第13話  花火

元気で明るい子

私はいつもそう思われた

もう半分の私は途方にくれていた





LEDランタンの灯りをかざし、階段を下る。


足元に短い草の感触と、時おり虫の音。

静寂に、規則正しい水の流れ。

遠く街に照らされた、コバルトブルーの夜空。


二人に用意された夜に、紛れ込むようだった。




「花火しようよ♪ 今年の夏は花火できなかったから」


夏に、あちこちで売られていた花火セット。

花火など何年ぶりだろう。

覚えてすらいない。




ロウソクに火を灯し、花火に着火する。

頭上に掲げる。


吹き上がる、まばゆい火花。

激しく火花を吹くそれは、唐突に尽きて消える。

鎮魂レクイエムを、かざしてるようだった。



「修も次の花火、点けなよー」


絵理香は両手に花火を持ち、踊るように回った。


弧を描き、きらめき弾ける光の粒の中心で、照らされる君の笑顔。

まるで君の輝き、そのものに見えた。

煙と閃光に彩られ、おとぎ話のワンシーンのように。



手に残った棒を、背後に放る。

輝きとかげが、境界線で対比しているようだった。





ひとしきり花火の後、ペットボトルのアイスティーを分け合った。



線香花火は、エンドロールのような存在だ。

一本の線香花火を、二人で手にして火を着けた。


丸く赤い玉の周囲を、極小の稲妻のような火花が弾ける。

静かに見入った。

その 1/f 揺らぎが、気持ちを落ち着かせる。




「絵理香、どうして図書室で俺に声をかけた?」

当初からの疑念だった。



「昔ね、犬を飼ってたの。

名前は ”カーラ” 。

私の好きな映画のヒロインが由来」


質問を、はぐらかされたのか。

黙って続きを聞く事にした。



「カーラ・ミロヴィは愛らしくて可憐かれんなの。

主人公への愛する想いを、一途に表して

時には危険も省みず、迷いなく突き進むの」


君と似ている。

その映画も観たくなった。



「カーラはイタリア語では ” 親愛なる人 ” という意味なの」


また一つ尽きるように、線香花火の赤い玉が落ちた。




「私ね、子供の頃は人見知りだったの。

いつも輪の中に入れない子だった。

家族の中ですら、自分だけ異分子の様な距離を感じてた。

カーラだけは、いつも私を見ていてくれた。気持ちを察するように、そっと寄り添ってくれたの」


初めて知る、君のもう一つの素顔。



その頃の、存在すら知らなかった幼い君に、寄り添う事すら出来なかった自分を、悔やむ気持ちが湧き上がった。



またもう一本、線香花火を灯し、彼女の手に両手を添えた。




「中学でテニス部に入って、一変したの。

幼なじみには、180 度変わったねって言われたくらい」


君が、人見知りだったのではない。

家族から疎外されていたのだ。

幼い頃は、そこしか世界がないから、分からなかったのだ。



「明るく元気でアクティブな絵理香として、外の世界を切り開いていったから

気づいたら、その一面だけを受け入れられる世界にいたの。

今もそう。

そして幼かった自分は、ずっと置き去り」



俺の哀しみは、自分の内部にあり

君の寂しさは、これまで生きてきた外部環境にあった。




「この話を聞いてくれる人を、見つけたの。

だから、修に声をかけたの」



かすかな動きが手に伝わる。

線香花火が地面に落ち、ふたりの間が暗転した。






誰かのクラクション / 尾崎豊

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