第10話 公園

あなたの香りをかいだ

それは、かつての誰かのもの



 

ビリヤードを終え、エレベーターで降りる。

数十秒、ふたりだけの空間。


「次はどこに行こうか」

「さっきエレベーターで昇る時に、見つけたところがあって……」

扉が開く。

外側の人と入れ替わる。


エレベーターの扉は、いつも話を遮る。

そう作られているのだ。




家族連れや若者のグループ。

それぞれの、穏やかで楽しげな日曜が、街並みを行き交っている。


シャボン玉が通り過ぎた。


声がはしゃぎ回っている。

階段を駆け上がり、手すりにぶら下がる子供達。

どんな場所も、遊び場に変えてしまう。



俺にも、そんな頃があったのか。

思い出そうとすると、自分を恥じる気分が湧き上がり、止めた。





「またキョロキョロしてるw」

今日はもう一つ、違う注意も払っている。


可愛い女の子を連れていると、自慢げな気持ちになるかというと、そうはならない。

見られるのは俺の方だ。



三人連れの女子。

知った顔はない。

ひとりが、こちらに視線を向けた。


「エリカじゃん!なにしてんのー?」

「シホ、久しぶりー!」


声が跳ねている。

俺は距離を取って、背を向けた。

体が反応した。

彼女の友人なら、挨拶くらいすべきではないか。

分かっている。




「お待たせ。今の子たち中学の時の友達でね」

視線を合わせなかった。



俺みたいな、しょうもない男が、彼女と。

近づくほど、恥じる気持ちは強くなる。


同級生に出くわすのも、時間の問題だ。

焦燥感が湧き上がる。

まるで逃亡者だ。





手を引かれた。

「向こうの方に公園があるみたい。行ってみよう」



ほどなく緑が見えてきた。

こんな所に。


深夜でも、どこかの機械音や、通りを過ぎる車の音が途切れる事はない。

人の気配を絶えず感じ続けるのが、街というものだ。



敷地内に入る。


草木の匂いが、緩い風に漂ってきた。

自然の匂い。 

久しぶりだった。

普段はコンクリートに囲まれている。

喧騒も車の音も、途切れた。



水の流れに似た、木々の揺れる不規則な葉音。

時おり小さく響く、高音の鳥の鳴き声。

足元の、どこかから虫の音。

それだけが、ここにはあった。



「良いところだ」

たかが公園に、感動すらしている。

つまり、何かが癒されているという事だ。


ふたりでベンチに腰掛ける。



「たまに、自然の香りに触れると良いよね。私も、ひとりで考えごとをしに、よく公園に来るよ」


その時、君は何を思ってるのだろう。

そっとしておくべきなのか、黙って寄り添うべきなのか。

ひとり公園にたたずむ、君の背中を想像した。




手が離れた。

絵理香がグミを取り出し、二、三粒 口に入れた。


「俺にも、くれないか」

「いいよ♪」

俺の顔の前に、唇を突き出した。

「いや、そっちじゃなくて」

「あっ、そういう意味?」


君の発想は、奇想天外で予測不能だ。

焦りが、胸を高鳴っている。

子供のような無邪気さでやられると。


そのまま貰っとけば、良かったのだ。

俺はいつも気付くのが遅い。





日差しが柔らかく暖かい。

「あー、寝たくなってきたぁ~」

こちらに体重をかけてくる。


手で支え、俺の太ももに頭を乗せてやった。



「ねぇ、修。まぶしいんだけど」

ジャケットを脱ぎ、絵理香の首元にかけた。

そして、ゆっくりひたいあたりまで、引き上げる。


「これでどう?」

「なんか匂いする」

焦った。

「ごめん、変な臭いするか」

「フレグランスの匂い。けっこう好き」


それは、俺の匂いではない。



見上げると、逆光に揺れる樹木、その間をきらめく日差し。

いつまでも、いたくなるような時間に浸った。


「修って、こういうとこ好きなんじゃないかなって思ってね」


君は俺が思うより、俺の事を見ている。

無言で、絵理香の髪をクシャクシャとした。



俺は、そうされるのが好きだった。







君の名を呼ぶ / 浜田省吾

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