第13話 遊ぶのにひりつきを求めるのは何かが違うと思います

 最寄り駅から三十分以上も離れた駅で降りると、そこは見慣れた東京の景色からは大きくかけ離れていた。

 緑が多く、せわしなく行きかう人の喧騒もない、落ち着いた雰囲気。


「……ここ、東京だよな? 自然豊かっていうか、俺の実家みたいな感じだ」

「東京でも郊外ならこんなものですよ。街中が発展しすぎているだけです」

「それでも生活に不自由しそうにないあたりは東京って感じですね」


 俺と銀鏡、海老原がこんなところにいるのは、明智先輩の提案によるものだった。


 先日、明智先輩から四人で遊ぼうと提案されたはいいものの、場所をどうするかで迷いに迷った。


 まず上がったのは定番な海と山。

 しかし海は遠く時期外れで、山は準備が大変ということもあって見送ることに。

 となるとカラオケやスポーツ施設はどうだと話が進んだものの「それじゃあ面白みが薄い」と明智先輩が却下。

 なら明智先輩が代案を出してくださいよ、と俺が迫ると少々悩んだ末に「なら私の家でボードゲームでもしようじゃないか」と話が纏まった。


 女性の家に上がり込むのはどうかと思ったが、銀鏡と海老原もいることだからいいだろうと考えないことにした。


「それにしても、二人のせいか視線の量がすごかったな」

「寧々も見られてるなあ、って感じることはありますけど、あそこまで露骨なのは初めてですよ」

「……なんというか、すみません」

「謝る必要はない。わかりきってたことだし」


 銀鏡は申し訳なさそうに謝るも、さもありなん。

 どちらも系統が違うものの、容姿に優れる二人だ。


 銀鏡は芸能人に見紛うほど美人な清楚系で、海老原は可愛い寄りの地雷系。

 その二人に俺みたいな冴えないフツメンが添えられているのだから、電車内の男たちから向けられる嫉妬の念は全て俺へ集中する。


 両手に華とはこういう状況を指すのかもしれないが、生憎どちらも友達だ。


 もう慣れた思考を打ち切り、駅の外へ出て明智先輩の姿を探す。

 今日は迎えに来ると言っていたけど――


「……もしかして、あの車?」


 駅前のロータリーに止まっていた黒塗りの高級車。

 その運転席の窓が開けられ、こちらへ手を振っているように見えるサングラスをかけた女性と思しき人物。


「明智さんのような方がわたしたちに手を振っているように見えますが」

「もしかしなくても瑛梨先輩だと思いますよ」

「……なんでまたこんなことを」


 明智先輩のことだから、俺たちを驚かすためだけにこんなことをしたのだろう。


 実際、黒塗りの高級車で迎えに来られたら驚くし。


 念のため明智先輩に「黒塗りの車ですか?」とメッセージを送ってみると、すぐさま「そうだよ」と返ってきた。


「どうやらアレで合ってるらしい」

「そうみたいですね。乗りましょうか」

「あんな高級車に乗るなんて緊張するなあ」


 三者三様に呟きつつ車の傍へ。

 するとサングラス越しに明智先輩が俺たちを見て、満足げに笑む。


「やあやあ皆の衆。頼れる先輩が迎えに来て上げたよ。女性陣は後ろに乗りたまえ。柏木くんは私の隣だ。光栄だろう?」


 明智先輩の軽口は適当に流して、それぞれ車に乗り込んだ。


 エアコンがよく効いた車内は過ごしやすい温度に保たれている。

 高級車だけあってシートの座り心地が異様にいい。

 全員が乗り込み、シートベルトを着用したところで「出発するよ」と明智先輩から声がかかり、車がゆっくりと走り出す。


「明智先輩って車の免許持ってたんですね」

「運転できた方が何かと便利だからね。街中は人が多すぎて事故を起こしそうだから、この辺で運転するくらいだけど」

「……ペーパードライバーというやつですか?」

「そこまでではないよ。安全運転を遵守するからね。後輩たちを乗せて事故なんて起こしたくもない。修理費だって馬鹿にならないんだ」


 ……本当に頼みますよ、明智先輩。



「――さて、と。ここが私の実家さ」


 そんなこんなで移動すること数分ほど。

 車から降りた俺たちの前には、やたらと大きな日本家屋が鎮座していた。


 ……え? ここが明智先輩の家?


