第14話 リアリティと夢

 人生ゲームはその名の通り、人生で起こりうるであろうイベントが散りばめられたマップで駒を進めながらゴールを目指すゲームだ。

 今回はゼロ歳からのスタートで、そこからのルートもマスで変わるのだが……


「この中にまだ保育園も卒業できてない人がいるらしいんだけど」

「……うっさいですね」


 俺は他の三人が小学校に入学しても、保育園に取り残されていた。

 保育園を卒業するにはルートの最後まで進んでから、ターンの最後に五以上を出す必要がある。


 ちなみにルーレットの最大値は十。

 六割もあるはずなのに、俺は三ターンも保育園ルートに居座り続けている。

 三人はすんなり一ターンで抜けていたから、これは純然たるリアルラックの差だ。


「つまり寧々たちはかっしー先輩のお姉ちゃん、ってことですよね」

「家族になった覚えはありませんが……」

「人生ゲームなら合法的におねショタが出来るのさ」

「……俺が、ショタ?」

「ご不満かい?」

「不満の前に気まずさが勝つんですけど」


 明智先輩だけならまだしも、海老原と銀鏡からそういう対応をされるのは……なあ。


 俺には生憎と、そっちの趣味はない。


「かっしー先輩も早く小学校に上がってきてくださいよ。先輩を後輩呼びしたくは……ちょっとしたいかも?」

「俺も海老原を先輩呼びはしたくないな」


 手番が来たため、ルーレットを回す。

 五以上五以上五以上五以上――ッ!!


「――しゃっ!」


 出たのは六。

 これで俺も保育園を卒業し、晴れて小学一年生だ。


「やっと入学できたわ。こっから追いついてやるからな」

「リアルラックに乏しいキミがどこまで追いすがれるか見物だね」

「絶対寧々のこと先輩って呼ばせてみせますからね」

「……わたしはもう小学校を卒業してしまうのですが」

「え」


 次の手番だった銀鏡が自分の駒を中学校のコースへ進める。


 ……え?

 俺と銀鏡の間に六年の差があるの??


「どうしてそんな差が」

「三ターン連続で十が出たからですかね」

「……ンなあほな」


 銀鏡は運まで備えているらしい。

 美人で金持ちで運まで……天は二物を与えないんじゃないのか?


「ただ運が良かっただけですよ。いつまで続くかわからないものに縋るつもりはありません」

「そういうところが銀鏡くんに運を引き寄せているんだろうね。キミも見習ったらどうだい?」

「俺は善良な一般市民なんですけど?」


 そんなこんなでゲームは進む。


 小学校コースは出目もよくてすんなりと卒業し、中学コースで三人と合流。

 似たようなタイミングで全員高校に上がり――


「……右隣に座るプレイヤーが恋人になる。デート費用として一万円を支払う、ですか」


 銀鏡が止まったマスのイベントを口にして右へ視線を移す。

 そこに座っているのは……俺だ。


 ……俺、銀鏡と恋人になるの?

 てかそんな要素まであるのかよこの人生ゲーム。

 いやでも人生ゲームに結婚とかの要素はつきものか。


「おや、銀鏡くんが初めに踏むとはね。しかも相手が柏木くんだなんて」

「いいなあ……! 寧々もかっしー先輩と恋人になりたかった!」

「……現実とは何一つとして関係ないゲームの話だからな?」


 明らかに揶揄う雰囲気の明智先輩と海老原に視線だけで釘を刺す。

 たまたま止まったマスがこんなことに繋がるなんて銀鏡も不本意だろう。


「……こういうイベントもあるんですね」

「『人生ゲーム』だから恋人だって出来るさ。高校生ともなれば丁度いいくらいの年頃だろう?」

「だとしてもゲームの要素ならゲーム側が恋人のシンボルとかを用意するものじゃないですか?」

「細かいことはいいじゃないか。とにかく……ほら、これがゲーム的な恋人の証らしいよ」


 明智先輩から俺と銀鏡へ手渡されたのは小さなおもちゃの指輪。

 ……なにこれ、結婚指輪的なやつ?

 高校生の恋人がペアで持つものとしては重すぎない?


「これが恋人の証、ですか」

「ゲーム的にも色々と特典があるみたいだよ。ターンごとに幸福度が溜まって、代わりにお金がちょっと引かれるらしい」

「現実的な設定ですね。でも、ゲームだとしても合法的にかっしー先輩へ貢げるとしたら……」

「それは銀鏡くんから柏木くんを寝取る、という宣言かな?」


 直後、僅かに部屋の空気が軋んだ気がした。


 ……いやいや、ゲームだからね?


