第9話 ビリヤード
あなたはいつも細やかに機微を察した
防御のために身につけたものと知らなかった
球をはじく、硬質な音が響いていた。
俺も数える程度しか、やった事がない。
ナインボールのルールも、あやふやだ。
白い手球を突き、一番から順に九個の的球をポケット(穴)に落としてゆく。
最後の九番を落とした方の勝ち。
絵理香にかいつまんでルールを説明し、キューの突き方を教える。
九個の的球を菱形に並べ、白い手球を置いた。
「最初の、やってみたい」
ブレイクショットを任せた。
「たあぁーー!!」
キューの先を盛大に、台の上を滑らせた。
幸い、ラシャに傷はつかなかった。
弁償を免れ息を吐いた。
「力みすぎ」
もう一度手を添え、キューの突き方を説明した。
「とおぉーーー!!」
一番の的球を逸れて、手球が台から飛び出した。
カン高い音が、床を跳ねていく。
「すいません! すいません!」
慌てて手球を追う。
リミッターぶっ壊れてるのかよ。
男性が球を拾い、俺に手渡した。
彼女の方に視線を向け、そして俺を見て苦笑した。
何度も頭を下げて、引き返した。
気まぐれにビリヤードをすると、大抵こんなものだ。
狙ってる球は、一向にポケットへ落ちない。
視界から外れた、別のどれかが落ちる音がする。
台上を球が、グチャグチャに乱れるばかり。
「あ~~、一生終わんなそう」
「じゃあ夕食は、一階のマックにデリバリーしてもらおう」
「ハンバーガーかぶり、やだ」
君には、途中で止めるという選択肢はないのか。
皮肉も真に受ける。
絵理香が突く時には、必ず寄り添った。
キューのバックエンドで、誰かの尻を突きかねなかった。
実際、数人にやりかけて、慌てて防いだ。
集中すると周りが見えない。
俺はどうだろう。
いつも周りばかり見ている。
空気を読む、顔色を伺う、人の動きと機微を察する。
そればかりだった。
悪戦苦闘してるようで、順を追って球はポケットに落ちて行っている。
それがビリヤードというものだ。
キューを突くごとに、様になってきている。
また、球がポケットへ転がった。
コツを掴むのが上手く、運動神経も良いからだろう。
黄色球がポケットの角に弾かれた。
外した。
「いただきっ!」
絵理香が、九番の黄色い的球を落とした。
「やった、私の勝ち♪」
競い合うような腕はない。
ふたりで一つの目的を達成できた、という気分だ。
ビリヤードも悪くない。
以前は、どう思いながらビリヤードをしてたのか。
俺はいつも、自分を置き去りにしてきた。
デスク越しの恋 / 浜田省吾
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます