第12話 夜 (第三章)
あなたは私を、自由奔放だと思っている
それは、私の自由への願いだった
そこには残暑があった。
日陰者を容易に溶かすような、日差しだった。
地面の照り返しからも灼かれる。
テニスコート。
この三年で、踏み入れたのは初めてだった。
不釣り合いな場所、とすら思える。
コート中央まで歩き、地面に触れる。
彼女が三年間 打ち込んだ痕跡に 触れるようだった。
そこには、他の誰かの足跡も混じっている。
昨日の会話を振り返る。
「絵理香、彼氏いるの?」
「うん。テニス部の二年先輩だった」
思いのほか、驚きも失望もしなかった。
いない方がおかしい。
それでも嫉妬が胸をくすぶった。
何故、こんな所へ。
そんな言葉を、自分の胸に吐き捨てた。
快晴の青空が、
ふと気付けば、絵理香の事ばかり頭に浮かぶ。
しょせん異なる世界の住人で、人種すら違うのだ。
彼女の気紛れを、埋めさえすればいい。
言い聞かせた。
LINE通知。
『修、起きてる?』 0:13
『起きてるよ。どうしたの』
眠れないのか。
『今、近くまで来てるけど、出られる?』
何の事か、理解するまで時間がかかった。
『今から?』
急いで着替え、鍵を掴む。
寝静まる家から物音を立てず、ドアを開けた。
鍵を閉める。
撃鉄の様な音が、静寂に響いた。
冷たい汗が背中を伝う。
通りを曲がったところで、絵理香が待っていた。
バイク。
彼女は、予測をはるか超えたところから、突撃してくる。
「よっ、 ドライブに行こうぜ♪」
絵理香が、軽く手を挙げた。
深夜にアイドリング音が響く。
寝静まる深夜の街を、風と抜けていく。
バイクに乗るのは初めてだ。
「スピード、出し過ぎじゃないか」
「二人乗りだから、これでも安全運転してるよ」
風音に抵抗するように、声を張る。
「風が気持ち良いよね」
断れば良かった。
爽快さなど、無かった。
高校を卒業し免許を取り、いつか彼女を助手席に乗せてドライブ。
そんな願望を持っていた。
兄ちゃんのように。
自由奔放でアグレッシブな彼女は、いとも簡単に俺のささやかな願望など、平気で現実のものとして超えてゆく。
格差恋愛が浮き彫りになる。
シフトアップ。
振動があり、さらに加速してゆく。
彼女の腹に、しがみついて風に吹付けられてる自分。
みじめ以外の、何物でもなかった。
川沿いをしばらく走り、駐車場にバイクが止まった。
エンジンが止まると、鈴虫の鳴き声に置き換わった。
「時々、夜中にバイクを走らせるんだ」
勝手にすればいい。
背を向けた。
「あっちに行こうよ」
手を引かれる。
しょせん異世界の、違う人種の気紛れだ。
投げやりだった。
コバルトブルーの夜空と黒い川辺には、水の流れる音があった。
遠い空 / 尾崎豊
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