第2話 待ち合わせ

あなたの声を聞いた

トーンが高く細身な声は澄んだり、かすれたり

かすれ声に、哀しみをたたえていた




授業中も、ずっと不穏と警戒が、胸の中で塊となって作動していた。


まだ名前しか知らない。

彼女にとっては、気軽に同級生に声をかけたに過ぎない。

俺にとっては、関わる事のない異世界の壁を破られ、突撃されたようなものだ。




俺は、いわゆる『 陰キャ 』という奴である。

しょうもない男だ。



勉強も運動も大して出来ず、墜落寸前の低空飛行状態を続けてきた。


親密にならず、目立たず気配を消して。

当たり障りなく、一日が過ぎる事だけを求め、

危険を回避する事だけに、全てを費やしてきた。


周りの顔色ばかり伺い、自分ばかり厳しく見張ってきた。

自分という、看守に閉じ込められた囚人。





放課後、待ち合わせ場所。



壁にもたれ、ポケットに手を突っ込み、目を閉じた。

授業から開放された、生徒たちの喧騒が遠くなる。


面接を待つような心境だ。

待ちぼうけでも良かった。

少しのシミがついた、凡庸な一日を終えるだけで済む。




しゅう、お待たせー♪」


意外と背が高いんだな。

屈託ない笑顔が、俺の視線の少し下に来た。

俺はいつも気付くのが遅い。



一緒に校舎を出る。

女子が側にいるだけで、落ち着かない。

雲ひとつ無い青空が、鬱陶うっとうしかった。


「スタバでも行こっか」

柄にもない方角へ、道が外れて行く。



「なにキョロキョロしてんの?」


「いつもこうなんだ。

向かって来る人との動線や、後ろから来る自転車とか、信号までの距離などを確認してる」


「周り気にしすぎw。疲れない?」


だから人混みは苦手で、避けている。

処理能力がパンクするからだ。



「男子なのに歩くの遅いよねw」


一人の時は、むしろ早足だ。

常に焦燥感に追われ、無意識に。

ところが誰かと一緒だと、歩調を合わせようとするため、極端に遅くなる。

 


説明する必要のない、面倒ばかりを抱えてる。




「藤井さん」


彼女の手を引く。

自転車が通り過ぎ去った。



目が合う。 引き込まれそうになる。

「どしたの?」

「スタバ、どっちだっけ?」


視線をそらした。

「もう少し先を右だよ」



自分ばかり見張っている俺の隣で

君は歩きながら、ずっと俺の方を見ていた。


俺はいつも気付くのが遅い。





彼 / 尾崎豊

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