第16話 ふたりの空間・

愛が距離と比例するなら

私はあなたと溶け合いたい





未知の場所への不安と警戒心で、みぞおちが重い。


「嫌、かな…?」


間をおいて、首を振った。

手を引かれる。


エントランスの自動ドアが開く。

暗がりにブルーライト。

甘く淫靡いんびな香り。

いきなり日常から切り離された。



「ここでいい?」


絵理香がパネルの一つを押して、受付に向かった。

俺は慌てて財布を出した。

彼女はラブホテルの、チェックインの方法を知っている。


悔しさが走った。




鍵。 304号室。

想像と違っていた。


思ったよりシンプルな内装で、通常のホテルと大きな差はなかった。

ただし、時計と窓は無い。

誰からも見られない、二人だけの空間という雰囲気が、圧のように伝わる。




静かすぎる。

絵理香が、パネルのボタンを押した。

音楽。

緊迫した空気が和らぐ。

それは俺の中にしかないのだ。


部屋はむしろ暑かった。

コートとセーターを脱ぎ、首元に指をかける。

ペットボトル。

冷たい水が、美味かった。




並んで、ベッドに腰掛ける。

「なんか、逆に落ち着かないかな」


俺は自分の事しか見てなかった。

「いや、寒くてどこかに入りたかった。

久しぶりに会えたから、俺も二人きりになりたかったし、嬉しいよ。

初めての場所に、戸惑っただけで」


取り繕った。




初めて、と口にした時、胸に傷が走った。

天井を見上げ、目を閉じる。

テニス部の先輩だった彼氏。

それしか知らない、見た事すらない男の顔が浮かぶ。

俺はファーストキスすら、あの夜なのだ。





「大丈夫?」



肩に手が掛けられた。

大きなライトブラウンの瞳。


ゆっくり互いを引き寄せ、唇を合わせた。

薄暗い部屋で、位置を確かめるように。

ここにいる。



もう一度。

柔らかな感触、息づかい、香り、甘い味。

その一つひとつを確かめ合う。

そのまま背中に腕を回し、ベッドにもたせた。



服の間から、肌に触れる。

高ぶる気持ちを抑えられなくなる。

絵理香と今、こうして ___




相反する感情が、体を駆け巡る。


この行為を、無事に遂行できるのか。

緊迫した焦燥感。

この身体を、先に奪った男がいる。

怒りに似た、嫉妬心と屈辱感。


カフェインと睡眠薬の同時服用のような、感情の混乱。




服が解ける。



愛らしい、いつもの顔立ち。

それと不整合な、滑らかな曲線を描く、身体の造形の美しさが際立つ。

綺麗だ。

初めて見る身体に、血が沸騰するような興奮を覚える。



首筋から胸元へ這わせる。

肌の匂い、柔らかく温かい感触。

初めて彼女の本質に、辿り着いたように思えた。




指先を肌のシルエットに這わせる。

小さな胸から滑らかな腹、そして下へ。

無駄なものなど何もない、滑らかな曲線。

どこまでも綺麗だった。



触れる。

反応が返る。

胸元から顔を上げ、見つめる。

絵理香の表情が高揚していた。


二人とも息が荒くなっている。



首に手を回され、引き寄せられた。

唇と舌を深く重ねる。

指の動きに反応する様が、唇に伝わる。




体が熱を帯びながら、頭は冷めていた。

多分これまでの手順は、間違っていないはず。



気を許すと見たわけではない、妬ましい情景が浮かぶ。

絵理香が男に抱かれている姿。

血が逆流するような悔しさに憑かれる。


感情が揺れ動き翻弄される。





荒い呼吸を整えるように、動きを止めた。

視線を合わせる。

静寂が、ふたりの間を流れる。


唇を合わせる。

繋がりたい 君と。

言葉は、もう無かった。



唇を離す。

視線を合わせる。

腕を重ねる。

互いの呼吸と動きを合わせる。



0.00mmの境界線を越える。





繋がった 初めて







Breathless Love / 浜田省吾

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