 俺はそこまで過敏じゃない。

 これがゲーム的な冗談だっていうのもわかってる。


 なのに、どうして銀鏡と海老原の間に妙な緊張感が漂っているのだろう。


「そんなマスがあるんですか?」

「ゲームに恋人が存在することが条件だけどね」

「……これってゲーム、ですよね? そこまで現実に寄せる必要があったのでしょうか」

「意外と世の中には寝取り寝取られやら、浮気やらが蔓延っているってことじゃないかな」

「寧々、そんな嫌な真実知りたくなかったです」


 こればかりは俺も海老原に同意だ。


 とはいえ当事者になった経験上、ないとは言い切れないのが心苦しい。


「でもほら、マスに止まらなければないのと同じだよ」

「簡単に言いますけど、こういうのって大体止まるんですよね」


 ゲーム的に言えばフラグが立った、ってやつだ。


「でも、ゲームですし?」

「寧々くんの言う通りだね。これはゲームだ。現実には何の影響もない。だからこそ、面白い」

「それもそうだ。ゲームで銀鏡と恋人になったからって、現実でも付き合うわけじゃないし」


 空気を和やかなものへ戻したところで、再びゲームが進みだす。

 高校ルートには文化祭やら体育祭なんかのイベントがあって、あの頃の楽しかった記憶が思い出される。


 そして誰も寝取りマスを踏むことなく卒業し、


「ここから先は分岐があるよ。高卒で就職、大学へ進学、専門学生、そしてニート」

「……豊富な品揃えですね?」

「これもルーレットの出目で変わる……と」

「手番的には寧々からですね」


 四人が進んだ進路は、なんと全員別だった。


 俺は専門学生。

 明智先輩は就職。

 海老原は大学生に。


 そして銀鏡が――


「……ニート、ですか」

「一番真面目そうな人間が一番合わないルートに進んだねえ」


 ケラケラと笑う明智先輩。

 俺も銀鏡がニートはゲームでも似合わないなと思いながら、込み上げてくる笑みを堪える。


「それを言ったら海老原が大学生ってのもな」

「かっしー先輩、なにが言いたいんですか? 寧々はこれでも超真面目ですし」

「私だって真面目だから就労の義務を果たしているんだよ? でも、高卒の女性なら、まともに働くより立ちんぼなりなんなりした方が稼ぐだけなら稼げそうだよね」

「社会の闇を暴かないでください」


 眉間を揉みながら明智先輩を止める。

 それはちょっと、別の問題が発生しそうだ。

 海老原も心なしか苦い顔をしていた。


「……どういう意味でしょうか?」


 けれど、銀鏡だけは意味を理解していなかったのか、小首を傾げながら聞いてくる。


 原因を作った明智先輩が答えてくれるだろうと視線を向けるも、くい、と顎を差し向けられるだけ。

 俺が説明するの?


