第15話 冬  (第四章)

ずっとそばにいてほしかった

いつまでも続かない予感がした





三ヶ月を切った。 冬。


受験が迫り、会う回数も減った。

それぞれの卒後が控えている。 

進学や就職。


ひとつの集合体と信じてたものに、別々の道が見えてくる時期だ。

人の事など、気にする状況ではなくなる。




それでも。

気配とは隠そうとしても、どこかへ漏れ出すものだ。



「寺西、D組の藤井と付き合ってんの?」

今井。 

ニヤけた顔。


「いや。時々、話す程度だよ」

悲しい嘘だった。

「ふーん」

きびすを返した。



三ヶ月後には、二度と会わなくなる同級生にすら、公言できない関係。


大事な時期に、下らない噂話で迷惑がかかるのは、彼女の方だ。

卒業後、同級生と疎遠になるのは、俺の方だ。






ギリシア神話の『イカロス』を思い浮かべた。


イカロスは、島から逃げるため、蝋で固めた翼で羽ばたき脱出する。

父の忠告を聞かず、高揚感に任せて、空高く舞い太陽に接近してゆく。


近付くほど太陽の熱は高まり、蝋が溶けて墜落死してしまう。

人間の傲慢さを戒める物語と言われている。



俺は傲慢だったのだろうか。

ぶんを知り、関わるべきではなかったのか。


格差が、俺をむしばんでゆく。





あの公園に、思い出の情景はなかった。


間欠的な鳥の高い鳴き声も。

足元から聞こえる虫の音も。

いつまでも触れていたい、柔らかな風も。



枯れた情景に、カサついた音だけがあった。

低く濃灰色の重い空が、動きもなく形を変えてゆく。

その向こうには、鬱陶うっとおしい位の青空が広がっているのだ。



「こんな時期に、どうしてここに?」

「もう一度、一緒に来たくてね」


何かが終わろうとする気配。



「絵理香、髪を上げてみて」

「えっ、なんで?」



胸ポケット。

指に絡む感触。

視線が合う。

首の後ろに手を回し、引き輪をはめる。



「ネックレス? 修、ありがとう!」


十字架のネックレストップ。

容易に切れそうなほど、細いチェーン。


一番似合うネックレスを選んだつもりだった。

どれでも良かった。

アクセサリーなど、君の輝きを反射させるアイテムに過ぎない。

君の首元で気付いた。



身に着けるものを贈るとは、想いを託すという意味がある。

こんな事しか俺には出来なかった。


「寒いし、そろそろ行こうか」




寒さから、二人の口数は少ない。

手の感触だけで、繫がっていた。



「向こうの通りに渡ろう」

絵理香に手を引かれた。


これ以上、寒空の中を、うろつく訳にはいかなかった。

どこか、暖かい屋内へ。

雑多でほこりかぶった裏通りが続く。


予感。




「ねぇ 寒いし、ここに入らない?」

足を止めた。


ホテル。






黄昏ゆく街で / 尾崎豊

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