第10話 正しく女の敵と呼ぶべき害獣さ

 タイトルの『彼女を寝取られた~』の部分は地雷を踏まないことの方が大事かなと思って入れていたのですが、なくてもよかったりしますかね……?

 ざまあらしいざまあも最後までないって考えたら微妙かなと思いつつ、前置きなしでNTR展開されるよりいいかなって感じなんですけど……。


 ―――


 銀鏡と契約を結んで一週間ほど。

 ヒモ同然の立場で遊んだり飯を奢られる奇妙な関係は変わらず続いていた。


 昨日もゲームセンターに呼ばれ、クレーンゲームの景品を取った銀鏡がご満悦のまま解散した。


 変わったことと言えば……バイト先に辞める旨を伝えてきたことだろうか。

 人は楽を覚えると容易に流される。

 それは俺も例外ではなく、銀鏡との契約の方が圧倒的に楽なのを知ってしまってバイトをする気力が失せてしまったのだ。


 店長には「何かあったらまた来ていいからね!」と言って貰えたけど、銀鏡との契約が続いている間は戻らないだろう。


 ……銀鏡が人を堕落させるためだけにこんな契約を持ち掛けてきたのではないことを祈るばかりだ。


 けれど、大学では話すこともなければ、目を合わせても会釈を交わす程度。

 関係を大学内まで持ち込む気はないらしい。


 俺としてもその方が変に注目されなくていい分、ありがたい。

 その反面、本当は嫌われているんじゃないかと思ってしまうものの、銀鏡はそこまで器用な性格をしていないのではと思っている。


「……『銀姫』銀鏡皐、ねえ」


 講義室の後方。

 窓際の誰もいない一角で孤独に講義を受けながら、教授に聞こえないよう小声で呟き、視線だけを右側へ。

 数人分離れた場所に座っていた銀鏡を盗み見て、考える。


 大学での、孤立していても気にした様子のない銀鏡。

 都合のいい関係として接する銀鏡。


 果たしてどちらが本当の銀鏡皐なんだろう、と。


 そんなことを考えていると同じタイミングで銀鏡も振り向き――すぐに視線を逸らされる。

 そして、すぐさま無音でスマホに届くメッセージの通知。

 相手はもちろん銀鏡だ。


『集中してください』


 ……それはお互い様じゃないのか?



 ◆



「大学生活は人生の夏休みとよく言うけれど、今のキミを見ていると鼻で笑って一蹴してしまいそうになるね」


 昼休み、食堂にて。

 明智先輩から「よかったら食べながら話さないかい?」とお誘いを貰ったため、食堂で昼食を食べていた。


 今日のメニューは特製カレー、お値段なんと一皿300円。

 リーズナブルなのにボリュームじゅうぶんで、評判に違わず味も美味い。


 明智先輩はから揚げ定食。

 そこそこ大きなから揚げを美味しそうに頬張っていた。


「いっそ蹴り飛ばした方が楽しそうですけど」

「安心するんだ。大学生活の醍醐味は恋人だけではないよ。授業、サークル、部活に、ボランティア……は真面目な人だけだね。講義をサボってパチンコ麻雀競馬に競艇とギャンブル三昧のろくでなしもいるし、私みたいに徹夜でゲームしてるようなのもいる。各所の飲み会に顔を出して酒を浴びるように飲んでいたりね。自由なのが大学生の最大の長所。楽しみ方は人それぞれさ」