 一応海老原にも助けを求めるが、肩を竦めるのみ。


「……銀鏡はパパ活、とかって聞いたことないか?」

「…………理解しました」


 その単語だけで全てを察したらしく、銀鏡は申し訳なさそうに首を縦に振った。


 察しがよくてありがたい限りだ。

 あれでわからなかったら具体的な説明を求められたんだろうな……明智先輩に。


「ですが、わたしはこれからどうしたらいいのでしょう。ニートのまま終わる、なんてことがあるんでしょうか」

「私と銀鏡くんは社会人ルートだね。転職、就職、結婚みたいなマスがあるから、そのうち社会の奴隷になれるさ」

「……言い方に引っかかるところはありますが、就職できるかどうかも出目次第ですよね」

「それは柏木くんと寧々くんも同じさ。学生にだって留年や退学がある」

「世知辛い世の中ですねえ、全く」


 それからもゲームは続き、様々なイベントを経て――とうとう全員がゴールへと駒を進めた。

 ゴール順は銀鏡、海老原、明智先輩、そして俺。


 だけど、ゲームとしての勝敗は『誰が一番お金を持っていたか』だ。


「さて、結果発表といこうじゃないか。ゴール順でいいかな?」

「わたしからですか。ええと……所持金が七億六千三百万円、ですね」

「……わかってたけど大金持ちだな」

「宝くじが大当たりして、たまたま資産運用が成功しただけですよ」

「でもでも、結局かっしー先輩と別れて独身のままゴールしちゃいましたね」

「高校生の恋愛なんてそんなものさ。そもそもの話、何年も続く男女関係なんて奇跡的だよ」


 それはそうなのかもしれない。

 俺も一年と経たずに更科と別れた……というか、寝取られて別れざるを得なかったわけだし。

 高校時代も数週間おきに付き合ってる相手が変わる人とかいたし。


「次は寧々ですね。所持金は二千七百万でした!」

「大卒で就職して、定年まで働いて老後を過ごす、現代で考えたら相当幸せな人生だったね。おまけにパートナーもいたわけだし」

「結局寧々が結婚したのはかっしー先輩じゃなく瑛梨先輩でしたね。どっちが夫なんでしょう」

「プレイヤーに性別の概念はないからわからないね。どっちも女だっていいじゃないか。現代は多様性が認められているんだから」


 それぞれが同意を示すように頷いて、次の人へ。


「私は……七千二百万か、まあまあだね。高卒で就職したときはどうなるかと思ったけど、職人ルートに入って一気に安定したよ。結婚もできて、うん、幸せな人生だ」

「結婚だけが幸せではないとしても、このゲームには幸福度がある以上、どうしても気にしてしまいますね」

「ゲームの勝敗には直接かかわってこない部分だからいいんじゃないかな。独身貴族だって幸せだと思うよ? 特に銀鏡くんはお金に困る心配がなかったわけだし」

「……こっち見て言わないでもらっていいですか?」

「おっと失敬、柏木くんを馬鹿にするつもりはないよ?」

「というか、ゲームだとしても同情するくらいの酷さですし」

「……申し訳ないですが、わたしもお二人に同意ですね」


 三人の視線が俺の所持金置き場へ。


 そこには、虚無があった。


 ……厳密には、借金を示すマイナスの通貨だけが並んでいる。


「…………計三千百万の借金、らしいですわ」

「ひゃ~怖いねえ。借金の理由は……確か、脱サラで飲食店を始めたけど経営難で店をたたむことになり、初期投資の費用を回収できなかったから、だったかな?」

「なんでそんな具体的に覚えてるんですか」

「これも人生ですけど、怖すぎますね。正直かっしー先輩と結婚しなくてよかったって思いましたよ」

「でも、これもよく聞く話じゃないかい? 脱サラで店を開いたけど失敗して多額の借金を抱えることになった、なんてさ」

「わたしも感じていましたけど、妙なところでリアリティがありますよね」

「それでいて銀鏡くんが通った人生のように夢もあるからお相子だ」


 要するに、俺は運がなくて酷い人生を歩んでしまっただけのこと。


 ……本当にこれがゲームで良かった。


「まあ、ともかくこれで順位が出揃ったわけだ」

「銀鏡先輩がダントツの一位で、瑛梨先輩、寧々が二位三位。そして――」

「最下位が柏木さん、ですね」

「……途中から逆転の目がほぼないのはわかってたけど、ここまで差が開くとは」

「私が聞きたいのは感想じゃないよ。柏木くん、忘れているのかい?」

「なにをですか?」

「ビリの罰ゲームですよ」

「あ」


 寧々に言われて、思い出す。

 ビリの罰ゲームは一発芸。


 約二名、俺へにやりと笑みを向けていた。


「楽しみだなあ。どんな悲惨な……愉快な一発芸を見せてくれるんだろう」

「隠せてませんからね??」

「かっしー先輩、御託はいいですから。早く見せてくださいよ」

「……こういうのは早めに終わらせた方が気持ち的にも楽かと」

「銀鏡の冷静なアドバイスが逆に痛い」


 でも、その通りではある。


 一発芸……一発芸か。


 こういうのって変に捻っても滑るだけなんだよな。

 そもそもウケることを想定してはいけない。

 俺は芸人じゃないし、面白みに欠ける人間だ。


 そこをわきまえた上での一発芸――


「ネトラ・レイ、いっきまーすっ!!」

「「「………………」」」


 反応は、嘘みたいに静かだった。

 それどころか憐れみを含んだ視線が三つ、俺に突き刺さっている。


 滑ったのは感想を聞くまでもなくわかった。


「あのねえ、柏木くん。罰ゲームは一発芸で自虐ネタを披露しろって言った覚えはないんだけど」

「かっしー先輩、自分で言ってて辛くないんですか?」

「自分でもあんまりな気はしたけど、パッと浮かんだのがこれだったからなあ」

「……自覚があるだけまだマシと思いましょう」

「ちなみに面白さのほどは」

「あるわけないだろう、阿呆め」


 ですよね、すんません。


―――

ギャグセンスはない!!

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