イカロスの哀傷

Eternal-Heart

第1話 出会い  (第一章)

あなたは

どうしようもなく、哀しい目をしていた

どんな 声をしてるのか、知りたかった





「寺西、なに読んでるの?」


急に声をかけられて、思わずビクついてしまった。

慌てて目線を上げる。

違うクラス、D組の女子だった。

話した事もなく、名前もうる覚えだ。


「そんな驚くことないじゃんw」

「ごめん、誰かが居るとは思わなくて……」



図書室の、やや奥まった席。


「で、なに読んでんの?」

「いや、ちょっと小説を」


彼女が、向かいの椅子に座った。

視線が揃う。

唐突な距離の縮め方に、戸惑うしかなかった。



表紙を、彼女の方に向ける。

「40年以上前の小説で、どこか気になって、たまに読み返してる」

「愛読書なんだ。" 逃がれの街 " 。で、どんな話?」


そもそも君は誰?

間を置いて、当たり障りないあらすじを答えた。


「えっと、ハードボイルド小説で、殺人を犯した青年が、捨て子の五歳の男の子と逃亡する話だよ」

「へぇ、意外。そんなの好きなんだ」





意外も何も、初対面だ。

無邪気な笑顔が、顔見知りのような錯覚を起こす。


「これ読んでみたいから、貸してよ」

「いや、それは出来ない」


思わず声が大きくなってしまい、しまったと思った。


「ごめん。こんな小説、女の子が読んでも面白くないよ」

「分かったぁ、エロい話なんでしょw」

視線を外した。



エロい小説の方が、まだマシだった。


自分の恥をさらすも同然だった。

そこには度胸がなくて、自分にはできない、自由への渇望、破滅も恐れず鮮烈に駆ける男の生き様、こだわりが描かれている。




疑念を聞いてみた。


「ところで、何で俺の名前を知ってるの? それと図書室には何しに?」


「同級生だから知ってるよ。たまたま見かけて、何してんのかなって」 


嘘だ。

クラスも違い 存在感の薄い俺が、彼女の眼中に入るとは思えなかった。

警戒レベルを 、一段階上げた。




「藤井 絵理香えりか、ヨロシクっ!」

パッと手を伸ばしてきた。

危険物のように、握り返した。


「放課後、なにかあるの?」

「いや、特には。何で?」


「昼休みが終わるから。 じゃ、後で♪」

チャイムが鳴り、手が離れた。


俺はいつも気付くのが遅い 。







青空のゆくえ / 浜田省吾

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