第20話 託す

手桶の水を墓石にかける。


線香に火を点け、手を合わせる。

いつもかける言葉は無く、無心の状態になる。

線香の煙をまとった墓石と、故人の姿が重ね合わさらないからだ、と思っている。




帰り道。

「お父さん、聞きたい事があるのだけど」


兄ちゃんと海に行った時の話をした。

覚えている限り詳しく、道中の風景を伝えた。

あれ以来、一度も訪れてない。



何のことはない。

子供の頃、よく連れて行って貰った海水浴場がある。

そこへ行く道の途中にある駐車場だった。


もう一度、あの海を見に。




兄ちゃんが最初に、あの海へ連れて行った人は誰なのか。

その人は、今も健在なのか。

あの時点で、既にいなくなっていた人なのか。

ずっと心に引っかかっているが、知る由もない。




今日の住職の法話。


シンクロニシティは、偶然として流すか、機会として留めるか。

この時点では、どちらが正しいのか誰にも判らない。


消えてしまうものなど、その程度なのだ。

忘れるつもりで、三日間 過ごした。

結局、しこりのように腹の奥に留まっている。




会いたい奴には、会いに行け

見つからなかったら、探すんだ

そして

俺はここにいると、言い続けろ




君という心の穴が、埋まる事は無かった。

そこに大切なものが有った証なのだ。

誰にも埋められない、君のシルエットをした傷。

誰にも埋めさせたくない、喪失の傷。





一回限りの、極細の繋がり。


賭けるでも、祈るでもなかった。

最後に残った、一枚の写真を破るような心境。

これで本当に

俺の中の絵理香が消える __




電話番号、メールアドレス、LINEアカウント。


同級生の連絡先は、両手で数えられる位しか持ち合わせてなかった。

その中には、あの今井もいた。

なりふり構ってる場合では無い。



藤井絵理香の所在と、俺が連絡を取りたいという旨を、各同級生に伝えた。

後は運命が決める。

スマホをソファに放った。




予想だにしなかった。

翌日。

返信メールが来たのは、今井からだった。



『寺西、久しぶりだな。

元気にしてるか。

俺も卒業してから、同級生との付き合いはあまり無くてさ。

とりあえず連絡取れる奴に、片っ端から知らせる。

期待しないで待っていてくれ』



型通りの礼を、返信した。




四日経過。

どこかで期待をしていた自分を恥じた。

何を今さら。



仕事帰りのバス。

着信。

今井からだった。

ブザーを押し、次のバス停で降りた。



「よぉ、寺西」


久しぶりに聞く声だ。

今井が現在、どこで何をしてるのかすら知らなかった。

俺はいつも気付くのが遅い。



「良い時代なのか、悪い時代なのかな。

予想より早く、藤井まで繋がった。

D組だった女子に、お前のメアドを藤井に伝えてもらうよう頼んだ。

俺に出来るのは、ここまでだけどな」


「今井、ありがとう」


「今さら、藤井を探そうとしてるんだ。

何か思うところがあるのだろうな」


だが、それ以上は聞かれなかった。




途切れたと諦めた、極細の繋がりが届いたのだ。


「今度、飯でも食いに行こうぜ。

お前さぁ、高校の頃、昼休みになるとすぐ何処かに消えちまったじゃん。

卒業式ですら、とっとと帰っちまうし」


まさか今井が、そんな風に思ってたとは。



「本当にありがとう。ところで今井は何が好きなんだ?」

「美味いスペイン料理の店がある。連れてってやるぜ」

おごるよ」



電話を切った。






レガリテート / 尾崎豊

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