第21話 手紙

待つしかなかった。

だが待つ時間こそが、気力を削り落としてゆく。



返事は来るのだろうか。

いつまで待てば良いのか。

いつまで待てば、諦められるのだろうか。


忘れていたものを、呼び起こしてしまったか。

風化した者が未練がましく、みっともないざまを晒しただけなのか。



一日ごとに、期待感が疑心暗鬼に置き換わり、胸の中が錯乱してゆく。






今井のあと、山梨さんから連絡が来た。

元D組で、彼女が絵理香に俺の事を伝えてくれた。


『寺西君と藤井さんは付き合ってたの?』


あんなものを付き合った、などと呼べるのだろうか。





眠れない深夜。

部屋の照明は点けず音楽を流した。

いつものプレイリスト。


一週間が過ぎた。

絶食のようだ。

日一日ごとに、諦めの気持ちが強くなり、疲弊してゆく。



一曲だけ、絵理香が聴いていた曲が入っている。

鬼束ちひろ 月光。

どうしてこんなに哀しく、張り裂けそうな歌を聴いていたのか。



ワインのボトルネックを掴んで煽る。

口角を手の甲でぬぐう。


酒を飲んで忘れる、というのは誤説だ。

意識のブレーキが外れて、感情が余計に鮮鋭化する。




真っ暗な室内に、バチンっとスイッチが切れる音が響いた。

実際に音がしたのではない。

終わった。


投げ捨てるように、ベッドに倒れた。





雲ひとつない快晴の青空が鬱陶うっとうしかった。

窓を、開け放つ。


読み飽きた雑誌、手にしなくなった文庫本を紙袋に詰める。

袖を通さず放置した服や、数年の着込みでよれたTシャツなどを、ゴミ袋に入れる。


捨て去りたかった。


無心で掃除機をかける。

部屋そのものの、新陳代謝を感じた。

風が抜ける。





メール受信音。

またゴミ箱に入れるものが、紛れ込んできた。

舌打ち。




『絵理香です』


メール受信。

一拍置いて、止まった鼓動が胸に響いた。

まさか。

目を閉じる。




メールを開く。


『修、久しぶりだね。

元気にしてましたか。

連絡ありがとう』


声が聞こえてくるようだった。



『今も、雨の夜は好きですか。

今も、哀しい歌ばかり聴いていますか。

疲れた時は、草の香り流れる風に、身を任せていますか。

まだ紫の夕陽に、自分を映して眺めていますか。

実はラテは、好きじゃなかったんだよね』



君は俺が思うより、俺を見ていた。




『どこから話せば良いのだろう?

私は、相変わらずの絵理香です』


君が平穏な日々を送ってさえいれば。




『大学進学に合わせて、一人暮らしを始めました。

とにかく、あの環境から離れたくて。

制服や地元という呪縛から解き放たれ、

180度違う、新たな世界が開けました。


大学の講義にサークル。

年齢も出身地も、様々な人達との交友も広がり、新たな世界へ胸を躍らせました。


最初の二年は好奇心に突かれ、ただ楽しかった』



俺の知らない時間。

聞いて埋まるものではない。





『ある日、紅葉が見たくなり、ラテを持って公園へ行ったの。

肌寒さすら、心地良かった。


沢山の友達に囲まれ、そして交際した人もいたけど、私の心の隅にある空虚感は、埋まらなかった。


そして気づいたの。

私は、何かを塗り潰そうとしていただけだった。


どれだけ、充実した日々を送ろうとも

どれだけ、交友関係が広がろうとも

私の失くした二分の一に、寄り添ってくれる人は、何処にもいなかった』



俺の知り得ない場所で、君の寂しさを置き去りにした自分を、責める気持ちが沸く。




『だけど絵理香という好奇心に、留まる事はなかったの。

今はバーバンクというロサンゼルス郊外に住んでいます。

大学卒業前に、カレッジに留学しました』




君はいつも、俺の想像をはるか超えて行く。

目標や願望に向かって躊躇ちゅうちょなく、アグレッシブに突き進んで実現していく。


変わらない。

そして、くすぶった日々を送る不甲斐ない俺との距離は、物理的な距離と同じ位、さらに広がった。




『アメリカという、全く違う国、違う環境。言葉も習慣も違う。


最初は大変だったけど、出身国や人種すら違う、まさに異世界の人達との交流に、好奇心と楽しさを刺激されました。

私の期待感が、広大に広がっていくのを、日々感じています』



それで良い。


君は一人でも大丈夫。

君にはもっと相応しい人がいる。

君は君の世界で、羽ばたいて行けば良い。


俺が見えなくなるまで。




このメールをゴミ箱に捨てれば、全てが終わる。

 




もう一通、着信が届いた。


『あの場所からこんなに遠くまで離れて、ようやく気づいたのは、

世界中どこを探しても、修だけは居ないという事。

似てる人すらいなかった』




たかが、そんなもの。

続きを読まずに、ごみ箱に捨てろ。



出来なかった。

自分を恥じた。


続きをスクロールする。






てがみ / 浜田省吾

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