第19話 回忌  (第五章)

目を閉じ、おぼろげに読経を聞いていた。




幼い俺は、泣きじゃくるしか出来なかった。

突然の訃報。

衝撃と悔しさ、哀しみと寂しさ。

寺西家が、どうしようもない哀しみに包まれた。


茂樹しげき兄ちゃんの死。




十三年は、それなりに傷を風化させ、癒える事のない寂しさは、あの頃と変わらなかった。

見上げたサングラスの隙間。

胸が詰まるほど哀しい目が、未だに脳裏に浮かぶ。




しょうもない男を引きずって、十三回忌に出席した。



卒業後、俺は専門学校に進んだ。

お定まりの、同じ専門学生の女子と交際もした。

とにかく過去を塗り潰したかった。

もうあれほど誰かに、全ての想いをぶつける事など無いと気付いただけだった。



それから、とある会社に就職した。

戦火を逃げ惑いながら、応戦する兵士になった。


新しく覚える事、やらなくてはならない事。

雪崩に押し潰され続けた、三年だった。

それでも今は、ようやく落ち着いた日々になりつつあった。




五年経った。

絵理香を思い出さない日は、一日たりとなかった。

二度と会えないのに、この世界の何処かにいる辛さ。





住職による法話。


先代の跡を継いだこの住職は、兄ちゃんの高校の同窓だ。

学年も違い、面識はなく、顔を知ってる程度だったそうだ。

それでもわずかだが、生前の兄ちゃんを知る一人だ。



「茂樹様がお亡くなりになられて、もう十三年になります。

私も、あの一報を聞いた日の事を、覚えています。

御遺族の皆様は、こうして法事の毎に、あの日を思い返す事と思われます」



茂樹君が __

受話器を握りしめて、泣き崩れる母。

俺は何が起きたのか分からず、立ち尽くした。



「茂樹様と過ごした時間、残されたもの、託された想い。 

機会あるごとに思い返す事で、その人は誰かの胸の中で生き続けます。

そしてその想いは、必ず次の誰かに受け継がれます」


住職を通じて、茂樹兄ちゃんの言葉が降りてきたように思えた。



「この法事を機会に、疎遠になった方々を、思い返して頂きたいのです。

何となく先送りの連続が、ご縁を風化させます。


死は、二度会えない寂しさです。

ならば生きてさえいれば、必ず御縁は繋がります。

この法事の後、思い浮かんだ方々に連絡してみて下さい。


私がここにいる。

貴方を忘れない。

それを伝える姿勢そのものが、亡くなられた方への御供養となります」



隣りで、母がハンカチを目元に当てていた。

手に触れ、三回握った。

兄ちゃんは、そうして寄り添ってくれた。


俺はそれが好きだった。






On The Road / 浜田省吾

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る