 自由そうな人に言われると謎の説得力があるな。


 その証拠に、明智先輩の目元には薄っすらと隈がある。


「また徹夜ですか?」

「またとは失礼な。今日はちゃんと三時間くらい寝たさ」

「……慢性的な睡眠不足じゃないですか。ほんとに寝てください。倒れてからじゃ遅いんですからね」

「本当にキミは優しいねえ。私みたいに胡乱な先輩をそこまで敬ってくれるのはキミくらいなものだよ、冗談ではなく……ね」


 カラカラと笑う明智先輩。

 そのまま箸でから揚げを摘まみ、俺のカレーの皿に乗せてくる。


「私はいっぱいで食べ切れそうにないから一つあげよう。可愛い後輩に気遣われて気分もいいことだし」

「いいんですか?」

「こういうのは遠慮なく貰っておくものだよ。それが後輩としての礼儀ってものさ」


 後輩としての礼儀、か。

 そこまで言うならありがたく貰うことにしよう。


 カレーとから揚げが合わないわけないし。


「ああでも、タダであげるのは甘やかしすぎかもしれないね。キミのカレーを一口貰ってもいいかな」

「それくらいはいいんですけど……スプーン一つしかないので取ってこないと」

「キミが使っているそれでいいよ。それとも、キミは私に使われるのが嫌かい?」

「嫌ってわけでは――」


 ただ、間接キスだなんて指摘するのも恥ずかしくて。


「――かっしー先輩っ! 寧々も隣、いいですか?」


 かけられた声は聞き覚えのある後輩、海老原のもの。

 トレイに昼食を乗せた海老原が返事を伝える前に俺の隣へ座った。


「柏木くん、彼女はキミの知り合いかい?」

「そうですね」

「ふむ……であれば自己紹介くらいはしておこうか。私は明智瑛梨、三回生さ。キミは一回生かな? 柏木くんを先輩呼びしていたからね」

「あ、はいっ! 一回生の海老原寧々です。かっしー先輩とはとても仲良くさせてもらっています!」


 明智先輩と海老原は俺を挟んだまま、笑みを浮かべて名乗る。

 なのに……どうしてかな、両者から妙な圧を感じるのは。


「柏木くんも隅に置けないね。私だけでは飽き足らず、可愛らしい後輩にも粉をかけているとは」

「寧々、粉をかけられていたんですかっ!?」

「冗談だから真に受けなくていいぞ」

「てことは寧々との関係は遊びだったんですかっ!?」

「話を意図的にややこしくするな」

「えー? かっしー先輩を揶揄うのは寧々の生きがいなんですけど?」

「そんな生きがい捨ててしまえ」


 呆れ果ててため息も零れてしまう。

 テンションにも、話の流れにもついて行けそうにない。


「面白い子だね。どこで拾ってきたんだい?」

「土砂降りの日に傘を貸したら懐かれまして」

「ははぁ……それはそれは、小さな恩でうら若き乙女の心を掴むだなんて、やはりキミには人誑しの才能があるよ」


 人誑しの才能ってなんだよ。


 そんな才能が本当にあるなら更科は……やめよう、思い出しても得がない。


「懐かれたと言えば興味深い話を聞いたね。柏木くんをあの『銀姫』様が庇うような素振りを見せたって眉唾物の噂を、さ」

「あー……」


 明智先輩が指しているのはあの日の翌日に会った出来事だろう。

 銀鏡は大学内では相当有名だ。

 特に男なら誰でも知っていると思う。


 あれだけの美貌なら大学内ですれ違っただけでも忘れられる気がしない。


「寧々、その『銀姫』様ってよく知らないんですけど、どういう人なんですか?」

「去年うちの男たちが裏でやってた非公式ミスコンテストの優勝者だよ。銀鏡皐、二回生。私にも負けず劣らずの美人で、公式のミスコン受賞者が目の敵にしていたっけ。海老原くんも一目見たらわかると思うよ」

「綺麗な人なんですね。かっしー先輩、仲がいいなら写真とかないんですか?」

「仲がいいわけじゃない。銀鏡が俺を庇ったように見えたのは状況が状況だったからだ。その後、これといって話したことはない」


 大学では、と注意書きがつくものの、ここでそれを言う必要はない。

 余計に話がややこしくなるし、銀鏡との関係を明かすのは契約違反だ。


「写真よりも実物がいいんじゃないかな。ほら、窓側の席を見てごらん。右側の隅で一人で食事をしている女性がいるだろう? 彼女が『銀姫』様こと銀鏡くんさ」


 明智先輩が向けた視線を追って、海老原もそちらを向く。

 俺もつられて確認すると、すっかり既視感を抱いてしまうようになった銀鏡の横顔を覗くことが出来た。


 この距離からでも銀鏡の綺麗さを感じ取れるのだから凄まじい。

 それは海老原も同じだったようで「ひゃ~すごい美人ですね」と声を洩らしていた。


 ……俺から見れば相当に可愛い海老原や、綺麗な明智先輩でも思うんだな。


「モデルとかアイドルとか芸能人とか、そういうのじゃないんですか?」

「私はそんな話は聞いたことがないね」

「俺もない」

「寧々からするとあんな一般人がいてたまるか! って感じですけど。彼氏とかいるんですかね」

「さあね。あれだけの美人ならいてもおかしくない……いない方がおかしいまであるけれど、どうだろう。確定情報を付け加えるなら月に何人もの男たちが玉砕していて、彼ら曰く『誰かとお付き合いするつもりはありませんので』と断っていたらしい」


 へ~、と他人事のように呟く海老原。

 そんなことを言い出す銀鏡の遊び相手をしているなんて知られたら、一体どうなることやら。


 良識のある人物ならまだいいけど……八雲のような人なら、あのときの二の舞になりかねない。

 俺のせいで銀鏡に迷惑はかけたくないな。

 なるべく周囲には注意を払っておくことにしよう。


「柏木くんも記念で告白してきたらどうだい?」

「嫌ですよ。大した交流もないからいい返事は期待できないし、あんなことがあった後で恋愛とか無理ですって」


 だから銀鏡と都合のいい遊び相手になったわけだし。


 勘違いをしなければ、銀鏡との契約は旨味しかない。


「こうやって若者の草食化が進んでいくんだねぇ。一部の猿ばかりが得をするなんて、私は嘆かわしいよ」

「……もしかしなくても八雲先輩のことを指してます?」

「大正解だ、花丸をあげよう。海老原くんも八雲拓哉という三回生のゴミクズには気を付けるんだよ」

「かっしー先輩の彼女を寝取った人ですよね」

「よく知っているね。あいつは下半身に貧相な脳が直結しているような人間だ。そのくせ親が議員だから横暴な態度も治らず、泣き寝入りする女性が数多い。正しく女の敵と呼ぶべき害獣さ。ギャンブルに身をやつして生活費を溶かしてる連中の方がよっぽどマシだね。彼らは周りへ害を及ぼさない。眺めている分には可愛いものさ」


 つらつらと明智先輩が八雲先輩についてのことを海老原へ話すと、嫌悪を滲ませながらも聞いていた。

 やはり女性としては色々と思うところがあるのだろう。

 自分の身に関わるかもしれないことだ。


 加害される可能性で言えば、俺よりも女性の海老原や明智先輩の方が高くなる。


「それにしたって明智先輩って八雲先輩に随分と辛辣ですよね」

「小中高に留まらず、大学まで同じとなれば嫌でも辛辣になるさ」

「通りで」

「私からしておいてなんだけれど、この話はもうやめよう。あいつの顔を思い出すだけでお昼がまずくなってしまう」

「そうですね。寧々も八雲って人、大嫌いですし」


 いくらなんでも嫌われすぎだろ。

 ……いやまあ、そうなるだけのことをしてきたんだろうし、俺も被害に遭っているから同情なんてしないけど。

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