「……瑛梨先輩、これ、武家屋敷とかそういうのじゃないです?」

「うちはいわゆる地主ってやつでね。それなりに見栄を張る必要があったんだろうさ」

「それなりとはいいますが、相当に大きいですよ。庭園も、池もありますし」

「そこは昔ながらの部分だね。家のガワは古臭く見えるけれど、最近リフォームしたばかりだから新しいところもあるよ」

「明智先輩ってもしかしなくてもお嬢様的なアレでした?」

「金銭に困っていない、という意味合いならそうかもしれないね。でも、たまたま生まれた家が裕福だっただけさ。私が作った価値なんて、ここには何一つない」


 自慢するでもなく肩を竦めて明智先輩が口にする。


 そして明智先輩の案内で玄関へ。

 木彫りの熊に見守られながらスリッパに履き替え、部屋へ向かう明智先輩を追う。


 庭に面したやたらと長い廊下。

 かぽん、と鳴る鹿威しの音で本当に金持ちなんだなあ、と改めて実感する。


「さあ、ここが私の部屋だ」


 明智先輩が見るからに新しい洋風のドアを開けて中へ。


「……わぁ」

「俗にいうゲーム部屋ですか」

「明智先輩らしいですね」


 海老原は嘆息し、銀鏡も興味深そうに部屋へ視線を巡らせ、俺は期待を裏切らない部屋に言葉を零す。

 明智先輩の部屋は銀鏡が言ったように、見事なまでにゲームをするための人間のそれだった。


 その部屋は俺が住むアパートよりも一回りは広く、明智先輩へ勝手に抱いていたイメージに反して全く散らかっていなかった。


 特徴的なのはL字デスクに置かれた計三枚のモニターと、何色もの光を放ちながら駆動音を響かせるデスクトップPC。

 本の代わりにゲームのパッケージが詰まった本棚。

 ベッドは寝た形跡がほとんど見られないくらい整っていた。


 ローテーブルを囲むように配置された座布団だけが、この洋室の中で和の要素を醸している。


「キミたちは少し待っていてくれ。お茶を持ってくるよ」


 明智先輩が部屋を離れ、俺たちはテーブルを囲むように座って待つ。

 少しして戻った明智先輩が四人分の紅茶とカステラが載った皿を置き、息をつく。


「丁度よくカステラがあったから紅茶にさせてもらったよ。そっちはインスタントだけれどね」

「味の違いがわかるほどの人間がこの場にいるんですかね」

「銀鏡先輩はなんとなく詳しそうですけど」

「……どんなイメージを持たれているのか薄々察しましたが、詳しくありませんよ」


 銀鏡は否定しながら髪を耳にかけ、手馴れた様子で紅茶を飲む。

 それに続いて紅茶とカステラを頂く。


 しっとりとした甘さのカステラと、すっきりした後味の紅茶がよく合っていた。


「さて、と。お茶菓子を食べながらでいいから聞いてくれ。今日するボードゲームはこれだよ」


 明智先輩がガサゴソとクローゼットの中を漁り、取り出してきたのは『人生ゲーム』と書かれた箱。

 ボードゲームと聞いていたけど、誰もが遊べるもので助かった。


「ルール説明は……必要ないかな?」

「一応頂いてもいいでしょうか。わたしは経験がないもので」

「おや、銀鏡くんは人生ゲームをしたことがないのかい? 珍しいね。そう言うことなら説明仕ろうじゃないか。とはいってもルーレットを回して自分の駒を進めて、ゴール時に持っていたお金が一番多い人が勝ちってだけさ」

「……なるほど」


 明智先輩からの基本的なルール説明を受けて、銀鏡が神妙に頷く。


「人生ゲームって、どうしてお金が全てみたいな世界観なんですかね」

「そうか? 結婚とか、貯金額とは別に幸福度的なパラメータもあるし、金が全てって感じではないと思うけどな」

「ゲームとして勝利するにはお金が必要ってだけさ。ともかく、やってみようか」


 テーブルの上に人生ゲームのボードが広げられる。

 スタート地点に四つコマを並べ、ルーレットの出目で順番を決め、初期金額を配ったら準備完了。


「でも、ただ遊ぶだけってのも面白みに欠けるね。ビリの人は何か一発芸をしてもらおうか」

「自分は絶対負けないと思ってますね?」

「そんなことはないよ。こういうのは時の運。これくらいの代償があった方がひりついて面白いだろう?」

「……遊ぶのにひりつきを求めるのは何かが違うと思いますが、わたしはそれでもいいですよ」

「寧々も大丈夫です。楽しみですね、かっしー先輩の一発芸」

「おいこら海老原。絶対負けないからな?」


 こっちを見て笑ってくる海老原に言い返す。

 その傍ら、もし銀鏡が負けたら一発芸が見られるのかと思うと、ちょっとだけ期待してしまう。


 あの真面目な銀鏡の一発芸なんていくら払っても見られるものじゃない。


「誰が勝っても恨みっこなしだよ」

「勿論」

「初めてですが、頑張ります」

「寧々も負けません!」


―――

書いてから気づきましたが黒塗りの高級車に「そうだよ」は……ねえ?(無意識って怖いね)

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