりも雰囲気が柔らかく感じるのは、僅かに口角を上げているからだろうか。


「みんな覚えておくといい。大学生の私たちは有限だ。モラトリアムには終わりがある。そして、過ごす時間は全員違う。キミだけの青春を探してみることをおすすめするよ」

「……瑛梨先輩。もしも自分が求める青春が誰にも認められなかったら、どうしたらいいんですか?」

「別に人がどう言おうと関係ないさ。自分が信じていればそれでいい。私は毎日ゲームに明け暮れているけれど、誰も私を止める権利はないし、人様に迷惑もかけていないんだから口出しされる謂れもないね」


 明智先輩は肩を竦めて答える。

 海老原は「そういうものですか」と神妙に頷いていたが、明智先輩のように強く自分を持つのは難しいことだと思う。


「とはいえ、確固たる価値基準を持つのは難しい。所属するコミュニティーへ無意識に左右されるのが現代人の常だ。私も例外じゃないよ。少なからずキミたちから影響を受けているはずさ」

「……そうですか?」

「そうだとも。でなければ、私が寧々くんや銀鏡くんと縁を結ぶことはなかっただろうからね」

「…………明智さんの言う通りですね。わたしも柏木さんがいなければ、お二人と話す機会もなかったでしょう」

「つまり、寧々たちはみんなかっしー先輩を起点に集まったってことです?」


 海老原の言葉の後、三人から視線が集まった。


 じーっと外れない眼差し。

 美少女と美人のそれに晒されては、流石に動揺が表に出る。


 表情が強張って、一体何を言われるのかと身構えてしまう。


 その傍ら、冷静な部分を残していた脳が思考を巡らせていた。

 改めて考えても、三人は自分とはかけ離れた世界にいるはずの人間だ。


 銀鏡は一回生の時点で非公式ミスコンテストを受賞するほどの美人。

 海老原は見た目だけならあまり関わりたくない地雷系。

 明智先輩は雰囲気が胡乱で怪しいながらも気のいい先輩だ。


 それでも俺は、この四人で過ごす時間が楽しいと感じている。


 その起点となったのが俺だとしたら――


「……偶然の産物だとしても感謝だな」

「そうだぞ、大いに感謝したまえ。三人の美人美少女の輪に男一人……男子垂涎のハーレムってやつだよ?」

「寧々たちってかっしー先輩のハーレム要員だったんですかっ!?」

「海老原も乗らんでいい。銀鏡は……流石に冗談だってわかってるよな」

「わかっていますが……男性的にはハーレムへの憧れがあったりするのでしょうか」

「彼女を寝取られたばっかりの人間としては一人との関係を維持するのも大変なのに、二人三人……場合によってはそれ以上の人数を抱えるとか考えたくもない」


 実際どうなってるんだろうな、あれ。

 ハーレム側の人間関係絶対ヤバいよ。


 俺はとてもじゃないけど耐えられる気がしない。

 ……いやまあ、仮定の話でしかないんだけどさ。


「ま、私たちの関係は友人止まりだろうさ。友人から恋愛関係に発展するケースも珍しくはないが……肝心の柏木くんがこれだから」

「へたれで悪かったですね」


 俺はため息混じりに言い残し、先に話を抜け出して網へ肉を並べていく。

 すると「寧々も!」と海老原がついてきて、「私たちも食べようか」と明智先輩が銀鏡を伴って参加する。



 楽しい時間はあっという間に過ぎて、用意されていた食材は見事になくなっていた。

 空の様子も夕焼けから、無数の星が瞬き月が浮かぶ夜のそれへと変わっている。


 俺たちは名残惜しくも、予定通り解散の運びとなった。

 明智先輩は「別に泊って行ったっていいんだよ? 部屋はあるし、服もまあなんとかなるからね」と言っていたけど。


 そんなこんなで来た時と同じように明智先輩が運転する車で駅まで送られた。

 三人で明智先輩に感謝の言葉を伝えると「キミたちならいつでも歓迎するよ」と調子よさげに言い残して、車を走らせる。


「さて、俺たちも帰るか」

「そうですね。それにしても、楽しかったです」

「寧々もすごく楽しかったです!」

「あと、明智先輩がお嬢様的なアレだったのは驚いたな。普段そんな感じ全然しないのに」

「……そういう風に自分を見せているんだと思いますよ」

「ありそうだな、それ」


 明智先輩のことだから、金持ちの面を見せてすり寄ってくる人間なんて信用できない――とか思っていそうだ。


「てか、この時間って通勤ラッシュ直撃じゃないか?」

「乗っている間にピークは過ぎそうですが……見ての通りですね」


 話している間に、ホームに電車が到着する。

 車内はスーツ姿の社会人が多く、そこそこに混みあっていた。

 それでも郊外だからか、三人立って乗れるスペースはあった。


「かっしー先輩、頼みましたよ!」

「……俺に二人を守れって? 善処はするが、満員電車でどこまで意味があるやら」

「ある程度の信頼はしているつもりですが……どさくさに紛れて変なところを触らないでくださいね」

「しねえよ」

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